表現する方法は人によって違い、理解しなければわからない | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「意味」について。

皆さんは、人と人は簡単に分かり合えると思いますか?

そうは思いませんか?

 

私はよく映画やドラマを人に勧めたり、

勧めてもらったりします。

 

先日、私が勧めた超感動のドラマを見た青年が、

思ったほどの反応ではありませんでした(^^;

どうだった?と尋ねると…。

「いい話ですが、ときどき感情的なシーンが僕はちょっと無理でした。」

 

例えば、心配をかけた息子に平手打ちをして抱きしめるシーンや、

父親が不器用に怒鳴りながらも涙するシーンは、

私が感じるものと、青年が感じるものは違うのです。

 

どちらが良いとか悪いとかではありません。

ただ"違う"のです。

 

それは生きた時代や、環境、

体験を経験にしてきたものが違えば、

感じることもまた、違って当然ですよね。

以前、何の番組だったかは忘れましたが、

国境なき医師団のスタッフとしてスーダンの活動に赴いていたある医師が、

自分なりに現地のアプローチを受け入れて、看護師に指示を出していました。

 

すると、そこで返ってきた合図は…。

 

「チッ!」

 

という舌打ちだったのです。

 

それからも、彼がどれだけ言葉を尽くしても、

指示した反応は変わらず、舌打ち。

かなり凹んだそうです。

 

帰国する少し前になって、

ようやくスーダンでの「チッ!」という舌打ちが、

「了解」を意味することを理解したのでした。

 

 

私たちは自分の"表現方法"が普通だと思います。

 

そして、自分の解釈でしか理解できません。

更には、ネガティブなことと受け取ったときには、

なかなか訊ね難いものがあります。

 

しかし、その表現が意味するものを共有できたなら、

心からは共感できなくとも、そういう表現もあるということが、

少し理解できるのではないでしょうか。

 

感じる心は、豊かなほうが、

すれ違うことは少なくなりますよね。虹



いつも有難うございます。

疑心暗鬼のときはアンフィニへ!

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