『ジブリと宮﨑駿の2399日』ネタバレの詳しいあらすじ | アンパンマン先生の映画講座

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映画の面白さやストーリーの素晴らしさを伝えるため、感想はネタバレで、あらすじは映画を見ながらメモを取って、できるだけ正確に詳しく書いているつもりです。たまに趣味のAKB48のコンサートや握手会なども載せます。どうかご覧ください。

 

その人は映画監督として、一度は死んだはずだった。だが、死にきれず戻って来た。追われない人、宮﨑駿。引退記者会見の映像。まさかの引退撤回。それでも描きたかったもの。数々の栄誉を手にしながら、この人はなぜ、作り続けるのか。

 宮﨑「人生の真実はキラキラした正しい物があるんじゃないよ。ドロドロとか、いろいろな物を含めて全部あるから、自分の奥に隠してある事とか、眠っている物を引っ張り出して作品を作らなきゃダメな時期だろ」

 狂気と正気の境界線。その果てに見たもの。

(タイトル『プロフェッショナル 仕事の流儀/宮﨑駿スペシャル』)

〔2017年5月〕鈴木敏夫「すごいタイトルだもんね。『君たちはどう生きるか』」。

ヒリヒリするような日々がまた始まろうとしていた。その人はへそ曲がり。大のカメラ嫌い。日々寄せられる取材依頼には目もくれず、映画だけに生きている。この取材はカメラ片手に書生として通う事を条件に、20年近く続いていた。

 宮﨑「映画ができるのかどうか、それも良く分かってない」。鈴木「ちょっと動いたんですか、絵コンテは?」。宮﨑「いや、這ってますよ」。鈴木「Bパート完成まで待った方が良いんですね?読むのは」。宮﨑「読んでも面白くないんじゃないかな」。

 宮﨑は映画の脚本に当たる絵コンテを書き進めている最中だった。半分近くまで進んでいると言う。

 設定画を描く宮﨑。机の脇に主人公と思わしき少年のスケッチ。不気味な鳥。宮﨑「サギ男ですよ。死の使いと言う感じがするんですよ」。宮﨑アニメのキャラクターには、必ずと言っていいほど、実在のモデルがいる。サギ男のモデルは、プロデューサーの鈴木だと言う。

 宮﨑はお騒がせな人だった。

 〔2013年9月〕引退会見。宮﨑「もう二度とこういう事はないと思いますので、ありがとうございます」

だが、引退からわずか3年。何食わぬ顔で、企画書を書き上げたのだった。取材「またやろうと思ったのは?」。宮﨑「忘れるからでしょ。引退は引退なんだよ。どうでもいい事なんだよね。鈴木さんが化かしたんですよ」。鈴木「宮さん、嘘つきだもん。『もう辞める』と言っておいてまたやる。それも才能の一つなのよ」

 〔2018年1月〕懸念がないわけではなかった。映画完成の頃には、80歳を越える。鈴木「宮さんがもう1回やりたいっていう時、凄い心配だったんですよ。大監督が年を取って、力のない物を作る。目も当てられないって多いじゃない?」

 そこで鈴木は、恐ろしい手に出た。庵野秀明率いるスタジオカラーの天才アニメーター本田雄。鈴木が庵野に直談判し、引き抜いた。本田の登場が、宮﨑を追い詰めて行く。

 宮﨑「俺なんか撮ったってしょうがない。いくらでもあるだろう。映像。今の宮﨑さんはくたびれているだけだよ。本田さんでも撮っておいた方がいいかもしれない」

 〔2018年4月〕パクさんこと高畑勲が亡くなった。ジブリを共に立ち上げ、競い合うように映画を作り続けて来た、宮﨑にとって無二の存在。

 人間と自然と言う難しいテーマをエンターテイメントに昇華させた『平成狸合戦ぽんぽこ』。ニューヨーク近代美術館の永久収蔵品にジブリで初めて選ばれた『となりの山田くん』。宮﨑がただ一人恐れた映画監督だった。

 宮﨑「『平成狸合戦ぽんぽこ』は、何であんなつまらない映画にしたんだろうね」。高畑の存命中、カメラの前では決して口にしなかった高畑批判。宮﨑「僕らは愛憎半ばしてますからね」

〔2012年2月〕かつて高畑を取材した事があった。宮崎が恐れた訳は、すぐ分かった。凄まじいまでの理想を具現化する力。映画製作が遅れに遅れ、公開が危ぶまれる異常事態に陥っても、たじろぎもしなかった。

