(2) 明治34年(1901年)頃のアフリカのマラリア蔓延状況
地球上、有名であるマラリア流行地域
Hirsch氏による地球上、有名なマラリア流行地域を順次、記載する。 |
北アフリカにおいては、アルジェは固有なるマラリアの郷国であり
フランス人の軍隊衛生の進歩と共に漸次、改良された。
古来、マラリアは、アルジェにおいて48%であったが
現今、之に反して、1890年(明治23年)のマラリアは、146 ‰中、死者:1.5 ‰を示した。
即ち、死者:112名中
悪性発作:58名
悪液質:43名
間歇熱:21名
1893年(明治26年) マラリア:84 ‰ 死者:1.7 ‰
1894年(明治27年) マラリア:99 ‰ 死者:1.0 ‰
又、大荒地中の沃野に、マラリアが流行し
スーダンを中心とし、同時に、トリポリ及びチュニスの湖水の沃地に
重症マラリアが流行する。 |
↑『新纂麻刺里亜療法』(荒井多門編。東京:金原医籍。明治34年9月発行。国立国会図書館の近代デジタルライブラリーのサイトで無料で閲覧できる)p 10~12を私が現代語訳したものである。なお、「順次」と書かれているが、全部、入力するのは大変なので、入力しやすいところから、入力した。
『明治34年(1901年)頃の地球表面マラリア蔓延図』(世界地図)
http://ameblo.jp/475229/entry-10138002636.html
も参照。
原文の『アルギ―ル』はアルジェ(Algier〈ドイツ語〉)と解釈した。
58+43+21=101+21=122であり、112と一致しないが、原文の解釈では、文法上、これ以外の解釈はできないので、上記の訳とした。矛盾なく解釈しようとすれば、重複しているのかもしれない。例えば、悪性発作、かつ、間歇熱の人が数名、いるのかもしれない。
原文の『トニ』はチュニス(Tunis)と解釈した。
パーミル( ‰ )については
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%AB
参照。
↓
例えば、 5‰ = 5/1000 = 0.005 = 0.5%
となる。 |