サザエさん―シルバ(18)

 

カツオ君それはないでしょう!

 

朝日文庫版23巻〔154頁〕・昭和36年

『カツオ君が、勉強机の前に座って勉強しています。教科書を開いて読んでいましたが、判らないことがありました。そこで、お父さんに聞いてみようと、隣の部屋にいるお父さんを「おとうさーん!」と大声で呼んでいます』

『カツオ君は、理解できないことが書いてある教科書のページを開いて、両手に持って、「にんげんはサルのしんかしたものだというけどさ」と言いながら隣の部屋のお父さんの方にやってきました』

『カツオ君は、隣の部屋に通じる襖を開けました。すると、その部屋にはオバアサンとお父さんが、ちゃぶ台を囲んで話をしていました。カツオ君を振り返ったオバアチャンを見たカツオ君は、怪訝な顔をして、「ぼくはなんだか」と言い始めました。

『カツオ君は、続けて、「しんじられるよ」と言うと、襖をぴしゃりと閉めて戻って行きました。お父さんとオバアサンは、ちゃぶ台を挟んでお茶を飲んでいました。オバアチャンは、残り少なくなった髪の毛を頭の上で束ね、皺の沢山入った顔は、まるで、お猿さんのようでした』

 

カツオ君、それはないよ。

オバアチャンの顔が、お猿さんのようだったからといっても、人間はサルが進化したものだと信じるなんて。

たまたま、カツオ君が、ちらと見たオバアチャンの顔が、サルに似て可愛かっただけだろう。サルのように見えたオバアチャンの若かりし頃は、皺もなく、目もぱっちりの小顔の美人だったと思うよ。

しかし、カツオ君が信じた通り、恐らく人間は、サルが進化したものでしょう!

サザエさん―シルバ(17)

 

テレビで見る西部劇の虜になってしまつたオバアチャンの姿を見せてもらいました。打たれて倒れるまでを演技する見事なオバアチャンでした、一見の価値ありです。

 

朝日文庫版23巻〔101頁〕・昭和36年

『カツオ君が、テレビの前に寝そべって、テレビを見ています。テレビでは、カウボイハットを被ったイケメンのカウボーイが、髭面の悪漢にピストルを撃ち、倒しています』

『テレビの西部劇を楽しんだカツオ君は、ぶらりと遊びに出かけました。近所の家で、テレビが置いてある縁側で、老眼鏡をかけ、頭の上で白髪を束ねたオバアチャンが、着物でも縫っているのでしょうか、懸命にお裁縫をしています。そこへオモチャのピストルを持ったカツオ君が現れ、オバアチャンを目がけて、ピストルを突き出し、「ダダーン」と打つ真似をしました』

『すると、オバアサンは、お裁縫を投げ出して、両手のこぶしを握り締めて、よろよろと立ちあがると、上体を反らして、まるで、ピストルの弾が当たったような演技をしています

『オバアサンは、縁側の日よけのカーテンをわしづかみに掴んで、引きづり、ついには、廊下にひっくり返ってしまいました。その見事な演技を見ていたカツオ君は、ビックリ驚いて、「テレビのえいきょうはおそろしい」と言いながら帰りました』

 

昔、少年の頃、まだテレビもなく、外に集まってチャンバラごっこをして遊んでいました。木の枝や竹で作った刀を持ち、敵・味方に分かれ。切り合いの真似をしていました。エイッと切りかかり、切られると、木や竹の刀を投げ出し、倒れる演技をしていたものです。結構楽しいチャンバラごっこでした。

その後、テレビが現れ、映画“西部劇”は、何時でも見られる楽しい番組で、熱中していた人も多くいたようです。

その中には、勿論お年寄りもいたでしょう、おばあちゃんもいたと思います。

熱中すると、「お気に入りのイケメンが、ダーンとピストルを撃ち、その弾でニックキ悪者が倒れる」と、拍手喝采をしていたでしょう。

ピストルの弾を胸に受けた悪者が、胸を抑え、倒れていく姿も又、見る人を惹きつけたでしょう。そんな、感動的演技を見ていると、つい引き込まれ、私もあれくらい、いやあれ以上の演技ができると思うのでしょうか?やってしまう演技派がいるのです。幼い子供は、直ぐに真似ます。