 鈴木「今日は、公開の日を改めて高畑さんと話をしておきたいと。来年の夏公開しようとしたら、遅れている」。妥協、迎合、一切なし。間に合わせるためならば何をもいとわぬ宮﨑とは、まるで違った。高畑「もし遅れたら遅れたままです。僕の場合は。全然平気ですよ。僕はこの作品が完成しなくたって全然平気。前科もあるし。『火垂るの墓』の時の」。取材「最後に埋め合わせる、イコール質を落とすと言う事には繋がらないと思いますけど」。高畑「繋がります。僕はあなたと合わないです。やめた方が良いんじゃないの?この話って取材じゃない」

 宮﨑「春の嵐だね。パクさんの死霊が取り憑いているんじゃないか。俺に憑りつくのはやめて」。鈴木「『ぽんぽこ』ができて、ずっと泣いていたのはが宮さんだ。あれは自分達の若き青春の日を描いた。主人公の正吉は高畑さんだ。権太は、やたらカッときて、自爆して死んじゃう。あれ宮さんなの。宮さんって、ずっと高畑さんに対して片思いの人だった」

 〔2018年5月〕鈴木「今日、最高の暑さなんですよ」。宮﨑「意地悪ですね。パクさんは」。鈴木「何が起こるか」。宮﨑「パクさんが蘇って来るとか。どうして僕をお骨にしたんだって」。鈴木「そんなことを言っているとバチ当たりますよ」

 高畑は全てを教えてくれた人だった。宮崎の弔辞「僕はパクさんと夢中に語り明かした。中でも作品について。僕らは仕事に満足していなかった。もっと遠くへ、もっと深く、誇りを持てる仕事をしたかった。何を作ればいいのか。どうやって。パクさん、僕らは精一杯あの時生きたんだ。膝を折らなかったパクさんの姿勢は、僕らのものだった。ありがとうパクさん。55年前にあの雨上がりのバス停で声をかけてくれたパクさんの事を忘れない」

 宮崎「人間の感情って複雑で、ただ悲しいだけじゃない。残酷な勝利感とか、色んな物がある」

 取材「高畑さんいなくなって、仕事への向き合い方は変わる?」。宮崎「全く変わらない」と言っていたものの、宮﨑「そんなにパクさん重いと思っていなかった。パクさんが死んだなんて思っていない。長いお通夜やっている。申し訳ないけど、パクさんの余熱が冷めるまで、暫くこういう事になっちゃうんです。しょうがない」。高畑の死を受け入れられず、通夜が一月以上連日繰り返された。宮﨑「ケリがついたつもりでも、ついていない部分が一杯あるんでしょうね」

 〔2018年6月〕取材「最近の宮崎さんは?」。鈴木「ずっと絵コンテがストップしてます。一切進んでいない」

 宮﨑「良い死に顔でした」。鈴木「本当にそう思います」。宮﨑「もう映画作んなくて済むしね。雷神になった。どこにいるか分からないけど、自分の部屋にいるんです。取り憑いて何度も夢のように出てくる。夢か幻か分からないような感じで」

 それから間もなく。取材「そのイメージボードは、新しく描かれたんですか?」。宮崎「大伯父。大伯父のモデルはパクさんだから」

高畑は死んではいなかった。主人公に立ちはだかる大伯父として映画の中に現れた。鈴木「高畑さんが自分にとって何者だったのか。映画の中が現実。現実の世の中は、虚構だ」

〔2018年8月〕夏休み、山小屋で絵コンテを描くと言う宮﨑を訪ねた。取材「絵コンテは進まれたんですか?」。宮崎「進むはずがない。大伯父は何をやっているんだろうかと思ったら、ゴソゴソやっている。パクさんは部屋で何をやってたと思う?」。高畑の事は書けずにいるようだった。宮﨑「ちょっと散歩に行こう」。連れていかれたのは、不思議な場所だった。現実と映画が交錯していく。高畑を探していた。高畑は雷神になったと宮﨑は言った。そしてこうも言った。もう映画を作らなくて済む。

宮崎「映画は掴むんだ。パクさんの首根っこをグッと、俺も掴まれているんです。逃げる事出来ないんです。タタリ神みたいなもんでしょ?」。雨の中歩きながら宮﨑「パクさん出てきてください」

