5428日目
おはようございます。今日で震災から5428日目です。

私はバレンさんの言ってることよく解ります。
虐める側が圧倒的に悪かったとしても、虐められる側は自分の身を守る行動を起こした方が良い、そういう事態の時のことを親が小さい頃から教育しておくことは大切だと思いますよ。
こういう問題になると必ず「お前らみたいにみんな強くないんだよ」と宣う人間が出て来るんですが、じゃあどうしろと?
強くないことが虐められる原因の一つとしてあるなら、虐められても仕方がない?
相手が悪いから虐めが顕在化するまで虐められ続けろと?
何が言いたいのか?
どんな解決策になるのか?
全然意味がわからない茶々です。
私が空手を始めた原因の一つも、理不尽な暴力から自分の身を守り、自分の正義を貫くためです。
喧嘩をしなくても、アイツは強いかもしれないと思わせるだけで虐めのリスクは格段に減ると思うのですがね。
自分が悪くなかろうと、なんだろうと、トラブルやアクシデント、犯罪は向こうからぶつかって来ます。
その時に己の身を守る行動や決断を取れないのであれば、ダメージは最大になりますよね?
それで良いの?って話です。
虐めする連中なんて狡猾な奴らですから、見つからない様に影で上手くやるわけでしょう?
それを未然に防ぐにはどうしたら良いのかという部分に腐心することは重要なのではないの?
頭の悪いお花畑のような意見では虐められている人間を救うことは出来ないんだよ。
バレンさんの言は一つの方策だと思いますよ。
バレンさんの意見を否定している人間もいますが、意見を否定しているというよりよもバレンさんを肯定したくないような人間なのかな?😅
虐めを解決するための方法論は一つではないし、こうすれば良いなんてことは決められませんが、危機管理とは「IF」の積み重ねなんです。
日頃から身に迫る可能性のある危険を想定して準備や注意を出来るかだと思いますよ。
私は虐められるのが嫌だったので、相手の顔色を伺ったり、どういう受け答えをしたら良いのかとか物凄く考えて行動してました。
それでもやられたらどうするか?まで先々を想定して生きてました、そのくらい怖がりだったんです。
でも、それが出来たのは物凄く怖がりで、想像出来ることは現実に起こる可能性があるとリアルに考えていた私の性格あってだと思います。
それを万人にやれと言っても出来ないでしょうしね。
もし、自分がそういう状況に陥った時に一番怖いなと思ったのは、誰にも知られずに影でそれが進行していくことだと思っていましたので、私はそういう事態に陥りそうになった時は破天荒に暴れて事態を自分の手で大きくして、まわりを巻き込み大事にするということをしましたよ。
そうすると沢山の大人が関わって来るので、それ以上酷くはならなかったです。
大人には怒られたりしますが、ネチネチした陰湿な虐めが続くのよりはずっとマシだと思っていました。
虐めのターゲットにされそうだと察知した時はそうやって乗り切りましたね。
虐めに限らず、事故や病気やアクシデントなど、自分の身を守ることに対して物凄く意識をしていた私ならではだと思いますが、その試みは成功してきています。
バレンさんの「みんな虐めをなくしたいと思ってないんだよ」は違うと思いますけどね😅
こういう表現がアンチを生むのでしょうね。
虐める側のやり方や性格、人数も環境も違うし、虐められる側の性格や対応力、耐久力も異なります。
そしてまわりの大人たちの能力も異なるので、本当シチュエーションが無限なんですよね。
だから最大公約数的な表現しか出来ませんが、個々に対応していくしかないのが難しいんですね。
ただ、もし自分が虐められる側になった時を想定して、回避方策を練っておくことは教育の一環として取り入れても悪くはないと思いますよ。
5427日目
おはようございます。今日で震災から5427日目です。
なぜ犯罪するような外国人に更生の機会を与えろとか宣うのか理解出来ません。
日本人ならまだわかりますよ。
不法外国人は国外退去させて、2度と日本には入れないようにするという北村先生の意見に私も賛同します。
わざわざ犯罪の種を増やしてどうするのか?
優しさで世界が変わるなら、もう良くなっているでしょう。
悪党は人の善意につけ込めるような精神構造をしてるんだよ。
犯罪者に優しい国にしてどうするんだ?
発言があまりにも無責任過ぎる・・・
こういうお花畑の連中のせいで日本の治安が乱されるようなら、こういう連中も犯罪者グループと同列に視えて来てしまいますよ。
非常に腹立たしいです💢💢💢
5426日目
おはようございます。今日で震災から5426 日目です。
先日、無事に母の告別式が終わりました。
多くの皆さんに参列頂き本当に感謝しかありません。
ありがとうございました。
生きている時は、生意気な口をきいて喧嘩をしたり、母が認知症で徘徊した時とか、家族間の内でも本当に大変な思いをしましたが、終わってみると良い思い出しか残っておりません。
母も人間臭くて、完璧には程遠い人間でしたが、私たち子供にとっては唯一の存在、その全てを肯定して感謝したいと思います。
母が亡くなる前も現在も生活的には、物理的に何も変わってはいないのですが、でもやはり何かが違う・・・
多分、精神的なモノなのでしょうね。
私が今生において最も縁の深かった人間が消えてしまったことに対する心の内の質量の変化とでも言うのでしょうか。
空虚感、心に隙間が出来た感は否めません。
この隙間は少しづつ埋まっていくのでしょうか。
今の心配は母を失ったことにショックを受けている父のことです。
男は引きずりますからね。
他にも残務処理を妹が色々と頑張ってくれていますが、喪主でないとダメなことも多いので、まだまだ忙しい日は続きそうです。
来月は祖母の法事があるので、直ぐに上京しなければなりません。
体調崩さないように頑張ろう😅

今も幸せなんですけどね、思い出としてはこの頃が一番幸せでした。

