月島からちょっと歩いて佃島へ。

すぐ後には豊洲など高層マンション群。
隅田川からの掘割を眺めて「今年のハゼはどうかな」という話しで、地元のおじさんたちと盛り上がる。
昭和5年生まれだというおじいちゃんは、生粋の江戸っ子。
「ひ」が「し」になってしまう。
Tシャツの袖から立派な刺青がのぞくもう1人のおじさんは60代半ばだろうか。こちらも
「うちは寛永時代から佃島」というバリバリの江戸っ子。
おじさん達の話しでは、今年は3年に一度の住吉神社のお祭りがあるという。
祭りの幟(ノボリ)を立てる柱はこの掘割に沈め保管しているという。
水の中につけることで、木が腐らないそうだ。
8月1日~4日の祭り期間は無礼講なので、弁当もお酒も振舞われるし神輿だって、今のご時世には作れないくらいすばらしい彫り物・飾りなので、ぜひ見に来い、と。
話は色んな方向に盛り上がり、刺青を入れたおじさん曰く
「このへんは漁師が多かったから、海で死んだときに水で膨らんで顔が分からなくなっても大丈夫なように、刺青をいれてる人がほとんどだった」と。
「そこの銭湯で風呂に入って、橋で夕涼みしてると、刺青のおじさんがいっぱい並ぶことがあったけど、べつにヤクザってわけじゃない」とも。
「小さい頃は、銭湯に行くと立派な刺青の展覧会状態。大人は男も女も刺青を入れている人が多かったから、刺青は大きくなったら自然に皮膚に浮き出てくるもんだと思いこんでいた」とちびっ子ならではカワイイ勘違いをしていたことも話してくれた。
さすが、佃界隈には、日本で3本の指に入る有名な彫り師がいたとのこと。
初めて聞いた刺青の謎だった。
刺青は、漁師の迷子札というか名札というか身分証明だったとは。
やはり、地元の長老の話はおもしろい。

船のエンジンルームに青サギ。

隅田川の水上バス。お台場へ向かって走ってゆく。

徳川家康によって大阪(もとの摂津)から移り住んだ漁師が郷から勧進した住吉神社。
大阪の神様もすっかり江戸っ子だ。

住吉神社のとなりに立派なレンガの蔵。何が入ってるんだろう??

やっぱり下町といえば、コレ。駄菓子屋です。

こんな路地に神社が。
高層ビルとマンションに囲まれた佃島。自らを江戸っ子と名乗るおじさんたちに、長生きして欲しいなぁ。