2025年も大詰め。

今日は、「年間ミュージックアワード2025」を、キイナの出演時間にあわせて9時以降から番組のラストまでみてしまいました~。

キイナ、結果、番組の大トリでしたね。

お疲れ様でした。

会場(ホテルニューオータニ幕張)にキイナと小室哲哉さんを乗せたリムジンが到着し、ドアが開くとキイナの姿が!

真っ白なスーツで、白い靴が目に飛び込んできて、もう足先から素敵!

最初の夢のコラボは「SEVEN DAYS WAR」。

キイナはこの曲をコンサートなどで大切に歌ってきましたが、憧れのかたと一緒に歌うこんな日が来るなんて、コラボは初めてではないにしても、どんなに嬉しかったことでしょう。

キイナの微笑みに心とろけておりました~。

 

 

年末にたくさんのテレビ出演がつづいていますが、25日の「今夜決定!全国1万人が選んだ100年先も残したい昭和の名曲」では、「赤いスイートピー」を歌唱されることはおしらせいただいてましたが、なんとオープニング早々に「白睡蓮」も歌ってくださり、聴き惚れました。

「明石家紅白!」は失礼ながら、キイナが出演されるので今回初めてみたのですが、キイナは別格扱いで、後輩の皆さんのリスペクトがハンパなかったですね。

そして、紋付き袴の正装&金髪の「限界突破×サバイバー」は、自由で最高!

キイナがどんなに自由なのかを感じて、爽快な気持ちにさせていただきました。

前後しますが、「嗚呼! ! みんなの動物園」では、「ほど酔い酒」がちょっぴりながれていましたね。
明日、限定配信があるようなのでわくわくドキドキしています。

 

ワクワクドキドキといえば、現在、RELAXXさんにお世話になっていることを以前書いたことがあるかと思うのですが、お店の仕事納めの日に伺ったところ、来店したときにいらした3名のお客様は先に退店され、最後はわたしひとり。

まだ午後1時頃だったのでおふたりに入口でお見送りしていただきながら、このあと、どちらかにお仕事でいらっしゃるのかな? と思っていたら、その1時間半ほどあとにキイナのインスタのストーリーズがあがって、あれ今さっきまで見ていた風景? もしかしたら、もしかして、タイミングからいって、わたしが退店したあとに?

もう、ドッキドキです(笑)。

お友だちに報告したら、”何かか忘れ物してたらよかったのにね”なんていわれて。

お席は3席ありますは、どのお席に?

なんて、あれこれ考えてまたまたニマニマ。

すでに艶ッ艶で素敵な髪になってウキウキしていたので、なんだか宙に浮いた気分で伊勢丹でお買い物をしたのでした。

 

そして、いよいよ明後日は「NHK紅白歌合戦」。

前半戦の後半に登場し、”放送100年 紅白特別企画”で、「愛燦燦」を歌ってくださいますね。

 

この「愛燦燦」について、個人的な思いでがあり、そのことを書いてみたいと思っていました。

過去記事を読み返していたら、当時の思いはあまりに熱く、まとめるのにお時間いただきました。

 

 

2014年9月21日に宇治市文化センターで開催されたコンサートで、キイナは「愛燦燦」を歌い終えると、

「命あることに感謝して、僕はいつも笑顔でいたいです。
人を憎んだり、恨んだりなんてしたくありません。
そういう思いもすべて喜びに変えて、生きていきたいです。
これまでの人生で、僕、恨んだり、憎んだりしたことありませんよ。 
大事な人生のなかで(これからも)恨んだり、憎んだりなんてしません。
感謝です」
と、おっしゃいました。

 

15周年のメモリアルイヤーだったこも2014年、キイナはいわれなきバッシングをうけたのでした。

今では、”いわれなき”は当然のこと、そんなことあらためていわなくても、そもそも根拠のないバッシング自体も忘れ去られてしまっていますが、当時、キイナともどもうけた痛手は大きなものでした。

 

記事を書いた人を許せない、きっと未来永劫許せないと思っていたわたしでしたが、キイナは多くを語らず、歌とその振る舞いでわたしたちファンを安心させてくださったのです。

あの時期、気づいたら、衣裳はいつも白。

きっと”潔白”であるのだということを示してくださっていたのだと、皆で了解したのです。

この時期、ひばりさんの「愛燦燦」を歌われるようになりましたが、この曲にこそ、キイナのそのときの思い、真実がこめられていたように思います。

同年11月に発売された「演歌名曲コレクション20〜ちょいときまぐれ渡り鳥〜」にも収録されていますが、言い訳もしなければ、誰かを責めることもせず、歌を信じて歌いつづけたキイナに、ますます魅せられたのでした。

 

当時、ファンの皆と、

”いくら言葉を尽くしても、たとえば法廷で争って勝訴したとしても、悪くい思いたい人はバッシングの内容を信じるでしょう。でもほんとうにすべてを払拭することできるのも、やっぱりきよしさん自身。いつの日か必ずその歌声と輝きで煩わしい諸々を吹き飛ばしてくれるはず。信じてついていこう”

と話した日のことを思い出します。

 

今、まさにそのとおり。

年末の日本最大の歌の祭典で「愛燦燦」を歌ってくださる日がやってきたのですものね!