カツオ君が、オモチャのピストルで打ったオバアチャンも、正にその演技派のお年寄りだった思います。

ここに描かれている、打たれた瞬間の演技、そしてカーテンを引きずりながら倒れていく演技からは、テレビで見る西部劇の虜になってしまったおばあちゃんがいたようです。

テレビで見る西部劇の虜になってしまつたオバアチャンの姿を見せてもらいました。打たれて倒れるまで見事な演技でした、一見の価値ありです。

しかし、カツオ君が、ピストルで撃つ真似をして、オバアチャンの隠れた演技力を引き出してくれたようです。

サザエさん―シルバ(16)

 

これは、いけません!可哀そうです。オバアサンが靴下扱いされた。

 

朝日文庫版21巻〔91頁〕・昭和33年

『頭の上で、白髪を束ねたオバアサンが、小さなコタツに入って本を読んでいます。その時、隣の部屋に、サザエさんが遊びに来ていました。隣の部屋で、サザエさんとこの家のおよめさんがお喋りしているのが、オバアサンの耳に聞こえてきました。オバアサンは、耳をそばだてて聞いています。その声は、サザエさんが、「もちがいいですね」と言うと、およめさんが「ええ戦後じょうぶになりましたわ!」と答えています』

『続けて、「すこしはしんちんたいしゃしてくれなきゃ」と言い、「そう、あきがきちゃうわね」と言うのが聞こえてきました。そして、二人は「ホホホホホホ」と笑っています』

『オバアサンは、泣き出しました。老眼鏡と本をコタツの上に置き、手拭いを手にして、溢れ出る涙をぬぐっています』

『オバアサンが、泣き出したのに気付き、およめさんとサザエさんが、オバアサンの傍にやってきて、両方からおばあちゃんの手を取り、サザエさんが「おばあちゃんくつしたのはなしですよ」と言い、およめさんが「これだもの、ほんとにおばあちゃんこまっちゃうわ」と、泣いているオバアサンを懸命に慰めています。開いた襖の奥には、色々の靴下が並んでいます』

 

戦後の靴下については、以前にも思い出したことがありました。

少年のころ、木綿や羊毛の靴下を履いていました。直ぐに、穴があいて、穴が開いたまま、あるいは、縫い合わせてもらい履いていました。とにかく、靴下が長持ちしません。父親が、海外出張した人から、ナイロンの靴下をお土産に貰って来ました。履いてみて驚きました、何時までも穴が開くこともなく、何回も洗濯して履けるのです。長持ちするのです。

サザエさんもおよめさんも、合成繊維の長持ちする靴下に驚いていたのでしょう。こんなに丈夫だと、同じ靴下が何時迄も履ける。この靴下は破ける履けなくなる前に、そろそろ嫌になったわ、新しく別の靴下を買おうかしらというようなことをお喋りしていたのでしょう。

耳も少し遠くなったおばちゃんには、ホホホホという笑い声と一緒に「もちがいいですね」「ええ戦後じょうぶになりましたわ!」「すこしはしんちんたいしゃしてくれなきゃ」「そう、あきがきちゃうわね」とおばあちゃんを傷つける皮肉のお喋りけが聞こえ、おばあちゃんを、大変傷つけたようです。

褒め言葉も、オバアサンを傷つける悪口になってしまうのです。楽しいお喋りも、聞く人によっては、とくに、お年寄りにとって、心を傷つけるお喋りになってしまいます。回りには十分の気配りが必要です。

サザエさん―シルバ(15)

 

バラの花は、洋服を着たおばあちゃんに、よく似合います。

 

