うつ病再発 思うこと | うつ病 闘病記

うつ病 闘病記

34歳でうつ病を発症し、壮絶なシングルマザー年月を経て、うつ病を繰り返しています。その中で、うつ病の体験を元にうつから解放される為に何かに気付いたり、生きる糧になればと願っております。

 

昨夜は、死の宣告を何度も受けた夢を見て、眠れませんでした。

 

初めて、うつ病と診断され、身体が動かなくなり、体重は151㎝で29㎏だったことも気づかないほどでした。

 

うつ病と診断されたと同時に入院しました。

 

その前に、仮面うつ病と診断されていましたが、少し不安になるくらいで元気一杯でしたので、激怒した想いを医師にぶつけ、薬はゴミ箱に即効捨てた私でした。

 

うつ病に対しての知識もなく、偏見もあったので、とにかく私に何が起こっているのか分からない状態でした。

 

それから13年間ずっとベッドに縛り付けられていただけではなく、(動けなかった)うつ病と言う恐ろしい悪魔がやってきて、私の頭を掴み、七区の底に、無理矢理押し付ける・・・・死に向かわせていく悪魔から必死で生きようとする、とっても小さな心が、死にたいけど生きたい!!と闘う日々、年月でした。

 

見た目は、普通だし、私は神経症をも患っていたので、人前では本当に一切手抜きせず、オシャレをしていたので、周りにいる人達にうつ病と言う病気を余計に解りづらく混乱させていたと思います。

 

やっと、抗うつ剤を辞め、医師からも寛解したと言われ、診察室では、笑い声が響くようにもなり、関東行きを医師に報告し、障害者年金もなくなり、15歳からの念願だった関東進出に踏み出すことにしました。

 

流れるように、就職先の面談、研修、息子達それぞれの自立、私の自立が確立していったのです。

 

 

しかし、今考えてみると、私のうつ病気質が残っていたのか、元気な分、今まで出来なかった反動で韓国語の勉強を独学しようとし、世界の人達とサイトでメールのやり取りをしながら、韓国人の友達を作り、実際に会ったりしていたのです。

 

その前からパソコンを一人で始めたのもそうですが、ついつい必死になりすぎて、自分に鞭を打ち続けることに気づいたのです。

 

一人で、ネット用語もパソコンも触ったことがない私でした。お金もありませんでした。東京の友人にメールでアドバイスされることを忠実に実行したまでです。

 

 

色々ありましたが、1度目のうつ病では、憎悪と恨みしかなく、自分は存在価値のない人間だとずっと思い続けていたのです。

 

 

本当に大変な年月を要し、無駄な時間を過ごしてしまった、と思っていましたが、今回再発して、色々な部分が視えてきました。

 

 

 

先ず、再発に関しては、うつ病気質、うつ病性格が残っていたことです。

 

 

簡単に言うと、私の元々持っている性格は、微粒子のように繊細で、心が揺れ動き感情が乱れる資質を持っています。その上、頑固。

我儘。計画的。計画を崩されると精神にも支障がきたします。

 

 

今、文章をパソコンで打っていましたが、母からの電話で手を止めました。母は心配性で過保護な人。しかし必死で教師生活を35年間続けながら、認知症の祖母、健康だった祖父と同居、世話をし、家事もしていました。

 

しかし、母からの電話は恐怖でしかない・・・・一度電話に出なければ、心配なのか、自分が落ち着かないのか、出るまで延々と電話し続けます。今日は2度目で、渋々出たのですが、こちらは話すエネルギ―も大変なのに、同じことをリピートして何度も聞いてくる。メールが使えない昭和一桁代の世代なのでしかたありません。ゆっくり、丁寧に話していると、突然返事がなくなったり、あぁ、誰か来た!とブチッと平気で電話を切る母に、つくづく母はうつ病にならない訳が分かりました。

 

 

そうなんです。

 

 

うつ病にかからない人は、うつ病患者よりずっと自由を選択し、自分を軸として生きている人達なのです!

うつ病患者より、ずっと我が道を行く我儘な人達なのです。

 

 

人間は、口や表面的に見ると、偉い誤解としての情報がうつ病患者さん達の脳にインプットされます。

 

 

仕事で全力で頑張っている人、1日も休まず頑張っている人で、鬱にならない人達は、必ず何処かで、気を緩めてだらしなく手抜きしていますよ。笑

 

それが悪いのではなく、それが良いのです。(*´▽`*)

 

 

先ずは、自分に焦点を充てること。

自分に軸を立てることが、とっても大切なんです。

 

親に束縛され、奴隷のように言うことを聞かざるを得ない私のように育てられたのも、誰の責任でもない。

偶然なのです。

 

 

そこから、課題を課せられていたのですね。

 

 

人間は、闇がないと成長意欲がなくなると思います。光があって闇がある。

 

誰でも、そうなんですね。

 

再発した頃、列車に飛び込もうとしたくらい、追い詰められていた私ですが、もっと今一瞬を楽に生きて良いのです。

 

SNS等で、発信している頑張って稼いだ、とか、豪華なお食事、豪華な旅行、等、見たくなければ見なきゃいいんです。どうしても気になるなら見ても良いですが、楽しい交流の場が、嫉妬の嵐に変わったり、自己嫌悪に陥るなんて、最悪ですよね?

 

私は、誰かと繋がっている安心感で十分です。

 

頑張るとは、頑固に意地を張るのと似ていませんか?

 

 

今は、常識が非常識だと思って、今一瞬を丁寧に、意識を自分に持っていき、心地良い時間を増やしていくことだけを考えているような時間の使い方をしています。

 

仕事して頑張っている人達を見て、自己嫌悪に陥らなくていいのです。

 

私達は、生活全般、人間関係含め、他人を想い続け、信じ続け、完璧に頑張った人達です。

 

 

もう少し、自由で、自分を労わりながら、ゆっくり歩を進めて生きましょう。

 

 

丁寧に、一瞬一瞬の時間を大事に、意識して、季節の音や香りを楽しみながら、心が喜ぶことをしましょう・・・・・(^^)v

 

 

うつ病から、色々な自分や他人が客観的に見れるようになって、良かったと思えるようになる時が、もうすぐきそうです。

 

焦らない、焦らない。慌てない、慌てない。

 

動き出す時は、向こうから、身体から、サインが出ます。

 

ゆっくり養生していきましょう