取材「宮崎さんにとって高畑さんとは?」。宮崎「パクさんです」。取材「高畑さんは?」。高畑「いろんな作品、見たいですね。まだ何か見せてくれない物があって、それを見せてくれるんじゃないかって期待しています」

 高畑と出会う前、宮崎はまるで別人だった。新作の主人公、眞人のように陰があり、死の臭いをぷんぷんさせた少年。母が不治の病に侵されていた。母に心配をかけまいとふるまうサツキの姿は少年時代の宮崎さんだと言う。

 宮崎「内気だったからね。ウジウジして人の目に合わせて生きてて、壮烈な鬱に入ってね。パクさんに出会ったっていうのも大きい」

『太陽の王子ホルスの大冒険』変えたのは高畑だった。東映動画の5つ年上の先輩監督。高畑は無茶な要求を次々に繰り出してきた。駆け出しのアニメーターだった宮崎は、それに食らいつくたび変わっていった。ヒロイン、ヒルダ。泣き顔にするな、怒られた。宮﨑「宮さん、泣きべそ描くな。自己愛なんですよ。弱者のナルシズム。最も嫌いな物なんですよ」

敬愛の情が募りに募り、ついには。鈴木「筆跡、高畑さんの真似した。それ以前の宮さんは神経質で細かくて。高畑さんって割と大らかな字を書くので、それを真似した。そこまで惚れ込み尊敬したという事を宮さんやった。

 『アルプスの少女ハイジ』宮崎さんが全カットを設計、文字通り高畑さんの手足となった作品は、平均視聴率20%を超えるお化けアニメーションとなった。でも、行き過ぎた片思いは、2人の関係をきしませていく。

 『母を訪ねて3千里』宮崎「絶対、路線を間違えていると思った。行っても行ってもお袋いないとか、トボトボ歩いている姿ばっかり」。アイディアを出しても受け入れてくれない高畑さんに、憎しみが湧いた。宮崎「緊張感が高まるんですよ。食い違ってきたな」

 『未来少年コナン』高畑と分かれ、自分も監督になった。宮崎自ら超人的に描き続け、高畑とできなかった事を書きまくった。けれど、8話で早々に力尽き、絵コンテが書けなくなった。その時助けに来てくれたのは、高畑だった。高畑の描いた絵コンテによって、作品の世界が広がり、傑作と言われた。宮崎「結構俺もパクさんの恩恵を受けているんです」

 『赤毛のアン』再び高畑の元に戻った。でも、高畑はこの時、宮崎ではなく、近藤喜文に信頼を置くようになっていた。鈴木「宮さんは頭にくるわけ。必要なのは俺じゃないのか。コンちゃんなのかと。物凄い嫉妬なの」

 そこへ現れたのが、鈴木敏夫さんだった。漫画を描きませんか?『風の谷のナウシカ』の漫画が詐欺の様な話ながら、とんとん拍子で映画化される事に。その時宮崎さんは、プロデューサーはパクさんにと言った。

 鈴木「鈴木さんどこかに飲みに行こうって。あんなに飲んだ宮さんは最初にして最後。泣いちゃう。やっと出てきた言葉が、俺は15年間パクさんに青春を捧げた。何も返してもらってない。監督がプロデューサーをやる。つまり手が出せない。本当に辛い仕事だ。それを味わわせたいと。復讐だ。それを支えに作りたいって」

 高畑への復讐が、宮崎の人生を変えた。けれど、高畑は手厳しかった。ナウシカは30点。

 鈴木「そういう時の宮さんはすごい。A4サイズの180ページくらいの本、引きちぎった」

 高畑「ほとんど皆100点と言っているんだから、それを30点と言う事で宮さんは、あれを30点として、100点と言えるものが作れるんじゃないかと言いたかった」

 高畑に褒めてもらいたくて、作り続けた映画。『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『紅の豚』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』『風立ちぬ』奇妙な共通項がある。必ずと言っていいほど旅立ちのシーンから始まるのだ。高畑と初めて一緒に作った映画のように。ずっと片思い。あの引退騒動もしかり。

 鈴木「高畑さんは、本当に大まじめに怒ったからね。映画監督に引退なんかないよ」

 引退撤回。そこへと駆り立てたのは高畑さんだった。

 鈴木「あるインタビューで宮さんが、僕の夢って、いつもパクさんが出てくる。常に目標であり、越えるべき存在だったし、いつも付きまとっている」

 高畑を越えるために、宮崎は再び、旅に出る。主人公眞人と共に。行く手にはジブリの様な塔。そこに高畑はいる。でも、一人は怖い。だから鈴木を道連れに。それは高畑に導かれるように、この世界に分け入り、弱さを脱ぎ捨てていた宮崎の人生そのもの。宮崎は言った。これが最後の旅になる。