観覧には当選できなかったので、自宅のテレビの前で皆さんと一緒にその歌声と麗しい雄姿を見守りたいです。

衣裳は、ひばりさんのお好きな赤?

でも、白の可能性もありますよね。

って、全く違う色?

わくわくは尽きません。

 

さて、そのバッシングのさなか、9月6日のお誕生日に島根県民会館でコンサートが開催されたのですが、このコンサートに参加することになっていたわたしは、皆の思いを形にして届けたいと考えたのです。

わたしたちひとりひとりの心をキャンドルに見立てて、そのカードにメッセージを書いて、参加してくださった方たちのカードのすべてをキイナを囲むようなイメージに張り付けることにして、まずはカードを母に描いてもらいました。

以下は試作品です。

 

 

キャンドルの炎の部分に、キイナへの思いを集約した漢字一文字を書き、その下にメッセージを書くという形式にしました。

わたしも、この記事を書こうとして、皆さんのメッセージを紹介した記事を読み返して胸がいっぱいになったものですから、その紹介記事はこのあと、再掲載という形でアップしますね。

 

以下は、島根県民会館でのコンサートの記事を。

こちらの会館は現在の放送中の朝ドラの「ばけばけ」の舞台の松江にあります。

来年コンサートがあったら行ってみたいですね~。

 

 

 

 

【上記の記事から一部を】

翼を背にポーズをキメられたあと、マイクでお礼をおっしゃっていたきよしさんは涙されていました。

きよしさんの嬉し涙でした。

なんて美しい。

そしてなんて愛しい。

 

きよしさんが放つ光を浴びていたら傷つくまいと思いながらも知らずと心に刺さっていた棘のようなものが溶けて流れていくのを感じたのです。

この日、不思議なことに、その棘のようなものの存在を、夜の部で「愛燦燦」を聴いているときに自覚したのです。

氷川きよしは、すごいなあ。

ほんとうにすごい歌手だなあ。

わたしは自分の身に起こったことに驚きながら、あらためてそう思ったのでした。

 

いよいよ緞帳が降り出すと、

”ご近所の皆さんにもよろしく”

そうおっしゃった一言が抑えきれずに涙声になっていました。

きよしさん、最後の最後まで泣くまいとがんばっておられたのですね。

そう思った瞬間、わたしの目から、涙があふれ出したのでした。

 

終演後、出待ちをしました。

傘差し覚悟でいたのですが、ありがたいことに雨はすっかりあがっていたのです。

楽屋口の周りにはすでに何重にも列ができていたので(皆さん、早いっ!!)、わたしは松江城が左手に見える、歩道に面したところに並ばせていただくことにしました。

楽屋口からは離れているので、そのすぐ横に停車している車に乗り込まれることを思うと、その様子を目にすることは難しそうですが、きよしさんを乗せた車が歩道の向こうの車道うを通りすぎるのをお見送りさせていただければそれで充分と思って並んでいたのです。

途中で西寄さんが出ていらして、バースデーの帽子をかぶっておられるのが見えたのですが(笑)、

このとき、遠目で暗かったこともあり、

”あれ、きよし君?”

と聞いた方が多数おられたので、よくステージで、きよしさんが、”どちらがどちらかわかりますか?”なんておっしゃるのも笑い話でもないかもと愉快な気持ちに(笑)。

 

そのとき、いよいよきよしさんが楽屋口から出てこられました。まず、ホールの搬入口付近から始まっている列の方にずっと歩いていかれました。

わたしはそのとき、なんと自分が並んでいた花壇の縁にうまく乗ることができたので、身長30cmアップ。何重にもなっている人垣の向こうのきよしさんが見えたのです(汗!)。

うわあ~、もう満足とすでに胸がいっぱいになっていました。

あとはきよしさんを乗せた車が通り過ぎるとき手を振らせていただければと思っていたのです。

きよしさんは停車している車のところまで戻ってくると、そのまま車には乗らずに、出待ちの人たちを仕切って置かれていたポールに沿って歩道側へと歩かれたのです。

えっ? このままだと、きよしさんが目の前を通ってくださるのかしら?

