「氷川きよし号 20周年に向けて出港です。 ”よっしゃー、行くぜ!”」
と、皆さま、このタイトルでこの記事を書き始めたのですが、書いているうちにどんどんとりとめなくなってしまいまして…。
でもそのとりとめなくなってしまった理由もそのままお読みいただいたほうがおわかりいただけるかしら? と思い、”言い訳”の念も込めて、開き直ったタイトルに変えさせていただいています。
ごめんなさい。
さて、昨日は松江のしんじ湖温泉駅から一畑電車に乗って出雲大社にお参りし、その足で米子を経由して、境港に行ってきました。
以前、一度訪れたことのある街をゆっくり歩いて、米子鬼太郎からの最終便で帰ってきました。
2014年9月6日、島根県民会館でのきよしさんのバースデーコンサートのご報告、お時間いただきましたが、心のままに書かせていただこうと思います。
昼の部の開演の5分ほど前。
司会の西寄ひがしさんから、ごあいさつ諸々のナレーションがありましたが、その際、この日は特別編成のため、メッセージコーナーはお休みの旨の説明がありました。
”特別編成”...。
もうその響きにドキドキしながら幕開けを待ったのです。
話題が前後しますが、美空ひばりさんの曲を唄うコーナーがあり、その流れで来月6日に放送される「わが心の美空ひばり」の収録の話題をしてくださったのです。
現在、記念館として一般公開されている(完全予約制)目黒にあるひばりさんのご自宅でも収録をされたそうです。
「ひばりさんのお宅にお邪魔したんです。畳の部屋があってそこで息子さんの和也さんとお話しして。掘りごたつのようになっているので、そこに足を入れて。
僕、失礼な質問もさせていただいたんです。
”おなら、しましたか?”って。
変な意味でじゃないんです。あんなに大スターの方でしょう。
でも、ふだんはどうだったのかなって、人間・美空ひばりのこと、知りたいなって思って。
息子さん(和也さん)は、
”しましたよ~”って(笑)」
ひばりさんの銅像を見せていただいたり、とても楽しく充実した収録で、ひばりさんのことを身近に感じていらしゃる様子に見えました。
「スターの方って皆さん、短命ですよね。
やっぱり、重責がのしかかるから...。
孤独を感じることもあるでしょうし、心労とかあるんでしょうね~」
きよしさんはひばりさんに思いを馳せてしみじみとそうおっしゃっていたのですが、西寄さんはじめ、聞いていたわたしたちは、きよしさんと重なり合って、人ごとではありません。
”いや~、きよし君は長生きして~”
という声が客席からあがると、きよしさんは、えっ? という感じで、皆の深刻な表情と漂う空気にようやく(?)気づかれて、
「えっ、僕?
いや、僕は大丈夫ですよ~。
スターじゃないから」
と、皆の深刻な様子に驚いたようにおっしゃたのでした(笑)。
ホッとするやら、おかしいやら...。
きよしさん、
その場にいた、きよしさんを除いた全員が、間違いなくきよしさんのことをスターだと思っているのですよ(もう確めるまでもなくそうですよね・笑)。
以後、発言には気をつけてくださいね。
わたし、きっと、きよしさんがすぐ隣にいらしたら、
”いやだ、もう~”と言って、(失礼ながら)きよしさんの肩をバシッと叩いていたことでしょう。
きよしさん、
その場にいた、きよしさんを除いた全員が、間違いなくきよしさんのことをスターだと思っているのですよ(もう確めるまでもなくそうですよね・笑)。
以後、発言には気をつけてくださいね。
わたし、きっと、きよしさんがすぐ隣にいらしたら、
”いやだ、もう~”と言って、(失礼ながら)きよしさんの肩をバシッと叩いていたことでしょう。
そう思ってきよしさんを見ると、きよしさんはきよしさんで、
”いやだなあ、みんな、心配性なんだから~”
と言いたそうに笑っておられたのです。
これは昼の部でのこと。