 〔2,018年9月〕映画を作り始めて2年余り、宮﨑の引退で一度は火が消えかけたスタジオに、かつての活気が戻りつつあった。しかし、高畑と向き合うのがよほど怖いのか、絵コンテは進めども、大伯父が一向に出てこない。それどころか、高畑には似ても似つかない悪意に満ちたキャラクター像を、超常の者か、つまらぬ世迷いジジイか。

 〔2018年10月〕高畑を書けないまま、恒例の社員旅行に出た。宮﨑「何となく見覚えのある顔が要にいるからと思っているけど、やっぱり1回解体して、全然違うものになっている」

 傍らにはいつも高畑がいた。宮﨑「お前が一番早死にだって言われていた俺が、何で生きているんだろうと思うだけで、茫漠とした気持ちになる事は確かなんですよ。俺そんなに長生きしちゃったのかな。そういう事が溜まって行くんだなと思う」

 旅先から戻った後の事だった。社員旅行で不可解な事件が起きていた。飲み部屋を出て、宮﨑の部屋に行った際には見当たらなかった麦焼酎が、翌朝起きるとあったと言う。宮﨑「謎の麦焼酎は荒川じゃないとすると、誰が出入りするんだろうね。俺が一人で夜中に気が付かないうちに立ち上がって、どっかから麦焼酎を取って来るって。本当に困った事でございます。俺は夢遊病者かって」

 ある領域に足を踏み入れようとするときの予兆と思われた。捜索に没頭し、その世界に入り込もうとするとき、宮﨑は突然記憶を失うことがあると言う。

 鈴木「もっと映画に集中したいんです。それ以外の事は全部忘れよう。日常の雑多な事は全部忘れようって。ハウルの時だって酷かった。そこに自分を追い込みたいんだ。追い込めば、何か出てくると思っている」

 〔脳みそのフタが開く〕宮﨑「今日ここで初めて手を出すんです。世界の中心にいりゃいいんだ、パクさんは。ついパクさんが出てくる。何を俺はやろうとしているんだろうね」

 高畑の元へ、会いに行く。

 宮﨑「パクさんって言うと、返事はしないけど、いるなって感じはする。簡単に返事はしないぞって感じがして。どうせこっちも簡単には返事はしないだろうって思っているから」。取材「言葉も交わさない?」。宮崎「交わさなきゃいけない。言葉をかけているから。知的に組み立てて行くもんじゃないです。脳みそのフタが開くんだよ。脳みそのワケの分からない所の、グニャグニャの中から出てくるものなんです。脳みそって、一番元になる原始的な部分は、爬虫類時代から持っている部分。物凄く攻撃性もあるから、そのまま人間の生活にするにはコントロールしなきゃいけない。おかしくしないとフタが開かないんですよ。脳みその奥のフタは。そうすると日常生活に戻るには、非常にややこしい事になる。たいていの事はどうでもよくなる。別な所に行っているんだよね。この映画の中に。この映画できるのは何年かかるか分からない。絵コンテが終われば、俺が死んでも片山(片山一良助監督)がやるから、大丈夫って片山が言っているから。勝手に変えるな。連絡するように」。取材「連絡のしようがない」。宮崎「片山も死ねばいいんです。片道切符で」

 〔2018年11月〕司会、宮﨑「Eパートは瓦解しました。全部やり直しだ。あんな大叔父なんか出すからいけないんだ。大伯父は最後に出しゃ良いんだ」。取材「何がだめだった?」宮﨑「つまんないんだよ」

 高畑に会えないまま、時間だけが過ぎて行った。宮﨑「この映画、いったい何だろうと考えると良く分からなくなる。ずっとパクさんの事を考えている」。宮﨑を恐れてか、妙な物が設けられた。取材「宮崎さんが祀られているみたい」。宮﨑「閉じ込めておく意味があるんでしょ。神様と言う物は善良な物だけじゃないから。必要な時だけ来てください」

