ここのところ

 

10天体順行にあやかって

 

前へ前へ進みたいと

 

思っていたけれど

 

勢いあまって

 

アクセルと

 

ブレーキを

 

同時に

 

踏んでしまったような

 

状態で

 

ぎくしゃく

 

ぎこちない動きをしただけで

 

結局

 

同じ場所に

 

いるような

 

氣がしていた

 

反省して

 

反省して

 

反省して

 

新しいものや

 

はじめての経験を

 

自分に取り入れること

 

いままでやっていたことも

 

続けると決めたことは

 

続けていくことを

 

またここから

 

やっていこう

 

 

 

最近の

 

わたしの

 

師匠は

 

おねこさん

 

自由氣ままに

 

神出鬼没

 

ときには

 

屋根から

 

落っこちて

 

足を痛めたり

 

するけれど

 

そんなときは

 

甘えた声で

 

にゃあにゃあにゃにゃあと

 

安全な家の

 

庭に隠れる

 

しばらくしたら

 

まほうのように

 

すっかりよくなり

 

また

 

きれいな肉球のついた

 

ふわふわのあしで

 

おでかけしたり

 

もどってみたり

 

何日もみかけなかったりする

 

その

 

巻き込み力に

 

脱帽し

 

その

 

自立っぷりに

 

完敗です

 

だから

 

わたしも

 

師匠を見習い

 

自由の道を

 

邁進します

 

その

 

しなやかな

 

図々しさと

 

誰にも

 

媚びない

 

生き方に

 

乾杯

 

 

大きくなったら

 

獣医さんに

 

なろうと思った

 

ドリトル先生のように

 

どうぶつと

 

お話をして

 

診られたら

 

どんなに

 

いいだろう

 

でも

 

その獣医さんになるためには

 

動物の解剖も

 

こなさなくては

 

いけない

 

獣医さんはひとりで

 

どうぶつの

 

全部の診療科を

 

うけもつわけだから

 

当然手術だって

 

こなさなくてはいけない

 

ということで

 

結局は

 

ならなかったし

 

なれなかったけれど

 

どうぶつは

 

わたしたちと

 

切っても切り離せない

 

存在だから

 

ドリトル先生みたいな

 

人が

 

どこかに

 

いてくれたら

 

こころ強いな

 

 

 

 

 

 

 

 

軽やかなことと

 

軽くて薄っぺらいことは

 

もちろん

 

ちがうし

 

真剣なことと

 

深刻で重たいことも

 

もちろん

 

ちがう

 

ちがいをことばにすれば

 

いとも簡単に

 

区別がつくのに

 

自分のこととなると

 

いともたやすく

 

かんちがいがおこる

 

客観的にみているつもりで

 

俯瞰しているつもりで

 

ものすごく

 

自分勝手な

 

バイアスが

 

かかっていたりする

 

バランスを崩すたびに

 

軌道修正を

 

はかるけれど

 

まだまだ

 

自覚が足りていない

 

自分を卑下せず

 

誇りを持ちつつも

 

傲慢にならず

 

謙虚さを忘れないで

 

隠れている

 

弱さも全部

 

受け入れる

 

 

 

 

 

 

 

 

じかんわりがあった

 

学校のころ

 

毎日

 

いろんな

 

授業を受けていたのは

 

すごいことだったと

 

あらためて氣付く

 

5時間や6時間授業のように

 

現在の

 

自分の一日を

 

細かく

 

区切って

 

やることを

 

決めて

 

きちんと

 

実行できたら

 

いろんなことが

 

さくさく

 

進んで

 

自分のご機嫌もとれることだろう