わたしは、そんなきよしさんをこれまでに何度も見てきたなあと思いました。
不器用で、計算が嫌いで、バカがつくほど真面目で正直で。
お客さんのためと思うとあとさき考えずにテンションあがって突っ走っちゃってさ。
お客さんのためと思うとあとさき考えずにテンションあがって突っ走っちゃってさ。
...なんて、ごめんなさい。
特別な日だから、ちょっと、わたしの心の声、加工せずに書かせていただきました。
きよしさんの携帯サイトをご覧になっている方は、9月6日の”きよし日和”で、きよしさんのあふれる感謝の思いと、歌手としての惚れ惚れするほど力強い決意をお読みになられたかと思います。
このあと、コンサートでのサプライズやきよしさんの頼もしいトークを、記憶のままに書かせていただきますが、その前に、このエピソードを最初に、いつもブログをお読みくださる皆さまに、わたし、お伝えしたいと心から思ったのです。
こんな人だから、わたし、きよしさんのことを大好きになったのです。
そして、こんな人だからこそ、天賦のあの歌声を磨き、高めることができるのだろうと思うのです。
そのすべてが、あの、この世ならぬ歌唱に込められているから、その歌声が聴く人の心の奥底にまで届いて、心を大きく揺さぶるのでしょう。
さてさて、大変長い前置きになり、失礼しました。
でも、やっぱり先に言わせていただきたかったのです。お許しください。
さあ、それでは昼夜織り交ぜてのご報告になりますこと、ご了解ください。
「氷川きよし コンサートツアー2014 15周年記念コンサート バースデーコンサートにようこそ!!」
きよしさんのオープニングコールに、わっと客席がわきました。
オープニングは「星空の秋子」。
「FNSうたの夏まつり」で「きよしのズンドコ節」を歌唱されたときに着用された衣裳をお召しになっていました。ジャケットが肩から裾にかけてオレンジから黄色へと段染めになっていて、シャツと蝶タイはオレンジ、パンツと靴は黄色という鮮やかな出で立ち。
続いて「満天の瞳」を鮮やかに唄ってくださいました。
舞台袖に戻られたきよしさんと入れ替わりに司会の西寄さんが登場。
「今日は1年に一度の大切なアレでございます」と、盛り上げてくださいます。
そして”氷川きよしの原点・股旅コーナー”となりました。
三度笠に縞の合羽を羽織ったきよしさんが登場。
「箱根八里の半次郎」
「大井追っかけ音次郎」
「近江の鯉太郎」
「月太郎笠」
と熱唱が続いて...。
わたしはといえば、久々に聴かせていただく「近江の鯉太郎」と「月太郎笠」の深い味わいに聴き惚れておりました。 不思議なことにアルバムに収録されてコンサートで一生懸命唄っていらした、当時のきよしさんのことも思い出されて、あのときの歌唱も、今の歌唱もどちらも素敵。でも今がいちばん好きだなあと思わせていただいたのです。
着物の裾は「月太郎笠」を唄う前におろされたでしょうか?
波紋が描かれた着流しでした。
そして、ここで今月17日にリリースされる「ちょいときまぐれ渡り鳥」の紹介をしてくださいました。
「皆さんに支えていただいて今日まで唄ってくることができました。
ありがとうございます。
9月17に新曲『ちょいときまぐれ渡り鳥』を出させていただきます。
”ふたたびの股旅”で、デビューのときの僕のキャッチフレーが”平成の股旅野郎”だったので、今回は、”平成の股旅野郎見参!”というキャッチフレーズを作っていただきました。
この曲で年末までがんばって参ります。
皆様、応援よろしくお願い致します」
きよしさんはそのように丁寧にごあいさつされてから、合いの手の練習をしてくださいましたが、すでに説明の段階で、”きよし!”と合いの手が見事に入っておりました(笑)。
台詞のところでも、
ひとこと、ひとことに、自由なスタイルでいいので相槌をうってほしいということでした。
