サルトルが考えた地獄というものは? | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「存在」について。

皆さんは、地獄というと、

どんなものを想像しますか?

 

死後の世界にあると想像された地獄。

古今東西世界各国で、鬼やら悪魔やらが、

罪を犯した人間を拷問し、いたぶるイメージですよね。

哲学者サルトルが、戯曲として描いた、

『出口なし』という物語は、地獄をテーマにしたものでした。

どんな感じのストーリーかというと…。

 

生前何かしらの罪を犯した男女3人が、

死後、ある部屋に居ます。

 

そこには、悪魔や鬼などは存在せず、

女性が2人、男性が1人部屋に居るだけです。

その部屋は、窓もドアも鏡もありません。

 

「そんなのが地獄?!」

 

って思いませんか?

 

3人は、拍子抜けして、

自由勝手に過ごそうとしますが、

なかなかそうはいかないことに徐々に気づきます。

 

なぜ自由勝手に過ごせないのでしょう?

 

自分を「見ている」他の2人が存在するからです。

誰かとうまくいっても、もうひとりの"まなざし"は常に存在します。

常に誰かに観察や監視されているのに、そこから抜け出せない。

 

自分というのは、他者にとって"何かである"ということは免れられず。

登場人物のひとりが最後にこう叫びます。

 

「地獄とは他人の存在だ!」

私たちは、他者にとって、

自分が"何かである"ということは常にあり、

そこはコントロールが効くことではありません

 

先の戯曲では、閉じ込められた空間で、

鏡など、自分を映し出すものも無いため、

自分というものを他者を通してしか、確認できない状態です。

 

哲学者らしいシチュエーションですね。

心理学者アドラーのいう、人間の悩みは、

結局「人間関係」に基づいているということにも通じます。

①閉鎖的であること(環境・人間関係)

②他者の目を必要以上に必要とする状態

 

こういうことは、この戯曲による「地獄」でなくとも、

自ら作り出してしまうことってありますよね。

 

他者にとって"何かである"ことは、

私たちにとってどうしようもないこと認めること。

こういう地獄の環境をつくらないことが大切ですね。虹



いつも有難うございます。

気になって仕方ないときはアンフィニへ!

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