くしゃみひとつ飛ばされてアタマはここにある
1984年。
16歳だった僕は、初めてパスポートというものを取り、海外短期留学というものに参加した。ほんの4週間のロンドン滞在。
当時夢中だったのは、とにかくSex Pistols。
スライダーズのこよみでは、2ndアルバム『がんじがらめ』の頃ですね。
僕はまだファンではありませんでした。
邦楽ではムーンライダーズ、戸川純も好きだった。
高校の学祭では、Rock Aroun The ClockやらJohnny B. Goodeやら、50’sのコピーバンドをやってた。
当時のロンドンのことは、あんまり覚えてないんだよな。
思い出せることを書くと、レンガ積んで家が作られているというのを、街角の解体現場で目の当たりにして感激したこと。
缶ジュースが太かったこと(日本は当時250ml缶)、缶ジュースの自販機はないのに、地下鉄のホームの壁に、小さなネスカフェのチョコバーの自販機(といっても電動ではなく、ガチャガチャみたいなもん)があったこと。
日曜日に店がやってないこと。夜9時過ぎても明るかったこと。骨董市みたいなのがそこら中でやられていたこと。
ピカデリーサーカスのエロス像が修理中かなんかで、シートで包んであって見れなかったこと。
下宿先の親戚が、ラリーに行こうと誘ってくれて、てっきりカーレースかと思ったら、林の中のオリエンテーリングでずっこけた。
別の日、オフロードコースにバイクに乗りに行こうと誘われて、おお! 今度こそモータースポーツ! と思ったら、BMX(自転車)だったこと。
その親戚の車ってのがローバーミニで、シートは座椅子みたいなもんで、ものすごく狭くて、辟易したこと。
終バスを降り損ねて終点まで行ってしまった時、運転手が僕だけのために、二階建てバスで、目的のバス停まで戻ってくれたこと。
あとはなんだろうなあ。
日本人観光客が全然いなかった。1ポンド350円だった。
ロックファッションを売ってる店なんかでは、店員がほとんどアラブ系だった。
店の奥に、床屋みたいなノリでタトゥー彫る場所があった。
買ったものっていうと、絵ハガキと靴下と蛇柄プリントのジーンズ。
ミュージックカセット(HITSとかKATE BUSHとか、露店で売ってたPistolsのライブ隠し撮りとか)くらいしか覚えてないなあ。
日本へのお土産は、寝かすと目をつぶる衛兵の人形、LONDONって文字の周りに名所のイラストが入ったタペストリーとか、だったかな。ベタなやつ。
日本車はほとんど走ってなかったけど、発売されたばかりの初代MR2を見たよ。日本国内でもみたことなかったのに。バイクは日本車多かったな。ゴールドウイングも見た。
有名人はハワードジョーンズが普通に女性連れで歩いてるのを街で見かけた。
ライブとかディスコとかパブにはいかなかった。
バーガーキングとかピザハットくらいかな。
キングスロードにはカラフルなモヒカンのパンクロッカーがいたけど、写真を撮ると1ポンドくれと言われる。商売なんかーい。
ドクターマーチン/エアーウエアのスチールキャップの10H欲しかったけど、どこに行ってもワークブーツしか見つけられなかった。あれ、どこに売ってたんだろうね。ワークマンみたいな店かねえ?
まあ、俺がそんな経験をしたちょいと前、スライダーズはHARRYの鶴の一声で、ロンドンに休暇に来ていたわけです。
なので、僕の見た当時のロンドンがどんな感じだったか、書いてみた次第。
天皇陛下(浩宮さま)もオクスフォドの大学に留学真っ最中ですね。
1983〜85なので・・・っと、話がずれてゆく。
スライダーズの四人はロンドンのフラット(家具家電調理器具付きのアパート)に滞在して、曲書いたり、出歩いたりしてたそうです。4人で寝室2つ。
まあ、そこは多分、HARRY,JAMESチーム、蘭丸,ZUZUチームの班分けでしょうな。
違ってたら面白いけど。
んで、そのLONDON滞在中に生まれた曲が、チャンドラーです。
歌詞は抽象的で難解なのですが、ロンドンというワードをアタマに入れて鑑賞することで、何か見えてくるものがあるのかもしれないなあとか、思ったり。
チャンドラー。
ZUZUのドラムに踏み潰された地平から、うごめくように這い出すように始まる曲。
チャンドラーってなんじゃろう。
ぺg・・・あ、これはチャンドラーさんです。
翼はあるけど飛べないらしい。風を起こして相手を吹き飛ばす専用。
スライダーズ(のフロントマンの二人)といえば、
ウルトラ怪獣と馴染みが深い分けですけど、うーん、まさかなあ。