これは、3か所すべて”は~い!”という相槌が圧倒的に多かったですが、決まりはないので、そのときの気持ちで答えてみるのも楽しそうですね。
実際にきよしさんがサビの部分を唄ってくださって練習をしましたが、あまりにそろっているので、きよしさんは嬉しそうに”100点”をくださったのでした(笑)。
夜の部では、
「皆さん、歌で一緒に遊びましょう」
と言ってくださいました。
練習が終わると雪をかぶった富士山が描かれたスクリーンは舞台後方にスルスルと下りてきて、
きよしさんは勇壮な富士山を背に、「ちょいときまぐれ渡り鳥」を唄ってくださったのです。
どんな言葉を尽くすよりも、その歌声が37歳の誕生日を迎えた喜び、そして決意を語ってくださっているように、わたしには感じられたのでした。
すでに曲の感想や印象をブログで書かせていただいてきましたが、この日、昼夜、唄ってくださった、「ちょいときまぐれ渡り鳥」の歌唱のなんて華やかで輝きに満ちていたことでしょう。
氷川きよしを愛する人たちの歓声が聞こえてくるのを感じたのです。
胸がすくほどに爽快なその歌声の響き、のびやかさ、そしてその微笑みに風格が漂い、
ああ、ほんとうにほんとうに15周年を迎えるんだなあ、きよしさん、おめでとう。
という思いが、心の底からとめようもないほどにわいてきたのでした。
ここできよしさんは衣裳チェンジされ、待望(わたしがです!)の”美空ひばりさんのコーナー”。
ピンクと白のブロックチェックのスーツは”大人キュート”。蝶タイとカマーバンドもとも布で、シャツは白で細かなピンタックが入っている様子。ボタンはスワロフスキー、靴は赤でした。
「港町十三番地」
「愛燦燦」
「人生一路」
と3曲続けて唄ってくださり、
「愛燦燦」では、唄い終えるとそのまま、胸に両手をあて、ハートを抱えて皆に届けるように両手を広げて、数歩前に歩まれたので、客席がわきました。
歌唱は先の記事に少し書かせていただきましたが、
深い森に心地よい雨が降って植物たちが一気に生命力を蘇らせる...。
そんなイメージがわたしのなかでふくらんだのです。
それは人間も同じ。
傷つき、萎えてしまった心に、きよしさんの歌声が光となって降り注ぐことでしょう。
そして、きよしさんが舞台袖に戻られると、HKピュアリバーの皆さんがビートを刻んでくださって、西寄さんの音頭で、皆で手拍子をしてきよしさんを迎えます。
夜の部では、「氷川きよし号 20周年に向けて出港です。曲は『あばよ』!」と西寄さんが曲紹介してくださって心に残りました。
そこでマドロス姿のきよしさんがダンサーさんを従えて登場。
歌唱の前に大丈夫ですか?
と心配になるほどに、唄う直前まで頭上で手拍子をしながら、そのままクルクル回転しながらその場でジャンプされましたが、、それはいらぬお節介というもの。
「あばよ」を声高らかに唄ってくださいました。
ここでオープニングトークだったのですが、きよしさん、あまりにうれしかったのでしょう。
2階席の方とのご挨拶で、思わず、マイクを使わずに生声で話しかけられたので、客席(とりわけ2階席)は大興奮となったのでした(笑)。
このとき1階前方のご主人に気づかれ、きよしさんがお声をかけられました。
ホール入りする前に近くの100円ショップ(Dと書けばおわかりですね)に、きよしさんが立ち寄られた際、そのご主人が、きよしさんに気づかれて、”これからコンサートに行きます”とお声をかけてくださったのだそうです。
うわあ、うらやましいですけど、でも実際、そうなったらどうなっちゃうかしら?
と脱線してごめんなさい。
でも、そのやりとりを聞いていたほどんどの方が、わたしと同様の想像をされたのではないかなと思うのです(笑)。
さあ、そしてバースデーコーナー”です。
ダンサーのおふたりが、ワゴンに載せてケーキをステージに運んできてくださいました。
大きな長方形のデコレーションケーキの上に雪を頂いた美しい富士山が!
