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深センに1991年に設立されてから14年になる企業です。ここでは、設立当初の話など深センでの製造業の歴史を伺うことができました。
テクノセンターは日本企業の中国進出をサポートすることを目的として設立され、深センの郊外に工場団地を設け輸出入代行、インフラ供給、労務人事代行、税務会計などあらゆる面の支援を行っています。現在は30社ほどの企業が、敷地内にある工場で生産を行っているとのことです。
90年代初期は中国は単に生産の場であって、生産された商品は全て外国に輸出されていました。外国に輸出する製品については、関税をかけない法律があり、テクノセンターで行うことは中国外への輸出製品の製造をでした。しかし、中国が発展し、日本製品を購買するようになってくると段々と中国で生産して、中国内で消費するというようになっていきました。
また労働者の賃金は上がり続けていて、深セン地区の人件費は10年間で5倍近くになりました。現在の工場労働者の平均賃金は3000元(約60,000万円)ぐらいとのこと。賃金が安い時代にはコストを気にすることなく労働者を雇っており、1つの作業につき作業者1人というような状況だったのが、賃金が上昇するにつれて一人の作業者が複数のタスクをこなすせるように効率化していったとのことでした。
賃金の上昇はまだ続いていて、特に販売台数がアメリカを越えて世界1位になった自動車業界はバブリーな状態のようです。深センの街中を見ていても、ベンツ・アウディ・レクサスなどの高級車がガンガン走っています。トヨタ、フォルクスワゲン、ホンダなども多く、当然軽自動車は走ってません。また中国人の気質として、値下げを要求して安く買おうということもしないことも自動車メーカーの利益に貢献しているとのこと。通常の電器、機械系工場での作業者のボーナスが1か月分のところ、自動車関連の工場だと12~24か月分も出るのだとか!
反日、賃金上昇などにより製造業の中国回避が始まったとメディアで言われていますが、少なくともテクノセンターではあまり影響がないということです。賃金上昇はしているものの、インフラが整っていて政情が安定している国は他になく、ベトナムやミャンマーなどで製造を行おうと計画していた企業も結局中国に戻ってくるケースが多いようです。インフラまで自前で用意できる、大企業は別みたいですが。
労働者の離職率は100%以上。つまり平均すると1年未満で辞めてしまいます。そして1元でも時給が高ければ別の工場へと移ってしまうようです。しかも、どの工場も人で不足で、労働者を集めるのは苦労するとのことでした。1元違いで職場を変えてしまうことについて、日本人からみると冷めてるなと思うかもしれませんが、田舎から出稼ぎにきている彼らにしてみれば当然のようです。
会議室で会社説明を受けた後、工場も見学させてました。やはり日本人が運営している工場なので整理整頓、掃除が行き届いていて、雰囲気は日本と同じでした。工場だけでなく、会議室などオフィス内も綺麗に保たれて、中国にいるのに日本にいるような気持になりました。
会社説明を聞いたり、工場を見せてもらい、未発展の91年の深センで設立当初から日本企業をサポートしてきたというテクノセンターさんの、多くの日本企業の中国進出への貢献には頭が下がる思いがしました。

