朝礼スピーチのねた ブクロ -60ページ目

瓢箪から駒、藁からは納豆!

今日は、指笛、納豆に植物油の日です。

【活用場面】
 災い転じて福となす!

日本の歴史の中でこの糸引き納豆を発明したのは、八幡太郎義家(源義家)と言われています。頼義の長男で、前九年の役で父を助けて阿倍氏を討ち、後に陸奥守兼鎮守府将軍となって東国における源氏勢力を作った歴史上の猛者です。


納豆の発明は、後三年の役のとき。義家が陣地内で大豆を煮ていたところ、敵の急襲を受け、そこで、その大豆をとりあえずワラ俵の中に詰め、戦いました。翌日戦いが終わり、大切な兵糧だった大豆を取りに戻ってみると、中から出てきたのは ヌルヌルになった糸を引く大豆。


兵士たちは、糸引き納豆に変化した煮豆を、腐っているものと思い、捨てていました。八幡太郎義家は、捨てられた糸引き納豆を拾い上げて口にした所、充分食べられる食料である事に気がつきました。

納豆好きの方は、八幡太郎義家さんに感謝を込めて、毎日の食卓に納豆を食べましょう!

因みに、納豆に添えられている辛子は匂いを抑えるためだそうです。

雷よけの赤唐土!

今日は、ジェットコースターにほおずき市の日です。

【活用場面】
 雷が多いこの時期の蘊蓄

ほおずき市は、芝の愛宕(あたご)神社の縁日に始まり、「ほおずきを水で鵜呑(うの)みにすると、大人は癪(しゃく)を切り、子どもは虫の気を去る」といわれるなど薬草として評判であったようです。その愛宕神社の縁 日は観音さまの功徳日にならい四万六千日と呼んでいたのですが、やがて「四万六千日ならば浅草寺が本家本元」とされ、ほおずきの市が浅草寺境内にも立つようになり、かえって愛宕神社をしのぎ盛大になったと 伝えられています。

一方、江戸の昔、落雷のあった農家で「赤とうもろこし」を吊るしていた農家だけが無事であったことから、文化年間(1804~18)以後に「雷除(かみなりよけ)」として赤とうもろこしが売られるようになりました。ところが明治初年に不作が原因で赤とうもろこしの出店ができなかったことから、人々の要望 により「四万六千日」のご縁日に「雷除」のお札が浅草寺から授与されるようになり、今日に至っているそうです。

質屋でショッピング!

今日は、質屋になはに中国茶、外務省開庁記念日にベイエフエムの日です。


【活用場面】


質屋は、一昔前までは庶民相手の金融業者として繁盛していました。しかし昭和30年代くらいまでは、全国で二万店くらいあった質屋も今では五分の一くらいまで減少してしまいました。


減少の理由は、後継者不足もありますが消費者金融業の出現の影響が大であるといえるでしょう。今やお金は無人契約機で気軽に借りられる時代となり質屋には時代遅れの感があることが否めないからです。しかし、質屋にとって悪い話ばかりではありません。


こんないい話もあるのです。

高利貸しで融資をする消費者金融と違い、質草を持ち込んでお金を借りる質屋というところは、借金の返済を怠っても質草を取るだけで厳しい取り立てをすることもありません。


そんなことから最近では質屋はお金を借りるためではなく不要な物を買い取ってもらい現金化するという用途での需要が多いのです。


今や質屋は、ネットオークションの追い風を受けて高額ブランド品を売買をする店として形を変え存続しています。ですから、今繁盛している質屋はショッピングを楽しむ若者が気軽に行く場所なのです。