スライダーズおやじ -477ページ目

くしゃみひとつ飛ばされてアタマはここにある

1984年。

16歳だった僕は、初めてパスポートというものを取り、海外短期留学というものに参加した。ほんの4週間のロンドン滞在。

 

当時夢中だったのは、とにかくSex Pistols。


スライダーズのこよみでは、2ndアルバム『がんじがらめ』の頃ですね。
僕はまだファンではありませんでした。

 

邦楽ではムーンライダーズ、戸川純も好きだった。
高校の学祭では、Rock Aroun The ClockやらJohnny B. Goodeやら、50’sのコピーバンドをやってた。

 

当時のロンドンのことは、あんまり覚えてないんだよな。

 

思い出せることを書くと、レンガ積んで家が作られているというのを、街角の解体現場で目の当たりにして感激したこと。

缶ジュースが太かったこと(日本は当時250ml缶)、缶ジュースの自販機はないのに、地下鉄のホームの壁に、小さなネスカフェのチョコバーの自販機(といっても電動ではなく、ガチャガチャみたいなもん)があったこと。

 

日曜日に店がやってないこと。夜9時過ぎても明るかったこと。骨董市みたいなのがそこら中でやられていたこと。

ピカデリーサーカスのエロス像が修理中かなんかで、シートで包んであって見れなかったこと。

 

下宿先の親戚が、ラリーに行こうと誘ってくれて、てっきりカーレースかと思ったら、林の中のオリエンテーリングでずっこけた。

別の日、オフロードコースにバイクに乗りに行こうと誘われて、おお! 今度こそモータースポーツ! と思ったら、BMX(自転車)だったこと。

 

その親戚の車ってのがローバーミニで、シートは座椅子みたいなもんで、ものすごく狭くて、辟易したこと。

終バスを降り損ねて終点まで行ってしまった時、運転手が僕だけのために、二階建てバスで、目的のバス停まで戻ってくれたこと。

 

あとはなんだろうなあ。

日本人観光客が全然いなかった。1ポンド350円だった。

ロックファッションを売ってる店なんかでは、店員がほとんどアラブ系だった。

店の奥に、床屋みたいなノリでタトゥー彫る場所があった。

 

買ったものっていうと、絵ハガキと靴下と蛇柄プリントのジーンズ。

ミュージックカセット(HITSとかKATE BUSHとか、露店で売ってたPistolsのライブ隠し撮りとか)くらいしか覚えてないなあ。

 

日本へのお土産は、寝かすと目をつぶる衛兵の人形、LONDONって文字の周りに名所のイラストが入ったタペストリーとか、だったかな。ベタなやつ。

 

日本車はほとんど走ってなかったけど、発売されたばかりの初代MR2を見たよ。日本国内でもみたことなかったのに。バイクは日本車多かったな。ゴールドウイングも見た。

 

有名人はハワードジョーンズが普通に女性連れで歩いてるのを街で見かけた。

ライブとかディスコとかパブにはいかなかった。

バーガーキングとかピザハットくらいかな。

 

キングスロードにはカラフルなモヒカンのパンクロッカーがいたけど、写真を撮ると1ポンドくれと言われる。商売なんかーい。

 

ドクターマーチン/エアーウエアのスチールキャップの10H欲しかったけど、どこに行ってもワークブーツしか見つけられなかった。あれ、どこに売ってたんだろうね。ワークマンみたいな店かねえ?

 

まあ、俺がそんな経験をしたちょいと前、スライダーズはHARRYの鶴の一声で、ロンドンに休暇に来ていたわけです。

 

なので、僕の見た当時のロンドンがどんな感じだったか、書いてみた次第。

 

天皇陛下(浩宮さま)もオクスフォドの大学に留学真っ最中ですね。

1983〜85なので・・・っと、話がずれてゆく。

 

スライダーズの四人はロンドンのフラット(家具家電調理器具付きのアパート)に滞在して、曲書いたり、出歩いたりしてたそうです。4人で寝室2つ。

まあ、そこは多分、HARRY,JAMESチーム、蘭丸,ZUZUチームの班分けでしょうな。

違ってたら面白いけど。

 