朝日文庫版20巻〔31頁〕・昭和33年

『昔の盗賊のように、頭の上で、髪をまとめて束ねた、もうかなりの皺で飾られた顔をした小さく縮んだような可愛いおばあちゃんが着物を着て、前掛けをして、家の前の道を、竹箒で掃いていました。そこへ、ワカメちゃんがバラの花を持って近づいてきて、「おはなをさしあげましょう」と言って、お婆さんに差し出しました。お婆さんは、「まあ!きれいなバラありがとう」と大変喜び、着物の帯の間に挿して貰いました』

おばあちゃんは、部屋に戻り、鏡台の前に座り込み、鏡に映った、バラの花で飾った自分の姿を見ています。そして、「せっかくのことに、きものじゃにあわないね」とヒトリゴトを言っています』

『おばあちゃんは、鏡台の前で、着物を脱ぎ、下着や腰巻まで脱いでいます』

『顎鬚を生やし、ハゲ頭の天辺に3本の髪の毛が立っており、後頭部には少しの白髪が残っている、おじいさんが、ちゃぶ台の前に座り、新聞を読んでいます。そこへ、スカートを履いた、洋装のおばあちゃんが、エプロンの胸元をバラの花で飾って、ご飯とオカズを載せたお盆を持って現れました。意外なおばあちゃんの姿を、目を細めてジーッと見たおじいさんは、「洋装もしんせんでよろしい」と褒めています。おばあちゃんは、すました顔をしてお盆を運んでいました』

 

お洒落なおばあちゃんです。ワカメちゃんに貰ったバラの花で、自分が変われると思ったおばあちゃんでした。たぶん毎日着物にエプロン掛けで、仕事に追われていたのかもしれません。

ワカメちゃんに貰ったバラの花でも、可愛く美しく見えたのでしょう。

帯の間に挿し込み、鏡に映して見たら、アラ可愛いわと感じたのでしょう。

でも、ヨソ行きの洋服にしたら、「もっと可愛く美しくなるんだわ、きっと!」。

女性は、幾つになってもそんなことを思うのでしょう!

そう思い、やってみて確かめるのも女性なのかもしれません。

 

おばあちゃんは、洋服に着替え、バラの花を飾って鏡を見ました。

「あら、バラの花も綺麗だけど、洋服を着てバラで飾った私も意外と綺麗だわ、私がそう思うのだから、家の爺さんも、きっとそう思うわ、見せてやらなくちゃ!」

着飾ったおばあちゃんは、新聞を読んでいるおじいさんに、済まして、夕飯を運びました。

おじいさんは、すぐ気付いたようです。家の中で、着物姿から、バラで飾った洋服姿に変わり、仕事をしているおばあちゃんが、本当に「新鮮に見えた」のでしょう。

思わず「洋装もしんせんでよろしい」と言ってしまったようです。

良かったですね。おばあちゃん、おじいさんも、可愛い綺麗と認めてくれたようですね。

気まり悪そうに、しかし、威厳を持って「洋装もしんせんでよろしい」と言ったんですね。

サザエさん―シルバ(14)

 

切手収集ブームは、又来るでしょうか?

 

朝日文庫版19巻〔119頁〕・昭和32年

『黒い襟巻をして丹前を着た、ツルツル頭のオジイサンが、切手が貼ってある、アルバムのような分厚い切手帳を丁寧に開きながら、ニコニコして嬉しそうに見ています。後ろにいた、小さく束ねた髪にウメボシを食べているような顔のオバアサンが、興味なさそうに、「おじいさんのキッテあつめも」と嫌みを言い始めました』

『オジイサンは、コメカミに一枚の切手を張って鏡台の前に座り、映った自分の顔を見てにやりと笑っています。オバアサンは、続けて「やまいこうもうですね」と嫌みを言っています』

『オジイサンは、コメカミに1枚の切手を貼ってニコニコしながら、杖をついて外へ出て行きました』

『立ち止まっているオジイサンの周りに、カツオ君や着物を着たオジサンや袢纏を着たお店のお兄さんが、集まり、オジイサンのコメカミに貼ってある切手を珍しそうに見ています。オジサンが、「へえー今日のもめずらしいキッテですなー」と感心しています。オジイサンは、皆に見てもらおうと、「ハハハハハ」と嬉しそうに笑っています』

