うつ〜生きる〜 | うつ病 闘病記

うつ病 闘病記

34歳でうつ病を発症し、壮絶なシングルマザー年月を経て、うつ病を繰り返しています。その中で、うつ病の体験を元にうつから解放される為に何かに気付いたり、生きる糧になればと願っております。



生きるのが辛い・・・・

とは、うつ病の場合の表現で説明します。






私の場合、過去のように落ち込みが酷い状態(入院中に患者さん同士で、鬱だから話せない、起き上がれない、と言う意味)では、底がない程落ち続ける(死に引っ張られる)時は、今はなくなりました。





・・・・が、生きることが、こんなに大変なものとは、思ってはいませんでした。






重症の患者さんは、お風呂や食事等、出来ず、歯も磨くことが出来ません。食欲も全くありません。





その次には、食欲が出て来て、少し思考が回るようになります。この頃、少しの意欲で、死にたい、と思うようになるんです。





もう少し動けるようになると、自殺を決行する人がいますので、注意が必要です。





私が一番怖いのが、孤独感と落ち続ける絶望感です。





後、自暴自棄で、自殺なさることもあります。




私は34歳〜50歳迄の、後半以外、ずっと自傷行為と自殺未遂を繰り返していました。





お風呂は、1週間以上入れないことが、毎日でした。




お風呂は、うつ病患者さんにとって、かなりの重労働なのです。エネルギーが0で、ずっと布団の中でとても辛いのです。




お風呂に入れない、汚い自分と言うことも、しっかり分かっています。



診察前には、100万ボルトの気合いを入れて、入っていました。




お風呂に入れない方、動けない方で、一人で生活している人は、入院をお勧めします。



希死念慮が強く出て、一日精一杯生きている人にも、入院をお勧めします。
(金銭に問題がある人は、生活保護と言う手段があります)


しかし、入院する病院にも寄ります。


殺風景で、まさに、病院!!と言う所は、私には苦手でした。


温かい雰囲気で、お互い解りあえてくれる病院がいいです。


部屋でご飯を食べてもヨシ。


皆で食べてもヨシ。


個室で洗面、トイレ付きの私の部屋でしたので、一人になりたい時は、一人でゆっくりし、暇になったら、憩いの場所で、お菓子をつまみながら雑談していました。


でも、外出許可が降りてない時は苦痛で、2週間で退院していました。




私は、独りでの時間がないと無理な性分ですが、矛盾していますが、友達や仲間がいないと寂しい感覚になります。



入院も、自分から退院したいと言えるので、一度入院してみる経験も、何か自分の視野を広げることになるでしょう。



私は、閉鎖病棟の重傷者が入る部屋に、押し込められたこともあります。




そこは、過去記事にも書いているように、自殺未遂して興奮状態になっている時に、抑えつけられ、k強制入院です!と、着の身着のまま、押し込められたことがあります。





部屋は、思っているより広く、片隅に畳スペースがあり、そこに布団が一枚敷かれており、ご飯を食べる為に段ボール箱一つ。トイレは蓋なしで、低い小さな仕切りがありました。




壁には、入院した人が書いた文字が書かれてありました。



24時間、監視カメラがついていました。



トイレの時も、カメラが回っています。


重症部屋は、最も自殺企図が強い人や、介護を要する人が入る部屋です。



私は、何も悪いことはしていないのに、どうして?どうして?いつもこんなめに合うのか、理不尽で溜まりませんでした。



全うに一生懸命、家庭や育児を頑張って来ました。




浮気をした旦那は、浮気した女性と遊び・・・・





息子には、会わせてくれない・・・・




人生で、これ程、世の中や人を恨んだことはありませんでした。




今は、私に余裕がなかったこと等に気づきましたが、今も、うつ病を再発しましたが、全て人間関係です。





今日も、緩く緩く生きて行く予定ですが、まだまだ、私は変われてないようなので、自分を一番に労り、可愛がって行こうと思います。





頑張らなければ、うつ病は治る!!




エネルギーを蓄える為に、寝て寝て逃げまくりましょう



生きる


生きることこそ、立派なことだと思っています。おねがい




長文失礼致しました。




息子、長男が撮った写真。朝陽です。


一日、今日も目が覚めてくれて、ありがとう…皆様へ