故郷について、そこはかとなく書きつくってみる③ | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「故郷」について。

皆さんは、故郷はどこですか?
どんな場所ですか?

今回は全くプライベートな話です。

前回『故郷について、そこはかとなく書きつくってみる②』の続きです。

 

④父親

 

親父は建設業で橋梁の仕事をしていました。

ですので、単身赴任が多く、

毎年一年の殆どを一緒に暮らすことはありませんでした。

 

小学校低学年の頃までは、

久しぶりに会う父親に照れくさく、

慣れた頃に出張に行ってしまうイメージでした。

 

父親が単身赴任先で、自分のことを思い出してくれるように、

エアガンの弾をいくつか入れといたら、

出張から戻ってきたときに、

「おまえのおもちゃの弾がいくつも入っとったがや。」

と文句を言われてショックを受けた憶えがありますw

 

親父は、普段はそんなに話す感じでは無く、

仕事から帰ってくると、熱いお茶を飲みながら、

新聞を黙って読んでいる感じでした。

 

でも酒を飲むと少し陽気になって、

よく私の足の爪切りや耳かきをしてくれました。

今ではタブーですが、大晦日は酔っ払いながら神社に行って、

わたあめを買ってもらいました。

 

とても気前のいい人でしたが、"二度と"と決めたことは、

絶対に二度としてもらえない頑固さもありました。

親父の絵のうまさはとても尊敬していました。

 

仕事こそが「誇り」であった、THE・団塊世代という感じです。

⑤母親

 

父親が単身赴任ばかりだったので、

私は家の中では母親と2人でした。

 

母親からは、何かを教えられたとか、

何かを躾けられたとかの記憶が殆ど無く、

私の歯は虫歯だらけで、学校は忘れ物がしょっちゅうでした。

 

思い通りの反応でなかったり、自分の意見を言うと、

「かわいくないね!!」と、

ヒステリーを起こして、戸をえらい勢いでバーンと閉めていたのが嫌でした。

私がいつまでも可愛い子供でいて欲しかったのでしょう。

 

中学生になると、

「あれ…じぶんの母親が変だ…。」

と気づいてしまって、それからはすざまじい嫌悪感になりました。

 

自分が30歳くらいになった頃には寛容になりましたが、

ずっと気は合わず、晩年もなるべく接点や会話は最小限に留めていました。

私は「親だからといって期待するのはやめよう。」という姿勢でした。

 

親父が逝去した後は、

片づけができない母親の代わりに片付けに行く度に、キレられ、

何度も大喧嘩してました。

 

母親が3年前に逝去したのちに、その頃母親に書いたノートのようなものが出てきました。

丁寧によく書かれてありましたが、母親に伝わることは無かったなと、

あらためて感じました。

 

お店の人の"営業トーク"をまともに信じる人だったので、

色々な無駄な買い物がバンバンしてありました。

そして片付けができない人だったので、

片付けは本当に大変でした。

 

死ぬ間際まで闘病生活をすることもなく、

付き合いたい人だけと付き合い、言いたいことを言い、

生きたいように生きたと思うので、幸せだったでしょう。

なかなか続きますね。

続きはまた明日!虹
 

 

 

いつも有難うございます。

忘れられないことを何とかしたいときはアンフィニへ!

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ご予約は052-253-5040まで!

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