 

切手蒐集マニアのお爺さんです。珍しい切手を沢山お持ちのようです。しかし、沢山集めた切手も、仕舞っているだけでは、評価されず、宝の持ち腐れかもしれません。珍しい切手なら、人に見てもらえば、価値が判ってもらえるでしょう。“私は珍しい切手を沢山持っているから私の家にいらっしゃい”と言っても、その宣伝や、見に来た人に切手を披露する場所も提供できません。

そこで、オジイサンは、人に見て貰う方法を考え付きました。

多分、オバアサンがこめかみにウメボシの皮を貼り付けているのがヒントになりました。

「婆さんや、こめかみについているのはなんじゃい、どれどれ近くに来て見せてくれ」

「ハイハイおじいちゃん、とくと見てください」

と傍に来てくれたので、オジイサンはこめかみに貼り付いているものを、顔を近づけ、しみじみと見ました。

「なんだ、これ梅干しの皮じゃないか」

その時、オジイサンは、ハタと気付きました。

切手帳に仕舞いこんでいる、珍しい記念切手を私のこめかみに貼り付け、町を歩き回れば、好奇心の強い人は見てくれるはずだ。

そうだ、サクラが必要だ。あの坊やが良い。サザエさんの弟と言っていたな!カツオだ!カツオ君に頼もう!

「カツオ君、珍しい切手をあげるから一仕事しないか?どうだ」

オジイサンは、カツオ君にやって貰う仕事を説明しました。

「私が、記念切手を、梅干しのようにこめかみに貼って歩くから、私に近づいて、“オジイサン、オジイサン、コメカミに何かくっついているよ”と珍しそうに近づいてくれ、私が“これは記念切手だぞ、ある年に行われた催し物を記念するために発行された珍しい切手だ”と説明するから、顔を近づけよく見て驚いたように騒ぎ立ててくれ。そうしてくれれば、みなさんが近づいて一緒に見てくれる筈だ。そうすれば、私が持っている切手が高い値段で売れるかもしれない。高く売れたらはずむぞ!」

てなことはありません。しかし、糊の付いている切手は、コメカミにも貼り付く筈です。

確かに「コメカミに貼った切手に気が付いて、何が貼り付いているのだろう、と興味を持つ人はあるかもしれません。

そうすれば、オジイサンはしめたもの、切手マニアとして、自慢したいものですから、切手の由来を判り易く説明し、楽しむのかもしれません。

 

昔、同僚に切手収集に誘われ、職場で記念切手の発行の度に、買っていました。当時の蒐集した切手がタンスに保管されていますが、処分しようにも高く売れそうにもなく、売るとしても、高くて売れて、額面の3割引きで買ってくれるということです。切手として使うとしても、今更、切手を使いきるほどの頼りもしません。貼るにしても、今の切手代では何枚貼ればいいのでしょう。面倒くさい記念切手の使用となります。

 

切手収集されていた人たちも、同じようなことを思っていることでしょう。

昔のような収集ブームでなくても、また、ブームが来るから持っていなさい話もありますが、面倒くさいですね!

サザエさん―シルバ(13)

 

ケーキの上に林立する100本のローソクに火をつけるのも大変、一気に消すのも大変。

 

朝日文庫版19巻〔8頁〕・昭和32年

『雑貨店さんの店先です。顎の下に10cmほどの髭を生やし、頭髪は後頭部に少しあるだけの、スーツで正装したオジイサンが、大きな化粧紙に包んだ箱を手に持って、買い物をしています。袢纏を着た細面のお店のお主人が、オジイサンから注文を聞いています。オジイサンは、「ろうそく百本」と言うと、ご主人は、「ヘイヘイ」と答えています』

『お店のご主人は、化粧紙に包んだろうそくを、「あいにく76本しか店にございません そのうちにまたはいりますから」と言いながら持ってきました。それを見たオジイサンは「百本そろわぬとこまる」と不満そうです』

『オジイサンの傍らに、着物に羽織をはおった、腰も深く曲がった小さな可愛いお婆さんが、杖をついて立っていました。オジイサンは、「母のバースデーケーキにたてるのです」と言いました。お店のご主人は唖然としています』

