
5431日目
おはようございます。今日で震災から5431日目です。
よくね「子供がやりたいからやらせる」「やりたくないというから辞めさせる」という話を親御さんから聞きますが、本当にそれで良いのですかね〜
本当にやりたいことに出会えた人は幸せだと思いますよ。
でもさ、実際の現実はどうですか?
そんなことで本当にやりたいことに出会えますかね?
幼少期に本当にやりたいことに出会える確率って?
例え子供の能力とマッチした何かに奇跡的に出会えたとしても、それを子供が認識しベストな決断に至りますかね?
子供の「やりたい」って、そんな重い決断ではないよね。
大人の方々なら自分の人生を振り返ってみれば解るでしょう?
それって必ず出会える保証はあるのですか?
数撃ちゃ当たるみたいに、何でもやらせて、直ぐに辞めて
やりたい、やりたくない という感情論のみを最終決断に使うと人生を駄目にすると思うんですけどね。
実際の社会生活で求められる要素の中で、己の感情論が占める割合はそんな大きくはないと思いますし、逆に己の感情を抑えて仕事を回す場面の方が大きいのではないでしょうか?
ならば、どういうことを子供に教えなければならないのか解ると思うのですが・・・
あとね、こういう選択をさせる親御さんの子供で、覇気を持って前向きに行動出来る子供に出会ったことがないんですよね。
そういう選択をさせても、たまたま本当にやりたいことに出会えた子供は成功したりしてるのかもしれませんけどね。
そんな宝くじに当たるような確率の博打人生で良いのですかね?って思います。
私は空手に出会えましたが、それはたまたまではなく、自分の一生を賭けても悔いがないようなことを見付けようと思って意識的に探したわけです。
その結果、空手に行き着いただけで、その中でも苦しいこと、辛いことは沢山あったわけで、感情論のみで浅い行動していたら直ぐに辞めてますよ。
「子供はまだ未成熟なんです」
と言ってるくせに、その未成熟な子供の陰に責任を丸投げすることが良い教育だと思うなら、親のあなたは必要ないよって言いたくなる時があります。
何千という親子の行く末を見て来た上での老婆心ですが、私がイメージしている親子が必ずしもその枠に収まるとは言い切れませんから何とも言えませんが、どうなんでしょうね?
少なくとも、こういう教育をしてるとこうなるよというモデルは沢山見てきています。
歯痒い気持ちを抱えながらも、内省干渉になるので親御さんには何も言えませんがね。
一つ言いたいのは、あなたの子供に沢山の人々が真剣に関わって来た上での「今」だということをお忘れなく
あなたは、そういう場面を見ていないから理解していないかもしれませんが、沢山の方々の優しさと労りの上に、あなたのお子さんは道場という場に自分の居場所を作ってもらっている。
でも、教えてもらったことを復習しないから、教えてもらったことを毎回忘れて稽古内容が堂々巡りとなる。
意思をもってやらないから試合でも毎回勝てない。
それを見て親である貴方は判断をしたのかもしれません。
でもね、沢山の人々のエネルギーと時間を自分の子供に費やして貰って、親のあなたがどう感じているのかはわかりませんが、いつか多くの人々から頂いたエネルギーと時間を何らかの理由で人生から請求される日が来ると思いますよ。
その時にちゃんと返済できるだけの人間に成長出来ていると良いですね。
ということです。
良い悪いではなく、世の理とはそう出来ているものなのです。
親の教育、決断とは、子供の人生を決め、その子供の決断が親であるあなたの晩年に大きく関わって来ることになりますよ。
そこまで上手に回避していた人も、必ず自分のこの時の決断に向き合う日が来るのではないかと思います。
多くの方々から頂いた優しさと労りに、親の浅はかな決断で泥をかけられたのを見るにつけ理不尽過ぎるという納得出来ない気持ちにさせられるのは辛いものがあります。
週に一度、時には2週間に一度、一カ月に一度しか稽古に来ずに、どれだけの成果が出るのか?
モノを学ぶこと、成長することってどういうことなんでしょうね。
定期的にこういう親御さんに出会うことがあるんですが、いつも割り切れないモヤモヤとしたモノが胸の奥に残る別れ方になります😢
出来れば良縁にしたいと思って頑張っているんですがね。
私の力不足もあって実らずに終わることも多々あります。
そういう成就されなかった想いはずっと心に残っているんですね。
5430日目
おはようございます。今日で震災から5430日目です。
子供の頃の自分が今の自分を見たらどう思うのだろうか?
自分はあの頃の自分に誇れる人間になれているのだろうか?
よく考えます。
まぁ、良い経験も辛い経験もそれなりに経験をして、悪くはない熟成のされ方はしてきているかな〜とは思います。
最期まで歩みを止めなければ、人として少しはマシになれるかもしれませんね。
ガンバロ〜〜〜!
5429日目
おはようございます。今日で震災から5429日目です。
昨年から今年にかけて、自分の命、親の命、今までとは異なる形で真剣に生命に真摯に向き合ってきた8ヶ月となりました。
最初は私自身が身体に不穏な兆しが顕れ、親よりも先に逝くかも・・・残された親はどうする、道場はどうするという悩みに直撃しました。
やる気のある道場生たちに恵まれたけど、彼等の成長を最後まで責任持って見れなくなるのだろうか
自分のことに付いては肚を括っていたつもりでしたが、こういう形で悔いはわいてくるのだな、悔しいな、畜生
と、一人になると心臓の鼓動が早くなり、強くなったと思っていた自分の弱さを再確認する日々でした。
ただ、自分の生き方の軸だけは崩したくない、最後まで道場でという気持ちだけはありました。
自分が倒れることで、必ずぶつかるであろう妹との意見の違いを考えると頭が痛かったですね😅
そして、そこに重なるように父の体調の話も入ってきて、(本当こういうのは重なるものだな〜)と人生の法則の徹底ぶりに苦笑いをしたものです。
そして最後に入って来たのが、母が弱っているという話でしたので精神的に本当に厳しかったです。
自分から笑顔が消えているのがわかるんです。
うちの母が「生きてるのが辛い、〇にたい」と嘆く時がありましたが、その気持ちが解ったような8ヶ月でした。
それでもね、私が出会って来た人生の法則は、自分が谷底に突き落とされた時もそこで出来ることを探して前向きに頑張り続ければ、必ずどん底を抜けて運気が上がり始める時が来るというものでしたので、先の視えない不安はありつつも腐らずに日々を積み重ねていった感じです。
本来、私にとって昨年や今年の運気って、最高に良かったはずなので、その運気の良さで自分自身の総チェックをして人生の後半戦に向かっていくケジメの年だったのかもしれないと思っています。
まだまだやらなければならないことが山積みで大変ですが、一つひとつ丁寧にこなしながら頑張っていこうと思います。