富士山のベースは水色で上部が雪を模して真っ白だったかと思います。
手前には”HAPPY BIRTHDAY”のメッセージが書かれたプレートがお花やクリームで飾られていて、火がともされた37本のキャンドルが立てられ、左右のドライアイスがスモークを作り出していました。
きよしさんは昼の部では二息で、夜の部では一息で37本のローソクの火を吹き消され、拍手喝采が起こりましたが、夜の部ではローソクを吹き消す前にステージを照明を落とす演出が加えられ、いっそう盛り上がりました。
夜の部の一息は昼の部のリベンジだったようで(笑)、みごと一息でローソクを吹き消されると、
「あ~、疲れた~。でも最後ちょっと」
とポロリ。
わたしたちがわからないほどの早業でブレスというか、世にいう”循環呼吸”をされたのでしょうか?
わたしたちがわからないほどの早業でブレスというか、世にいう”循環呼吸”をされたのでしょうか?
もう、きよしさん、正直にもほどがあります。
37本のローソクですから二息、三息で吹き消すことだって凡人にはできないんですから、もっと胸張ってくださいね。
そして、そこで西寄さんが音頭をとってくださり、「HAPPY BIRTHDAY」を唄わせていただきました。
すると、きよしさんはとても恐縮されて何かしないと気がすまないと、
「僕からも唄います」
とおっしゃって。
”♪ハッピー バースデー ディア おひとりおひとりのみなさ~ん”と昼夜とも唄ってくださり、きよしさんらしい“お祝い返し”をしてくださったのです。
”♪ハッピー バースデー ディア おひとりおひとりのみなさ~ん”と昼夜とも唄ってくださり、きよしさんらしい“お祝い返し”をしてくださったのです。
そんなきよしさんに、
「日本一の山が似合うのは、日本一の歌手、氷川きよしでございます!」
と夜の部で西寄さんが言ってくださいました。
夜の部といえば、
きよしさんは、
「37年生きさせていただけたことに、ほんとうに幸せを感じます。
皆さんの幸せを毎日祈っています」
とおっしゃてから、
「ケーキ、自分で戻します」
と、スタッフがいらっしゃる前にサササッとワゴンを舞台下手袖にご自身で運んでいかれたので、
「車内販売みたいですね」と西寄さんのツッコミが(笑)。
さらにトークは続いて、新曲「ちょいときまぐれ渡り鳥」のカップリング曲の話題になりました。
Aタイプの「明日への道」、Bタイプの「男の航路」、Cタイプの「伝言~メッセージ~」の3曲それぞれ、CDを流してくださったのですが、きよしさんはそのCDに合わせて、マイクを使って一緒に唄ってくださったのです。
これは夜の部でも同様でしたが、何度でも唄いたくなるほどに素敵な曲だということなのでしょう。
ところで、それぞれについて、「ちょいときまぐれ渡り鳥」のカップリング曲でとおっしゃっているうちに、”ちょいときまぐれ渡りガニ”と言ってしまって大爆笑になり、意外なところでウケたことをうれしく思っておられるようでした(笑)。
3曲それぞれの主人公が描かれてはいますが、”前向きに生きる”という点では皆一緒だとおっしゃっていました。発売がいっそう楽しみになりますね。
そして昼の部でのことです。
わたし、マドロス姿で登場されたきよしさんの、ポケット(左だったでしょうか?記憶が曖昧でごめんなさい)がふくらんでいて、何か角ばったもののシルエットが浮き出ているのが見えたので、なぜ? とそのとき少し思ったのですが、実はカメラが入っていたことがトークのときにわかったのです。
「僕のカメラで皆さんを撮らせていただきたいなと思って。
よろしいでしょうか?
大丈夫。
自分用ですから、絶対に流出しないので(笑)。
僕のプライベートで、家でずっと眺めたいんです」
きよしさんはそうおっしゃって、おもむろにポケットからカメラを取り出されたのですが、カメラはインスタントカメラ!
片手にマイクを持ったまま、客席にカメラを向けてシャッターを切り、そのたび手でフィルムを巻かれるのですが、その音がマイクを通して客席に届いて...。
2階席も含めて、客席のあちこちに向けて何枚もシャッターを押してくださって、さらに西寄さんにも向けられ、
”あとで楽団のみんなも撮らせてもらおう。あっ、でもフィルムがなくなっちゃう?”