 絵コンテを何度も描き直す宮﨑「Eパートができなくて困ってるんだ」と怒る。「違うな」「つまらない」。鈴木「執念でしょ。怒りと言うのはそういう形で現れる訳でしょ。年を取ってみんな死んでいく。その事に対して。死んでも死なない。まさに乙事主だ、宮さんは。生きる執念が強くなっている。それが絵コンテに刻印される。『君たちはどう生きるか』って。それを問うには自分がその範を示さなきゃいけない。それをやっている気がする。その領域がしんどいと言いながら、同時に快感も味わっている。何が楽しくて生きているのか。宮さんは」

 伊藤郷平・製作デスク「新作が28カットとリテイクが21カットあります」。このころようやく映画冒頭のカットが上がり始めた。感情を内に秘めたこれまでにない主人公。本田によって宮崎アニメは一新された。終了後、宮﨑「いいんじゃないですか」

 宮﨑が鈴木へ「色々あるでしょうけど黙っててください。俺も我慢しているんだから」。鈴木「今までと違いますからね」。宮﨑「エヴァンゲリオンが越してきたなって」。鈴木「現代的になったとかね」。宮﨑「頑張ります。他に言いようがない」

 居場所はもう、映画の中にしかなくなりつつあった。

 〔2018年12月〕宮﨑「時々親父のところに行こうかなと思って、あ、死んでるんだと」。高畑のいる世界へ。宮﨑はもう、映画の中の人だった。死をやけに語る。宮﨑「死ぬ瞬間って怖い物じゃないんじゃないか。分かんなくなっちゃうんじゃないか。死の方がだんだん近寄って来るから」

 取材「あっちの世界の方が楽しそうと思っている?」。宮﨑「そんな事はない。だけど」

 そして大晦日。見てはいけない物を見た。高畑と向き合うシーンを描き始めた時のこと。宮﨑「どこだろう。消しゴム。この頃自分の行動が脈絡が無くなって。パクさんが持って行った。返してください」

 高畑の死から8か月が過ぎてもなお、その影におびえる宮﨑。閉じ込めてきた過去があった。ナウシカが蘇るエンディング。それは高畑の提案によるものだった。引っ越しから冒険が始まるとトトロ。これもまた、始まりは高畑だった。鈴木「高畑さんは、ある年代の子供にとって、引っ越しは冒険だと考えた。その時の喜びを体で表現する。高畑さんが考えた奴を使わせてもらうわけだから。言えばいいのに、高畑さんに言えないんだよね」

 『もののけ姫』も『崖の上のポニョ』も、宮﨑「パクさんです」。付きまとう高畑の影。宮﨑「屈辱と痛恨の思いが映画を作らせているんです」。作り続ける限り、その支配から逃れられない。

 〔2019年1月〕宮﨑の誕生日。宮﨑「最後の山場になっている。絵コンテが」。宮﨑は絵コンテに飲まれていった。それでも生きたい。作りたい。高畑の死から1年。絵コンテは完成した。

 宮﨑「これパクさんに似てると思わない?」。鈴木「やっとパクさんを葬ったんです、絵コンテで」

 『君たちはどう生きるか』映画のクライマックス。宮﨑は主人公眞人として大伯父である高畑を訪ね、再会する。大伯父「来たようだね」。眞人「あなたは塔の主の大叔父様ですか?」。大伯父「おいで」。高畑は宮﨑に最後の頼み事をする。大伯父「私の力は、全てこの石がもたらして呉れたもの。私の仕事を継いでくれぬか?この世界が美しい世界になるのか、醜い世界になるのか、全て君に掛かるんだ」。大伯父「遥かに遠い時と場所を旅して見つけてきた物たちだ。全部で13個ある。3日に1つずつ積みなさい。君の塔を築くのだ。悪意から自由な王国を。豊かで平和な世界を作りたまえ」。宮﨑は拒む。眞人「この傷は自分で付けました。僕の悪意の印です。僕はその石には触れません。夏子母さんと自分の世界に戻ります」。大伯父「殺し合い奪い合う、愚かな世界へ戻ると言うのかね。じきに火の海になる世界だ」。眞人「友達を見つけます。ヒミやキリコさんや青サギのような」。大伯父「友達を作るのも良い。戻るのも良い。とにかくこの石を積むのだ。時間がない。私の塔はもはや支えきぬ」。インコ大王「何と言う裏切りだ。閣下はこんな石ころに帝国の運命を預けるつもりか」と適当に積み木を積み、剣で積み木を斬る。空中の岩が分解する。