『オジイサンは、ろうそくも買わず、小さな可愛いお婆さんの手を引いて、立ち去りました。お店のご主人は、2人の後ろ姿を見ながら、「へーえ百歳ね!!おめでたいねぁ」と感慨深そうな顔をして見送っています』

 

親孝行なオジイサンでした。

お店のお主人は、オジイサンが「ローソクがほしい」と言い、手に持っている大きな箱にケーキが入っているらしいことから、バースデーケーキに立てるローソクと見破ったようです。

このオジイサン何歳でしょう?

オジイサンは「100本のローソクを下さい」と言っている。

お店に残っているローソクは80本くらいしかない。ご主人は、あのオジイサンなら76歳くらいだ、76本のローソクで足りるだろうと思い、「あいにく76本しか店にございません」と言ったら、「76本では駄目だ、100本だ」と言っている。エエツ!100歳、いくらなんでも、このオジイサン100歳には見えない。スーツを着て、シャキッと立っています。もっと若い筈だ!

と思っていたら、オジイサンの体に隠れてしまうくらいの小さな可愛いお婆さんが、オジイサンの後ろから杖をついて現れた。

オジイサンは、更に年老いた、100歳のお婆さんのバースデーケーキに立てるローソクを買いに来ていたのです。小さな可愛いお婆さんは100歳だそうです。79歳くらいのオジイサンのお母さんでしょう、100歳になっても、まだ、息子さんと一緒に杖をついて歩いているようです。大変元気なお婆さんでした。

100歳のお誕生日お目出とうご座います。まだまだ、元気に頑張れそうですね。息子のオジイサンも、お婆さんを大事にして下さい。

100歳の年老いたお年寄りのバースデーケーキに、歳の分だけローソクに立てたらどうなるのでしょう、想像すると面白いですね。ケーキの上に林立する100本のローソクに火をつけるのも大変、一気に消すのも大変、あの小さな可愛いお婆さんでは、到底無理でしょう。

雑貨屋のご主人、「10歳分の普通のローソクを太いローソク1本をとして10本の太いローソクがあります」と教えてあげてください。

 

サザエさん―シルバ(12)

孫たちに冷やかされても、やりたいことはやりましょう。

朝日文庫版19巻〔7頁〕・昭和32年

『年寄りの日です。年老いて縮んでしまったような可愛いおばあちゃんが、オルガンを弾いて、大きな声で歌っています』

『そこへ、姉弟の小学生がやってきて、おばあちゃんに向かって「としよりのひ○○○」と冷やかしています。おばあちゃんは、オルガンを弾くのも、歌うのもやめ、2人を振り返り、「また!!」と叱っています』

『丁度その時、タラちゃんを背負ったサザエさんが、その家の窓の外を通りかかりました。おばあちゃんは、怒って2人の孫を追いかけていました。その様子を見たサザエさんは、「アラおばあさん としよりのがどうしていけませんの?」と笑いながら聞いています』

『2人を部屋から追い出したおばあちゃんは、又、オルガンの前に腰かけ、オルガンを弾いて、歌をうたい始めました。まだ窓の外には、サザエさんが背負ったタラちゃんをアヤしながら、おばあちゃんを見ていました。気がついたおばあちゃんは、サザエさんを振り返り、「いーえあなた としよりのひやみずといって まごがひやかしますので」と言いました』

 

お元気なおばあちゃんです。オルガンを弾き、合わせて歌を歌っています。それを見た姉弟の孫たちが「としよりの冷や水」と言って冷やかしていたのですね。

窓の外には、サザエさんが、おばあちゃんに、「今日は年寄りの日ですね」とご機嫌伺いにやって来たのでした。丁度、その時、お元気なおばあちゃんの孫たちが、おばあちゃんが、オルガンを弾いて、歌を歌っているのが「としよりのひ○○○」だと冷やかしていたのでしょう。