と多分、独り言だったのではないかと思うのですが、マイクを持ったまま撮影されているので、全てマイクを通して聞こえちゃったのでした(笑)。
デジカメじゃないから、ちゃんと撮れているかは現像してみないとわからないですが、きっときよしさんの念力でベストショットが撮れていてくださるといいなあと思います。
西寄さんは、そんなきよしさんを微笑ましそうに見つめていらしたのですが、
「皆さま、皆さまの分まで1600枚焼き増しします」
と言ってくださいました。
これぞ正真正銘のリップサービスですね。想像してうれしくさせていただいたのです(喜)。
と、ここでまた37歳の抱負をうかがおうと、西寄さんが話題にされると、
きよしさんは身構えるようにして、
”えっ?”とおっしゃったのです(笑)。
西寄さんから、”今なんかごまかそうと?”とツッコミが入ると、そんなことないですよといわんばかりに、きよしさんはお話しされたのでした。
「本当にありがたいと思っています。
今日まで健康で生きてこられたことがありがたいですね。
どんなときも、何よりも命が大切ですから。
37歳の心境はというと...。
歌手・氷川きよしとしては15歳。
これからの目標は次の20周年に向けてがんばりたいです。
自分らしく輝いて、ふぁーっと唄っていきたいです」
さらに10月7日、8日に日本武道館で開催される、デビュー15周年記念コンサートの話題になると、衣裳も出来上がって構成も決まって準備万端であることをおっしゃり、
「本番まで心と身体を整えて、生き生きとしたステージをお見せしたいですね」とおっしゃってくださいました。
ここでこの記事の冒頭で書かせていただいた、美空ひばりさんについてのトークがありました。
ここで再々度という感じで、”37歳になったことについて”の話題になると、
「江戸時代に37歳といったら人生も後半ということになるんでしょうけど、現代社会で生きさせていただいているので、まだまだです。
37年。あっという間で、自分は何を残せたかなって思うのですが、ひとつだけ思うのは歌を通して皆さんとお会いできたということです」
きよしさんはきっぱりとそうおっしゃてくださいました。
嬉しい言葉でした。
そしてお誕生日ということで、両親、とりわけ、一人っ子でお母さんにべったりだったというきよしさん、
「早く両親と一緒に暮らしたいなと思っています」
そうおっしゃったあと、小学校1年生のときの出来事をお話ししてくださいました。
ここで詳しく書くことは控えますが、とても怖い思いをしているきよしさんを、お父様が不在中だったこともあり、ふだんは静かで優しいお母さまが大きな声を出して、それこそ身体を張ってきよしさんを守ろうとしてくださった出来事があったのだそうです。
「僕は怖くてコタツに入って震えていましたが、母が凛として僕を守ってくれました。
今でもそのときのことが脳裏に焼き付いています。
そのとき、母をいつかは僕が守ってあげたい、幸せにしてあげたいと思ったんです。
もちろん父のことも大切に思っています。
僕は両親を愛していますから」
きよしさんはそんなお母さまの忘れることのできない思い出を、あえてお話ししてくださってから、そんな思いをなかなか自分も口に出しては言えないけれど、歌だったら表現することができるのだということを、おっしゃって、
「かあさん日和」を唄ってくださいました。
皆さま、ここまでで時間切れになってしまいました。
この続きはまた今夜書かせていただきますが、先にセットリストをアップします。
このあと、”博多を舞台にした歌”ということで、黒紋付きに縞袴姿で登場されたきよしさん。
「無法松の一生」
「夢勝負」
「玄海船歌」
と唄ってくださり、
「大利根ながれ月」
「一剣」
と続いて、フィナーレは、
「白雲の城」
でした。
アンコールは、
「陽春」
「きよしのソーラン節」
「きよしのズンドコ節」
でした。
このあとの記事で、きよしさんが9月6日になってから、
この日お越しくださるファンの皆さんとお客様に手紙を書きたいという気持ちになられて、お書きくださった手紙のこと。
昼と夜の部の間に詠まれた歌のこと、出待ちのことなど、書かせていただきますね。
それではまたお逢いしましょう!