いやん、どうしよう、

顔も髪も汗でドロドロなのに~。

それに心の準備ができていませんよ、わたし。

と、急にドキドキしてきました。

 

一瞬、人垣で何も見えなくなったと思ったら、すぐ目の前にきよしさんの姿が!

あんなにたくさんの人がずらりと並んでいるのに、ひとりひとりと目を合わせてニコッ!

わたしにも目を合わせて微笑んでくださいました。

ああ、これって微笑み返し?

ほんの一瞬のことながら、幸せ~!

よく考えたら、わたし、花壇の縁に乗っていたのですよね(笑)。

と、ここで、すでにきよしさんが通り過ぎた楽屋口にいらした方たちが、まだきよしさんが歩道を歩かれているというので、大挙してこちら側にいらしたので、

”きゃあ、押さないでください~、きよしさんにぶつかっちゃいます!”

と、いうような状況になってしまいました(汗)。

きよしさんはそのままにこやかに軽々と歩道を歩かれ、歓声はきよしさんの歩みとともに次第に遠ざかっていきました。

そのとき、スーッと、きよしさんがお乗りになる車が敷地から出て車道を走り信号の手前で停車され、きよしさんはそこで車に乗り込まれたようです。

”ようです”と書いたのは身長+30cm状態でも、人、人、人で車以外は見えなかったのです(笑)。

 

ホールの周囲は一気に静かになり、皆、それぞれの道を歩き出しましたが、どなたも笑顔、また笑顔。

向かいのライトアップされた松江城まで微笑んてくださっているようでした。

 

 

宇治市文化センターでの記事も参考までに。

 

【以下は上記の宇治市文化センターでの記事の一部です】
熱唱&”ハッピートーク”(と勝手にネーミングさせていただきました)の昼の部が感動のうちに幕を閉じ、迎えた夜の部。
客席にびっくりするくらいのたくさんのボードが揺らめいていました。
きよしさんはひとつひとつをじっくりと、嬉しそうにご覧になっていて、いつも台湾からお越しくださっているファンの方にもすぐに気づかれました。
そしてそのかたにお礼をおっしゃられた流れで、日本の魅力をもっともっと知っていただきたいというような話題になったのです。
「6年後にオリンピックもありますから」
とおっしゃるのを横でお聞きになっていらした西寄さんが、
”東京オリンピックで、”氷川きよし”の音頭が聴きたいですよね”
というようなことを客席に問われると、大きな賛同の拍手と歓声が響いたのです。
「嬉しいですね。ありがたいですね。
僕も元気でがんばりたいです。
皆さんも命を大切にして、元気でいてくださいね。
命はどんな宇宙の財宝より尊いものですから。
命あることに感謝して、僕はいつも笑顔でいたいです。
人を憎んだり、恨んだりなんてしたくありません。
そういう思いもすべて喜びに変えて、生きていきたいです。
これまでの人生で、僕、恨んだり、憎んだりしたことありませんよ。 
大事な人生のなかで(これからも)恨んだり、憎んだりなんてしません。
感謝です」
 
きよしさんの唄ってくださる「愛燦燦」でわたしが感じていたそのことを、きよしさんがすべて言葉にして語ってくださっているように感じて、涙がこぼれそうになりました。
わたしは狭量なので、正直をいえばまだまだ許せないことを抱えて生きています。
ときにそのことを思い返してまだ涙が出てしまうような自分がまた許せなくて...。
でもこの日、昼夜、聴かせていただいたきよしさんの「愛燦燦」の歌唱と、唄い終えてのこのときの言葉に、
今日、許せなくてもいいじゃない。
明日も許せなくたっていい。
いつなのかはわからないけど、いつか、きよしさんのような境地になりたい。
それがたとえ遠い未来になってしまったとしても、いつかそうなれればいいんだよね。
きよしさんの、このときの言葉を聞いていて、そう思うことができたら不思議と心が晴れやかになれたのでした。
 
そして、このあと、
“この秋に何をたべたいですか?”という話題で、
“きよしくん!”という声が(きゃあ!)。
すかさず西寄さんが、
「きよしは食べられません。
食べちゃいたいというお気持ちはわかりますが(笑)。
氷川きよしは皆のものでございます」
と(笑)。
横で聞いていらしたきよしさん、
「ありがたいですね。
僕なんかで良かったら食べていただいてもいいんですけど」
と申し訳なさそうにおっしゃったのです。
そして、
「デビューして15年。
皆さんが作ってくださった道です。
これからも皆さんに僕の歌を聴いて楽しんでいただけたらと思います」
と結ばれたのでした。

 

では、メッセージカードの記事は、この記事にもリンクはりましたが、次の記事にアップしますね。