その時、サザエさんがハッキリ聴きとったのは「としよりのひ」までで「○○○」は聞こえなかったのでした。

サザエさんは、孫たちが「としよりのひ」だから、「頑張って」と応援しているものとばかりと思ったのです、

それなのに、おばあちゃんは、カンカンに怒って孫たちを部屋から追い出してしまった。「おかしいな、どうしておばあさんは怒っているのかな」と思い、おばあちゃんに聞いたら、孫たちは、おばあちゃんを応援していたのではなく、「としよりのひやみず」と言って冷やかしたのだそうです。

そう冷やかされては、おばあちゃんも怒るでしょう。

サザエさん―シルバ(11)

 

もう年ですから過度の準備体操は止めましょう。疲れて泳げなくなりますよ!

 

朝日文庫版18巻〔137頁〕・昭和32年

『サザエさんは、マスオさんと妹のワカメちゃんと一緒に海水浴に来ました。3人とも海水着に着替えて海辺を歩いていました。すると、砂浜でツルツル頭の顔中髭を伸ばしたお爺さんが、海水パンツ一つになり、いよいよ、泳ぐのか、足を屈伸させてり、腕を伸ばしたり、折り曲げたりして、準備体操をしています。傍には、チョビ髭の息子らしいオジサンが、じっと見守っています。サザエさんたちも、お爺さんの元気な体操をニコニコ顔で見ています』

『お爺さんの体操は、いよいよ本格的になり、上体を左に横に曲げては戻し、右に横に曲げてはまた戻し、大変念入りに体操を続けています。チョビヒゲの息子さんは爺さんをじっと見守っています』

『お爺さんは、上体を前に曲げ、そして起こし、続けて後ろに反らしています。この体操も念入りにやっています。念が入りすぎて疲れたのか、体を思いっ切り反らした時、右足が地面から離れ、空を見上げて、ついに、長い顎鬚を上にひっくり返って倒れてしまいました』

『ひっくり返ったお爺さんは、見守っていたちょび髭のオジサンに背負われ、「としにはかてんて、じゅんび運動ですっかりくたびれてしまった」と負け惜しみを言いながら何処かへ連れていかれました』

 

顎鬚も長い、年老いたツルツル頭のお爺さんは、息子さんに連れられて、久しぶりに海水浴に行きました。久しぶりの海水浴だ!と張り切っていたのか、あるいは、俺はもう年だ念入りに準備体操をしないと溺れるかもしれないぞと思ったのか、懸命に準備体操をしています。その準備体操も、余りにも念が入って、過度な体操を何時までも長時間やっているものだから、それだけで疲れてしまい、倒れてしまったようです。かなり年老いたお爺さんは、海水浴場まで来て、海水パンツひとつになり、準備体操をしただけで、泳ぐこともなく、海水に浸かることも、泳ぐこともなく、連れのオジサンに背負われて帰ってしまったようです。もう、年ですから過度の準備体操は、止めた方がいいですね。疲れて泳げなくなります。

 

サザエさん―シルバ(10)

 

ソロバンは、正確に弾きましょう。昔の先生に心配させてはいけません。

 

朝日文庫版18巻〔18頁〕・昭和32年

『サザエさんが、八百屋で買い物です。買い物籠から溢れんばかりの沢山の野菜を買いました。サザエさんは、買い物籠を台の上に置いて、幾らになるか計算して貰っています。ネジリ鉢巻きをした八百屋のお主人が、「え~にんじん13円、ほうれん草15円、リンゴ125円、たまねぎ15円、たまご95円」と読み上げながら、ソロバンをパチパチと音を立てて弾いています』

『主人は、サザエさんに「しめて273円になりネ!!」と言いました。丁度その時、八百屋の前を通りかかった、洗面器を持ち、タオルをぶら下げた、風呂帰りのお爺さんが、「まちがい!263円なり!!」とサザエさん達に聞こえるように声を出して言いました』

『お爺さんは、それ誰言うと、済まして、店の前を通り過ぎて行きました。サザエさんは、キョトンとし、店のご主人は、気まりわるそうに頭をかいています』

『お爺さんは、サザエさんとご主人に聞こえるように「小学校のわしのおしえごじゃがいまだにさんすうがじょたっしとらん」と言っていました』

 

