サザエさん―シルバ(9)
お婆さん、床の間の前の温かい電気座布団に座りましょう。
朝日文庫版18巻〔16頁〕・昭和32年
『白髪を頭の上で束ねた、年老いたお婆さんが、サザエさん家にやって来ました。床の間のあるお座敷に、「春とはいえおさむいこと」と言いながら入ってきました。サザエさんが「どーぞこちらへ」と言いながら、床の間を背にした座卓の前の座布団に座るように勧めています』
『お婆さんは、サザエさんが勧める座布団を押し返しながら、「とんでもないそんなおたかいとこに」と遠慮しています。2人は、座布団の押し合いをやっています』
『サザエさんが、「あのデンキざぶとんですから」と言うので、お婆さんが座布団を持って立ち上がると、座布団に、電気コードが繋がっていました。お婆さんは、直ぐに気がつきました』
『お婆さんは、サザエさんに勧められた位置に座布団を置いて座りました。その場所が、座布団に付いている電気コードが、部屋の壁のコンセントに届く位置でした。お婆さんは「デンキさぶとんじゃ小笠原流もつうじなくなった」とションボリと電気座布団の上に座っています』
お婆さんの言う小笠原流とは何でしょう。由緒ある武家から受け継がれた礼儀作法のようです。小笠原流礼法の基本は、「真」(正しく)「行」(素直に、)「草」(和を持って)にあります。 「真」の正しい作法はもちろんですが、「行」は相手や状況にあった行動を「草」は時にはカジュアルな装いや行動も、大切だとしています。どんな場面でも、常に相手に思いやりの心を持って、失礼のないように振る舞うことを心がければ、立ち居振る舞いは、自然と美しくなるものです。(検索引用)お婆さんは、サザエさんの家を訪問し、礼儀正しい振る舞いをして見せたかったようです。家の主人でもない客である老人が、「床の間の前に位置し座るのは、大変失礼なことである。この場所には座ってはいけない」と、自分に言い聞かせ、同時に、サザエさんにも、そんなことをする失礼な老人ではないことを示したかったのでしょう。
しかし、時代は変わっていました。『おもてなし』は、座布団を電気座布団に変えていました。寒い冬でも、お座りくださいと勧められる座布団が、ホンワカと冷えた足を包むように暖かいのです。
電気座布団ですから、温めるには電気が必要です。そこで、座布団に電気を取り込む電気コードが付いています。その電気コードは、壁のコンセントに繋いで電気を座布団に取り込み、座布団を温めています。
そんな仕組みで温めて上げようとする「おもてなし」を拒むわけには行きません。お婆さんは、サザエさんのお年寄り対する「おもてなし」を素直に受け取り、本来は小笠原流の作法に沿わないことである「客人が床の間の直前に座る」という作法に反することをやってしまったのです。電気コードが届く位置が床の間の前ですから仕方ないのです。
お婆さんにとっては、其処が座る位置です。そこに座ることになった、お婆さんの顔には、小笠原流家元には大変申し訳ないといった表情が出ています。