
アニメ「ヒカルの碁」の未完形式
何か月、何年かおきに、繰り返し観る、好きなアニメ作品がいくつかあります。
鋼鉄神ジーグ、君嘘、爽子、カペタ、あの花、あしたのジョー、頭文字D、自分でこれと決めているわけではないので、今思い出せないものもきっと結構あるはずだけど、ざっと思いつくだけでこんなもん。
あー、一年戦争も見てるな。オリジンも。バクマンもか。
・・・他にも何周してるかわからんくらいのがいくつかあって、これらは自分の中の殿堂入り作品。
あー、一年戦争も見てるな。オリジンも。バクマンもか。
・・・他にも何周してるかわからんくらいのがいくつかあって、これらは自分の中の殿堂入り作品。
それこそ、古いレコードに何度も何度も針を落とすように見ています。
ただ、その中で一番見ているもの。
異色なのがこの、ヒカルの碁です。
これだけが未完なんですよね。原作も。
いや、もちろん原作の連載もとうのむかしに終わってるし、続きが描かれることはこの先ないだろうとは思うんだけど、実際、終わってないんだよね。
何だこりゃと思って、単行本もそろえてみたけど、そして今も手元に置いているんだけど、終わってないんだよな。
ネタバレになるので細かくは書きませんが、何度見て確認しても、明確に未回収のフラグがあるんだよな。
ちゃんと完結した作品になってないのがもったいなくて、いや俺の勘違いなのではないかと、何度も見てしまう。
たぶん、だからずっとリアルタイムで進行形の作品に感じるし、異常な回数を見てしまうんだろうな。
今回何周目だろう。
そういやむかし、おばさんから足つきの碁盤を買ってあげると言われたことがあった。
俺は今でも碁のルールをよくしらないし、一度たりともやったことがない。
ヒカルの碁は、碁がわからなくても面白い。
てか、逆にわからないから何度も楽しめるのかもしれない。
5周目あたりから、なんとなくルールが分かってきたってのはあるかな?
将棋盤なら欲しいって言ったんだけど、急におばさんががっかりした顔になって、結局この話は消えた。
ーーー
・・・と、俺もこの投稿、試しに中途半端で終わらせてみる。
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アタマがうにゃうにゃ
ほんとにもう、ちかれたー。
ちかれたー、つかれたー。
明日会社がひけたら、夏休みに入りますー。
もうほんと、腹立つことやら、めんどくさいことやら、色々溜まってるのでほんとにうれしいよー。
うちの会社には決まった夏休みみたいなものはありません。
有給休暇取得推奨日ってのがあるだけです。
これはそれぞれ、抱えている案件が違うので、上からの号令でせーので休んだりとかできないんです。
大晦日だろうが元日だろうが。
なので、ましてや盆休みだなんてものはなくて、休み中でも僕はメールをチェックしなくてはならないし、仕事携帯は肌身離さず持ち、電話には出なくてはならない。
でもでも、休みは休み!!!!
今年は久しぶりに少し新潟にも帰ろうと思っています。
孫といっぱい遊ぶぞ~。数少ないじいちゃんの特権だ!
仕事は仕事。生きていくための手段。
それにあと3年でその仕事も定年退職だ。
そろそろ生き方をあらためて、見直さなきゃならない時期。
定年だからって、楽隠居が許されるような立場じゃない。
軽率なコトとか、思いあがったようなこととかできる立場じゃない。
何か俺でも稼げる方法、道を考えなきゃ。
少々しっかり考えなきゃだ。
命の洗濯、できるかな?
それにしてもフワちゃん、やっちまったねー。
俺は彼女の仕事はしたことないけど、ちょっと尊敬してたんだよな。
逆にもう一方のほうは正直・・・はは。
自動的に株が上がっちゃって。
あ、ひとのこと気にしてる場合じゃない。
ひとはひと。
生きてるだけで金メダルだっけか。
なら俺も俺の金メダルで俺のタイトルホルダーとして俺として食っていかなきゃ。
過去の出来事に時間を使ってる暇なんかないぜ。
そんな暇なことできんのは楽隠居できたらだな。
自分タイムカプセルを消失
僕はひとつの大きなジュラルミンのケースの中に、中学生くらいから文通でもらった手紙をはじめ、留学していた時につけていた日記や手帳、高校〜大学時代の写真とネガをひとまとめにしていました。
サイズ感的にはこんな感じ。
縦型でしたが。
僕の個人的なタイムカプセルみたいなものでした。
結婚し、家を建てて、1階の使っていない物置部屋に置いていたんだけど、あるときそのジュラルミンケースが、なくなっていることに気がつきました。
その中には、昔つきあっていた女の子の写真とか、圧倒的に女子からのものが多い手紙なんかが入っていたので、母か妻が僕に黙って捨ててしまったのではないかと、今でも思っています。もっとも、どちらも知らないと言ってますが。
ついでに、小学校から高校までの卒業アルバムもごっそりなくなっています。
これは下の妹が勝手に人に貸したとのことでしたが、そのまま忘れてしまっていて、もう誰に貸したかもわからないし、そもそも本人も記憶がなくなっているようです。
なので、若い頃の自分の軌跡のようなものは手元に全然なくて、根無草のような、虚(うつろ)な部分がぽっかり、自分の中にあります。
残念なのは留学時代の写真や、世界中の友達の住所やフルネームなどが、全滅したことです。
それでも特に仲の良かった人は、フルネームを覚えていて、facebookで繋がったりできました。
イギリス、イタリア、タイ、マレーシア、日本。ほんの数人だけですけど。
しかし311の津波で全てを流された人と比べたら、ずっとマシです。
僕は弱いのかもしれません。
どうやって自分を保ってるのかな。頭が下がります。






