朝礼スピーチのねた ブクロ -129ページ目

シャクルトンの統率!

今日は、忠臣蔵討ち入りの日、南極の日です。(忠臣蔵も書きたいなあ!でも今 日は、シャクルトンです。)


【活用場面】
 究極の統率!命の大事さ!


アーネスト・シャクルトンはアイルランド生まれの探検家であり、南極大陸横 断という目標を達成しなかったが、奇跡的な統率者としてその名を残した。


シャクルトンは、南極大陸横断を目標にかかげながら、南極大陸にたどりつく ことさえできなかった。目的を達するという意味では、そのはるか手前で失敗し たことになる。


ところがその失敗から、人類の成しとげた偉業のなかでもとりわけ心を打つ奇 跡が産まれた。

エンデュアランス号の乗組員28名が船を失い、氷の世界を一年近くさまよっ た後に、一人も欠けることなく生還した事実は、人間にこれほどの力があったの かと、心の奥にずっしりとした感動を呼ぶ。


エンデュアランス号の奇跡は、シャクルトンとその一行が心をひとつにして、 奇跡を自分たちの力で勝ち取った物である。


それはまさに船の名前が暗示するように「エンデュアランス(不屈の忍耐)」 によって、希望の持ちようがない状況のなかで希望を持ち続けたこと、自分の野 性を信じたこと、仲間への忠誠、そして神秘体験、シャクルトンの体験のひとつ ひとつが「生きのびろ! 生きのびる力を人間は持っている」と伝えてくれる。 この本は、決して諦めず、生きのびたいと願う人々への応援歌である。

この記事では伝えられない感動があります。是非、ご一読下さいm(_ _)m

梅太郎のビタミン発見!

今日は、正月事始め、双子の日にビタミンの日だそうです。


【活用場面】

 天網恢々疎にして漏らさず!真実は自ずから明かされる。


鈴木梅太郎は、1910年に世界で初めてビタミン(B1)を発見した人物です。

明治末期まで、脚気の原因がビタミンB1不足だという事がわかっていませんでしたので(ビタミンの存在すらわかっていませんでした)、健康被害を訴える人が多かったのです。
脚気とは、神経に障害をきたす病気で、徳川家光もこの病気で命を落としたと言われています。

脚気をめぐり世界中で研究が進められていました。ドイツでは「伝染病ではないか?」と主張!一方のイギリスでは「栄養問題ではないか?」という対立構図になっていました。

日本でも意見が大きく分かれます。日本の海軍は栄養問題を主張!一方、日本の陸軍は伝染病を主張し両者は対立するのです。

しかし、海軍の食事を洋食(パンなどの麦)に切り替えてから、脚気の症状が出なくなり、栄養問題説と確信します。
対立する陸軍は科学的根拠がないと主張し、森鴎外などが噛み付くのでした。

1910年、鈴木梅太郎が米のヌカからビタミンB1を発見しアベリ酸(後にオリザニン)と名付けます。しかし、世界に論文を発表する際、「新しい栄養素だ」という言葉を訳されなかった為、「オリザニン」は世界から認められませんでした。

また、東京帝国大学(東大)医学部でも、脚気は伝染病が原因ではないか?とする説が多く、同じ東大出身の鈴木梅太郎に対しての風当たりが強かったのです。
さらに、ある医学者は「農学者が何を言うか、糠が効くのなら小便でも効くだろう」と鈴木を非難するのでした。

東大医学部長がノーベル賞の候補者に鈴木ではなく、イギリスの「ホプキンス」を薦めたのは、こういう背景があったのです。

ちなみに、森鴎外は鈴木梅太郎が脚気とオリザニンの因果関係を証明したのにもかかわらず、死ぬまで伝染病説を貫いたそうです。

ビタミンB1の発見は、ノーベル賞級の発見です。
後にオランダの「エイクマン」(ビタミン発見の道しるべになった人物)とイギリスの「ホプキンス」(ビタミンが健康維持に必要だと発見した人物)がノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

ノーベル賞各賞の受賞者は3人と制限があり、その影では多くの方々が涙をのむ事でしょうが、受賞されない人々の多くの功績を心にとめてあげて欲しい物です。

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すばらしい友人は、「知的財産」です。


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かんじんな話!

今日は、漢字の日にバッテリーの日です。

(去年の今日の出来事:北朝鮮ミサイル発射、銀河3号か?軌道に乗ったとの報道もあり)


【活用場面】
 漢字に纏わる肝心な話


桑田 真氏の著作より引用

『「山笑う」という春の季語を知ったのは、高校時代だった。新緑の季節を指すその言葉を、僕はな ぜか、つい最近まで夏の季語だと思っていた。緑で覆われた木々が、ゆさゆさ風にそよぐ。その下で 多くの命が活動している。そんな夏の生命力を「山笑う」と言うのだろうと。しかしその勘違いは、 子どものころの思い出と強く絡み合い、なんともユーモラスな言葉を生み出した日本人の心の豊かさ と、言葉の力を、僕に意識させた。大学を卒業し、僕は朝日新聞の校閲記者になっていた。


二〇〇四年十二月、僕はソウルにいた。東アジアの漢字事情を取材するためだ。ハングル表記の街で、ふと 小さな花屋さんに目がとまった。その看板に「花」という漢字が、丸い輪の中に笑っているようにデザインされていた。


「山笑う」ならぬ「花笑う」だった。冬の日差しの中で、僕は漢字の持つ豊かな表情に見とれた。


そして二〇〇七年一月、夕刊フィーチャー編集の小倉一彦編集長と柏木真次長から「校閲で漢字の字源につ いて書かないか」という話がきた。タイトルは「漢字んな話」。字源は、定説が確立していないものも多 く、素人に書ける代物ではない。社外筆者を探すことになった。

しかし、思うように適役が見つからぬまま、同年四月スタートの時期が迫った。「自爆」するしかない。知 り合いだった漢和辞典編集者の円満字二郎さんに協力をお願いし、ようやく書いたのが、連載一回目の「咲」だった。


「なぜ、咲が口偏なのか」「なぜ笑が竹冠なのか」。そんな単純な疑問がふと浮かんだのは、子どものころ に探検した裏山の思い出と「山笑う」の季語、ソウルの街の「花」のデザインが奇妙に結びついた、偶然か らだった。』


普段何気なく使っている漢字の疑問を教えてくれる楽しい本です。

因みに私の子供の頃からの疑問は、「泊」と「晒」の字が間違いじゃないかと思ってるんですが、未だに 謎が解けません!日が西に傾くから「宿にとまる」、水で白くするから「さらす」んじゃないかな?