蝉時雨や
遠い雷の音に
耳をすませ
歩いていくと
かつて
知っていた名の
お店があった
店構えは忘れてしまったのに
何十年も
そこにあり続けてくれた
お店は
きっと
待っていてくれたのだろう
お昼時だというのに
一瞬
時が止まったかのように
誰もおらず
するりと入れてくれた
その後は
きっといつもどおりに
ひっきりなしに
人が集まってきて
行列ができた
その繁盛ぶりもまた
うれしいギフト
ありがとう
うー
マンボゥ
蝉時雨や
遠い雷の音に
耳をすませ
歩いていくと
かつて
知っていた名の
お店があった
店構えは忘れてしまったのに
何十年も
そこにあり続けてくれた
お店は
きっと
待っていてくれたのだろう
お昼時だというのに
一瞬
時が止まったかのように
誰もおらず
するりと入れてくれた
その後は
きっといつもどおりに
ひっきりなしに
人が集まってきて
行列ができた
その繁盛ぶりもまた
うれしいギフト
ありがとう
うー
マンボゥ
いいときもあれば
そうじゃないときもある
いいときのことは
ありがたく感謝できるけれど
そうじゃないときのことも
あたりまえに感謝できるなら
すべてが奇跡なのだと
氣付くことができるだろう
そして
そうじゃない方が
最高に続く
祝福だということにも
はなさかじいさんに出てくる
しろのような
白い犬が
家にいた
いまは
天に召されて
同じ色のお月さまに
住んでいるのかな
お月さまは
うさぎ限定かも
そうしたら
おおいぬ座かな
こいぬ座かな
しばらくして
近所に
白くて
耳だけが茶色の
ころころ犬がきた
散歩のお手伝い
おいしいところだけ
もしかしたらおいしくないところだけ
だってまだ
そして
おそらくはずっと
家族のようには
なつかないから
とにかく
新しい
友だちができた
わたしたちは
縄文時代に
憧れがある
縄文土器は力強く
人々は
狩猟採集をしていた
どんぐりを食べたり
ときおり倒す
獣のご馳走とか
春夏秋冬に
完全に
ひれ伏す暮らしは
日々が
原始的で
根源的な
欲求と
その充足の
繰り返しのように
思えるからなんだろう
そんな縄文時代には
いつも
食べたいだけ
食べたいものを
選んで
食べられる
わたしたちの暮らしにはない
いのちの躍動感があるはず
だから
大地に翻弄される
暮らしに
逆に惹かれるんだろう
ないものねだりは
世の常だけれど
縄文にも
きっと
たくさん
大変なことが
あったに
違いない
2月末から
毎日
毎日
降る日も
照る日も
ほーほぺちょ
ほーけきょ
ほーほぺちょ
ほーけきょ
夜明け前から
日中も
日暮れ前まで
かわいくて
明るくて
前向きな
ほぺちょと
涼やかな
ほけきょの
かけあいが
きこえてきて
春を告げ
夏も越え
氣付いたのが
一昨日
合唱に何か物足りないと
思ったら
ウグイスが
突然の
脱退宣言
ぱったり
きっかり
きっぱり
歌うのを
やめてしまった
家の近くだけじゃない
山じゅうで
ウグイスの
声が
きこえない
わたしは
誤解していた
ウグイスは
毎年春に練習をして
ほーほけきょ
けきょけきょけきょ
とフルコーラスできるように
なるんだってこと
そうすると
お嫁さんが来てくれるってこと
でもそうじゃなかった
ほぺちょくんは
ずっと
ほーほぺちょだけ
もちろん
ほーの部分は
べらぼうに
上手くなった
でもそのあと
明るいほぺちょが
いつも続くから
なんだか
微笑ましかった
ほぺちょくんは
毎日歌っていたから
家庭環境はわからないけれど
ほぺちょくんは
明るくて前向きで
素敵よって
ウグイス女子に紹介したいくらい
身内びいきで
毎日きいていた
いつしか
歌がきこえるのが
当たり前になっていたらしい
この脱退は
効いた
こころにぽっかり穴が開くほどに
セミたちの声は
いまもにぎやかで
他の鳥たちの声も
いつもどおり元氣いっぱいだし
夜には
秋の虫も鳴きはじめた
でも
なによりも
ウグイスが
歌うのを
やめたことで
夏の終わりを
実感したんだ