Ψ(さい)のつづり -11ページ目
いつか
のんびり
安穏と
生きられる日がくると
誰かが
言ったのだろうか
いいえ
誰も言っていない
わたしが
勝手に
そんな幻想を抱いていただけ
そんなときは
永遠に来ないし
そんなときが
本当に来たら
きっと
一日で
飽きてしまう
天から与えられた
使命を
果たしつつ
新しいことにも
アンテナを張る
そうやって
生き生きと
日々を過ごすことが
歓びであり
幸せなのだから
ぬるま湯につかって
ふにゃふにゃに
ふやけるだけでは
芯まで温まらない
それなら
熱いお湯と
冷や水を
交互に浴びて
しゃきっと
目を醒まそう

公園で
ブランコをしていて
他の子がきたから
やめると
どうして
不機嫌になるの?
遠巻きに
他の子が待っている中
乗り続けていても
落ち着かないし
楽しくないんだもん
だから
あけてあげたくなるの
ただそれだけ
それなのに
気が弱いとか
他の子に負けるとか
そういうことに
どうしてなるのかな
だれかが待っているのに
独り占めなんて
いやだよ
あの子たちが
帰ったら
また
乗るかもしれないけれど
だからって
負けたことには
ならないでしょう
それにそれが
本当に
弱いとか負けなら
それでも
別に
かまわない

自分を
大きくみせようとしたり
取り繕うことは
ありてあるものの前では
無駄なことで
むしろ
自分を振り返って
反省したり
謝ったりすることが
潔い態度
小さなプライドで
自分の
殻を塗り固めると
殻の中に閉じこもることは
簡単になる
でも
殻を破って成長する
機会を失って
自分を
小さいままにすることになるし
なにより
息が苦しい
殻に閉じこもっていると
安心かもしれないけれど
殻のままどこかに
ころころ
ころころ
転がっても
どこを転がっているのかが
わからない
殻を破っても
また殻をいつの間にか
作ってしまうけれど
それはまた
そのあとで
破ればいい

ふるさとに
かえる
わくわく
帰ってくる
家族を
迎える
わくわく
世界が
わくわく
しっぱなしの
日々に
休むことは
自分をも
ハッピーに
すること
いろんな
お仕事が
やりすぎ
詰め込みすぎだったことに
気付いた
世界は
少し
優しくなった
それぞれが
駆け抜けながら
いきなり
大晦日に
なるのではなく
少しずつ
大晦日に向かって
整えていく
その
時間が
かけがえのない
ギフト
その時間が
来たる年の
波動を
高めていく
栄養になる

あなたはあなた
わたしはわたし
わたしのこころはどこにある
わたしのあたまはどこにある
どうして自分のこころなのに
かたつむりではなくて
自分のあたまなのに
うまく
使えていない感じなんだろう
ふわふわ
そわそわと
こころがとびまわり
あれや
これや
そうだあれもこれも
あたまが
寝ている間にも
こちこちこちこち
時計が時を刻む音のように
あたまのなかも
こちこちこちこち
落ち着きがない
寝起きから
あたまがちがち
そのくせ
さりげなく
体裁を
整えようとしてしまう
そういう
外だけなんとなく
ちゃんとするのは
もうおしまい


