人間は狩猟をしていたときのほうが争いが少ないのはなぜか? | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「所有」について。

皆さんは、どんなものを持っていますか?

どんなものを持っていないですか?

 

私たちは、生まれてきたころ、

まだ母親との一体感が強く、別の存在であることを

だんだんと認識していくと言われます。

 

やがて「私」というものができて、

30歳くらいまで、「私」はどういう人間なのか?

ということを確立させていきます。

 

さて、古のアフリカで、

人間が木から降りることを余儀なくされて、人間の歴史が始まって、

諸説ありますが、約600万年が経ったといわれます。

人類は、肉食動物の食べ残しや、

木の実などを食べていました。

やがて道具が発達して、狩猟による生活になっていきます。

 

狩猟の生活の頃は、獲物を求めて、

人間は移動を繰り返していました。

 

しかし、狩猟生活というのは、

ケガをするリスクや、獲物が見つかったり見つからないという、

不安定なリスクがありました。

 

やがて、穀物を育てるということを覚えて、

農耕の生活が始まっていきます。

すると、その場所に定住するようになりました。

 

人間と人間の争いは、

狩猟生活の頃、殆ど無かったといいます。

人間と人間の争いは、農耕が始まってからです。

 

 

なぜなのでしょう?

 

そうですね。

狩猟生活の頃は、自分の場所を持っていなかったからです。

「所有」するということを始めたことが、始まりです。

 

生きるための所有物の取り合い、

それが人間同士の争いの火種だったのです。

 

それは、今も変わっていません。

"自分の〇〇"というものを

侵害されたり、取り合ったり、守ったりすることで、

現代の人間同士も争います

 

それは目に見えるものの場合もありますし、

目に見えない考えや主義という場合もあります。

ときには、自分以外の人間の存在であることも。

 

私の自転車。

私の考え。

私の家族。

私の大好きな推し。

 

といった感じです。

「私の〇〇」へのこだわりは、

自我が確立すればするほど、強くなっていきます。

いわば「頑固」というものです。

本当にそれは、「私の〇〇」なのか?

そうあったほうがよいのか?

時々自分に問いかけてみると、意外とそうでもないことに気づくかもしれません。虹



いつも有難うございます。

執着に悩むときはアンフィニへ!

.

ご予約は052-253-5040まで!

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