んで、そのLONDON滞在中に生まれた曲が、チャンドラーです。

歌詞は抽象的で難解なのですが、ロンドンというワードをアタマに入れて鑑賞することで、何か見えてくるものがあるのかもしれないなあとか、思ったり。

 

 

チャンドラー。

ZUZUのドラムに踏み潰された地平から、うごめくように這い出すように始まる曲。

 

チャンドラーってなんじゃろう。

 

ぺg・・・あ、これはチャンドラーさんです。

翼はあるけど飛べないらしい。風を起こして相手を吹き飛ばす専用。

 

スライダーズ(のフロントマンの二人)といえば、

ウルトラ怪獣と馴染みが深い分けですけど、うーん、まさかなあ。

 

 

 

 

 

こわれた時計のねじを巻いてた

ぬーん。

 

GET OUT OF MY MINDでございます。

 

この曲のCDが、ROUTE S.S.の缶ケースシングル3枚組で発売された直後、僕は中学時代からの仲間が働いてたガソリンスタンドで、初めて細君と出会った。

 

「気に入ったから今度デートしよう」と手紙を渡して、んで、日曜の昼過ぎに待ち合わせして、俺のホンダストリートX 550㏄で、日本海タワーに行ったんだ。

 


※拾ってきた画像です。

 

その頃にヘビロテしていたせいで、なんかこれを聴くと、当時の細君のこととか、車のこととか、仕事のこととかがフラッシュバックしそうになる。

 

もしタイミングが少しずれていたら、おそらく、別の人を思い出す苦い曲になっていたとも思う。

 

この詩の不思議なのは、普通に捉えると、別れた女性に囚われてる男を歌っているものだろうとおもうんだけど、でも、進行形で付き合ってる人への気持ちが大きすぎて戸惑ってる男のようにも受け取れるんだよね。

 

まあ、どちらも女性への思いに縛られてるっていう点では同じかなと。

 

なんか、自分にとってはこの名曲が細君との思い出の曲の位置付けにあって、俺の中で申し訳ないような気分。

 

ははは。
なつかし。

 

 

 

 

HARRYがまたこの曲を歌ってくれる日を、楽しみにしております。

 

 

中華居酒屋一品樓でルーロー飯テイクアウト(北品川)

今日はものすごく暑い。
扇風機回しながら在宅ワークです。
お昼はお腹がグウグウ鳴っていたんだけど、ちょうどキリの良いところまで仕事を進めたら14時半を過ぎてしまいました。
 
こちらのお店。
中華料理の安くて美味しい店として、地元で人気があるそうです。
お昼過ぎの休憩時間がないことを知っていたので、今日は一直線に来てみました。
 
すでにお客さんも一組だけになっていたのですけど、横浜中華街のお店が突如出現したような、不思議と活気を感じます。
 
こうした大衆向けの中華料理、中国料理店は数え切れないくらい行ってるけど、不思議とこの空気には出会えません。
スタッフさんの表情とか、客に対する間合いなのかな? 駄菓子屋のおばちゃん? 屈託のない商売感、みたいな。
 
大陸系は客との間に線引き的なものがあって、もう少しビジネスライクな気がします。まあ、だからこそ日本語がわかるスタッフが一人もいなくても成り立つんだろうけど。
 
店員さんは台湾の方なのかな? 日本語の発音は独特だけど、問題なく意思疎通できます。
 
ルーロー飯。実は僕は食べたことがありません。
台湾大好きな会社の先輩がうまいぜと言ってました。
 
んで、この春にほっともっとの限定メニューで、ガパオとルーロー飯が出ていたので、先輩に教えたらすぐさま試し、
 
「あれはダメだ。全然ダメだ。ほっともっとはわかってねえな」と酷評。
 
この写真で見ると美味しそうなんだけど、目玉焼きもガチガチに火が通ってて、スパイスの香りも足りなくて、「ああ〜台湾行きてえ!」とぼやいてました。
 
今日はランチ看板の裏になってたけど、この看板がいい感じでしょ。
 
作り置きではなく、5分ほど待ったかな。
早速持ち帰って食ってみました。
 
あ、これ前にも食ったことがある。
これをルーロー飯というのか。
 
でも、前に食ったやつよりうまい。肉もたっぷり!
だけど、青梗菜が倍欲しい!!
 
そんな感じでした。
600円です。