ちょっと計算してみました。にんじん13円、ほうれん草15円、リンゴ125円、たまねぎ15円、たまご95円ですから、しめると263円でした。

八百屋のご主人は、ソロバンを使って273円しめています。

確かに小学校時代の先生だったお爺さんが言う通り、八百屋のご主人のソロバンを使った計算は、間違っていました。10円も高く請求しています。

やはり、先生は、年老いても、正確に計算ができました。ソロバンを使わずに、耳から入ってくる野菜の値段を聞き取り、暗算したようです。

年老いても昔先生だったお年寄りの頭は、シッカリしていました。

それにしても、八百屋のご主人は、小学生のころ、どこに問題があり算術が悪かったのでしょう。ソロバンが正確に弾けなかつた。八百屋のご主人になってもソロバンが使えないのでしょうか?練習して正確に弾かないと店の信用にかかわります。

サザエさん―シルバ(9)

 

お婆さん、床の間の前の温かい電気座布団に座りましょう。

 

朝日文庫版18巻〔16頁〕・昭和32年

『白髪を頭の上で束ねた、年老いたお婆さんが、サザエさん家にやって来ました。床の間のあるお座敷に、「春とはいえおさむいこと」と言いながら入ってきました。サザエさんが「どーぞこちらへ」と言いながら、床の間を背にした座卓の前の座布団に座るように勧めています』

『お婆さんは、サザエさんが勧める座布団を押し返しながら、「とんでもないそんなおたかいとこに」と遠慮しています。2人は、座布団の押し合いをやっています』

『サザエさんが、「あのデンキざぶとんですから」と言うので、お婆さんが座布団を持って立ち上がると、座布団に、電気コードが繋がっていました。お婆さんは、直ぐに気がつきました』

『お婆さんは、サザエさんに勧められた位置に座布団を置いて座りました。その場所が、座布団に付いている電気コードが、部屋の壁のコンセントに届く位置でした。お婆さんは「デンキさぶとんじゃ小笠原流もつうじなくなった」とションボリと電気座布団の上に座っています』

 

お婆さんの言う小笠原流とは何でしょう。由緒ある武家から受け継がれた礼儀作法のようです。小笠原流礼法の基本は、「真」(正しく)「行」(素直に、)「草」(和を持って)にあります。 「真」の正しい作法はもちろんですが、「行」は相手や状況にあった行動を「草」は時にはカジュアルな装いや行動も、大切だとしています。どんな場面でも、常に相手に思いやりの心を持って、失礼のないように振る舞うことを心がければ、立ち居振る舞いは、自然と美しくなるものです。(検索引用)お婆さんは、サザエさんの家を訪問し、礼儀正しい振る舞いをして見せたかったようです。家の主人でもない客である老人が、「床の間の前に位置し座るのは、大変失礼なことである。この場所には座ってはいけない」と、自分に言い聞かせ、同時に、サザエさんにも、そんなことをする失礼な老人ではないことを示したかったのでしょう。

しかし、時代は変わっていました。『おもてなし』は、座布団を電気座布団に変えていました。寒い冬でも、お座りくださいと勧められる座布団が、ホンワカと冷えた足を包むように暖かいのです。

電気座布団ですから、温めるには電気が必要です。そこで、座布団に電気を取り込む電気コードが付いています。その電気コードは、壁のコンセントに繋いで電気を座布団に取り込み、座布団を温めています。

そんな仕組みで温めて上げようとする「おもてなし」を拒むわけには行きません。お婆さんは、サザエさんのお年寄り対する「おもてなし」を素直に受け取り、本来は小笠原流の作法に沿わないことである「客人が床の間の直前に座る」という作法に反することをやってしまったのです。電気コードが届く位置が床の間の前ですから仕方ないのです。

お婆さんにとっては、其処が座る位置です。そこに座ることになった、お婆さんの顔には、小笠原流家元には大変申し訳ないといった表情が出ています。