 高畑は力を失い、崩れ去る。高畑の築き上げた世界も崩壊する。宮﨑は映画の中で、高畑と完全に決別した。

 しかし、高畑を葬った代償は少なくなかった。宮﨑「殺しちゃった。年が3つくらい取ったような気がする」。宮﨑は糸が切れたかのようだった。

 絵コンテが終われば、アニメーターが描いた絵を徹底的に直すのが、宮﨑の常。だが、鉛筆が走らない。宮﨑「もう4日も取り組んでいる」。取材「何がだめだった?」。宮﨑「言葉で言えない」

 高畑の呪縛が解けた事で、宮﨑の魔法もまた、消えつつあるのかもしれなかった。「死は解放だよ」宮﨑は言った。宮﨑「描けなくなったじゃなくて、前から書けなかったんじゃないかなと思うようになった」。

 鈴木「最近宮さんはカットを抱えると、何が起きてる?」。取材「何日も同じカットを直し続けている」。鈴木「危険を感じてるのは、ちょっと死の臭いがし始めた。ここまで撮るんですか?」

鈴木にそう問われた日、思いがけない事が起きた。宮﨑「この前、ラッシュとして鈴木さんが見たシーンは、僕が1回も見てないラッシュだったんですよ。こんな事今まで一度もなかった。こういうの続くと神経参りますから」。鈴木「それは疑心暗鬼になりますよ」。宮﨑「なってます、もう」

 数日前に行われたラッシュ。完成したカットを見るはずの場で、宮﨑のチェックしていないカットが上映されたと言う。だが、宮﨑「ここら辺にこんなのなかった?」「ないです」。鈴木「幻ですか?」。宮﨑は、映画の中から戻れずにいるようだった。宮﨑「はい分かりました。納得しました」

 宮﨑「脳のフタ開け過ぎた。狂気の境界線に立たないと、映画って面白くないんです」。取材「ちょっと置けば…」。宮﨑「そう言うのは分からない。1回開いたフタは閉まらないんじゃないか。俺若い時に、仕事をし過ぎて気が触れるなんて、誉だと思って来たから。なってみたら面白くも何ともない」

 鈴木「老いなのかな。どうしたら、幸せに最期を迎える事ができるかって問題だから」

 一日に何度も屋上へ行くようになっていた。宮﨑「どうしたらいいんだろうと話をする相手としては、パクさんが一番良い。そっちはどうですか?って話を聞きたい。本当に」

 高畑「同じやり方をするには、年を取り過ぎたんですよ。やり方とか何とかは、変えていかなくちゃいけないかもしれない。それを身に付ける事ができなかったらダメだね。やってくれる人だと思うんです」

 宮崎「大丈夫。何とかなるんですよ」。高畑「大丈夫ですよ」

 鉛筆を手放さなかったのは、高畑がいたから。高畑が教えてくれた映画、宮﨑を繋ぎとめていた。

 〔2022年9月〕米津玄師・音楽家がスタジオに来る。主題歌『地球儀』を聴く。柴咲コウ・キリコ。宮﨑「ジャム描くのが大変だった」。あいみょん・ヒミ「涙が出ちゃった」。滝沢カレン・ワラワラ。小林薫・老ペリカン。木村佳乃・眞人の母。山時聡真・眞人。菅田将暉・青サギ。宮﨑「今の良かったですよ」。木村拓哉・眞人の父「ご無沙汰しました」。鈴木「ハウル以来」。木村「監督の作品にしては珍しく“の”が入っていない」。久石譲・作曲家。

 米津「恥ずかしくなるくらい影響を受けて、今まで生きて来たので。北極星の様な存在」

 宮﨑からの電話に鈴木「大丈夫ですよ」「不安がたまに襲ってくる」。本田雄・作画監督「退屈が死ぬほど嫌だろうから、次やらないと言っているけど、やるんじゃないですか。やってくれるといいな」。宮﨑「めんどくさい。めんどくさいって言うと安心するの?」

 〔2022年12月〕宮﨑「めんどくさいね。一つ終わると、まだ人生は続いていると気が付いて。パクさんと話をしたいよ。パクさん、何か作ってよ」

 高畑に再び会う。大伯父のアフレコ。執着したのは、高畑最後の台詞だった。火野正平・大伯父「眞人、自分の時に戻れ」。宮﨑「もう少し遠くまで行けませんか」

 (エンドクレジット)

 巨神兵とナウシカの絵を描きながら「この世にもどってくるの、めんどうくさいな」