人からの非難についてブッダが語ったことは? | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「非難」について。

皆さんは、最近何かの言葉を受けて、

心が傷ついたりしましたか?

 

誰かを怒りにまかせて、拳で殴ったりすれば、

血が出たり腫れたりするでしょうし、

場合によっては、事件として扱われます。

 

ところが、

口舌の刃(悪口・非難)というものは、

血が出たり腫れたりしませんが、

その言葉によって心は深く傷つくことがあります。

 

また、人の言葉に敏感な人や、

誰かのために言葉をかけることが無い人は、

相手の意図に関わらず、無駄に傷ついたり、

グルグルと自らダークサイドに落ちていきます。

 

人の「言葉」というのは、誰かを救うこともあれば、

物理的以上に、誰かの心を深く傷つけてしまいます。

 

また、陰口、悪口、噂話といったものは、

間接的に届いたときには威力が高いですよね。

 

2000年以上前に存在した、聖人ブッダ。

ブッダは、こういった避難(悪口)に対してどう述べたのでしょう?

 

「沈黙している者も非難され、多く語る者も非難され、
 少しく語る者も非難される。世に非難されない者などいない。」

 

という言葉を残したとされています。

つまりは、空気と同じようにあって普通のもの、

といったところでしょうか。

 

非難んされてしまうことが"当たり前"なのであれば、

非難されないことに、エネルギーを消耗することは、

とても無駄なことなのかもしれません。

 

ブッダでさえも弟子の前で、悪口をさんざん言われることもあったのです。

ブッダの逸話で目の前の非難に対して、

とった態度を含めて考えると、できることは何かと考えると…。

 

①あって当たり前のものという理解
②同じ土俵に上がらない
③受け取らない
④自分の道義を大事にする

 

といったことではないでしょうか。

実践が難しかったとしても、こういった道理を理解するだけでも、

非難との付き合い方は変えることができるでしょうね。虹
 

 

 

いつも有難うございます。

言葉に傷ついたときはアンフィニへ!

.

ご予約は052-253-5040まで!

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