鴨が葱を背負って来た

 

医師が「レントゲン撮影の結果、肺に異常があるようだ、精密検査が必要だ」と言う。最近、何となく、胸と肩が痛むので、総合病院に行く予定であると言うと、総合病院宛ての紹介状を書いてくれた。その内容は判らないが、多分、「この患者が胸部と肩に痛みがあると言っている。当院で胸部レントゲン撮影をした結果、フイルムの肺の下部が白い、石灰化と思われる」とでも書いてあったのであろう。1.5ケ月位前から、肩甲骨の周りと胸が痛む、ヅキヅキとくる時がある。「筋肉痛だろう」と自己診断し、「この程度の筋肉痛であれば、しばらく安静にしていれば治る」と、高を括っていた。ところが、3週間ほど安静にしていても、一向に治る気配はなく、特に胸部の痛みは、筋肉の奥から伝わってくる。そこで、インターネットで「胸の痛み」と検索すると、種々の情報があり、その中に、「痛みが大きいと、それは狭心症の危険な痛みである」と出ていた。数日後、たまたま、テレビを視ていたら、畏れ多くも、皇后陛下が「心筋虚血」の疑いがあると報じられていた。そして、この病の症状は、胸部と左の肩部に痛みがあると報じている。「アレっ!自分の症状と同じだ、これは、病院で診てもらうしかない」と思った。

近くの総合病院に出かけた。病院での診断は、調べていた「循環器内科」に診察を申し込む。しかし、当日は、「内科の先生だけしかいない」と言う。病院には、朝早く来たと思ったのに、受け付け後の診察番号は、既に、47番でかなり混んでいた。既に沢山の人達がソファーに座って、順番を待っている。やっと、狭い、ソファーに座って、約1時間半くらい待って、やっと「○○○○様、0番の診察室にお入りください」とお呼びが掛かった。重たそうで部厚いが、よく滑る引き戸を開いて、診察室の中に入る。部屋の奥に白衣を着た、細長い、河童のような顔の大人しそうな医師が、椅子に座って待っていた。「今日は、よろしくお願いします」と言いながら、横に置いてある篭にバッグを入れ、医師の前に置いてある丸椅子に腰掛けた。医師は、甲高い声で忙しそうに「どうしました」と聞くので、胸を抑えて、「ここら辺が痛むのでス」と答え、続けて右の手で左の肩を押さえて「肩甲骨の周りも痛むのです」と教えてやった。医師は、「何でしょう」と言う。何であるか知りたいのは、私の方で、医者が、「何でしょう」と聞くのも妙なものだ。医師の首には、聴診器も掛っていない。通常、内科の医師でなくても、聴診器を耳に当て、「シャツを上げてください」と言うのだが、その医師は、何も言わない。残念ながら、上半身の裏にも表にも聴診器を当てて貰わなかった。ただ、医師は、私の症状は、単なる筋肉痛ではなく、紹介状を信じて、胸部に疾患があると判断したらしく、「徹底的に調べましょう」と各種の機器検査をするように看護婦に手配した。

血液検査、エコー、呼吸検査、レントゲン、CTなどの各種の検査で、終わるまでには、相当の長時間を要した。病が何であるかを詳しく調べる必要から検査するのだろう。しかし、なんだか、私は葱を背負ってきた鴨になったのではないだろうか。

同じような鴨達が検査室の前に腰かけて順番を待っている。沢山の葱を背負った、年老いた鴨たちばかりで、若い鴨は殆どいない。

首に掛けた飾り物の聴診器

長いこと待たされやっと「○○さん、0番の診察室に下さいと」とお呼びがかかった。やっと順番がきた。診察室に入ると、医者は、「おまたせしました」と言って、パソコンの画面を眺めている。『どうですか』と言うので、『少し痛みは残っていますが、調子はいいです』と言うと、かなり長い時間、パソコンのマウスを動かしながら、画面を見ている。この医者の患者が、とくに長いこと待たされる理由が分かった。今の調子で、パソコンの画面を見ているだけで、時間を潰しているの。今日は、妙な診断を下された。彼は「あなたは、ベンが固いです」と突然言ってきた。ギクッとして[便が固い]と聞いてしまった。あれ何で俺の便が固いのがわかるのだろうと思った。実は、便が固くて出ない時期があり、便秘が酷く困っていたので、他の病院で、「便秘気味で困っているから薬はありませんか?」と申し出て、便を軟らかくする『水酸化マグネシウム』を成分とする「マグラックス」という薬を出してもらって、快適に過ごしている。このことは、この医者には、一言も言ったことはないので、便が固いことは知らないはずだ。思わず「ええっ!」と言うと、医者は「あなたの心臓の弁が固いのです」と言う、思わず笑ってしまった。このところ各種の検査を受けていたので、パソコンの画面に出てくる、それらの沢山の検査のデータを長いこと見ていて、どんなデータから、診断を下したのだろうか?変な疑問が浮かび上がった。

振り返ってみると、検査と称していろんな検査をやってくれる。こんなにいろんな検査が必要なのだろうかと疑問に思うくらいだ。なんだか変だ、機械検査室の前には沢山のお年寄りが、椅子に座って待っている。若い~壮年の人はほとんどいない。

病院は、高齢者には、遠慮なく多くの検査を受けさせているのだろうか?

病院&医者にとって、パソコンという便利な機械が出てきたものだ。沢山の機器の検査によるデータが保存され、医者は、パソコンの画面にデータを呼び出して見ることができる。医者は、それらのデータを呼び出すだけでも懸命で、忙しく、医者は、患者には、まともな診察をしてくれなくなった。医師は、パソコンのデータを見るのに時間を使い、患者は、診察の順番が来るまで長時間待たされる。

まず、聴診器は、ほとんど使わない、「俺は医者だぞ」と言わんばかりに首にかけている飾り物のようだ、ついに、今回は、聴診器を「着たままの上着の上」からチョチョンと当てるだけだ。それで何が判ったのだろう?診断も下さない、いや教えてくれない。呆れてしまった。こんな医者は、恐ろしくてかなわない。一体どうなっているのだろう。

出す薬についても、なぜその薬が必要なのか全く説明してくれない。自分で調べるしかなく、調べた結果を問うと、困るなーなどと言っている。困るのは患者の方で、なぜ出した薬が必要なのか、正しく説明すべきだ。説明できないのだろうか?

「便」が固いと聞こえる誤った診断も、いや正しくは「心臓の弁が固い」という診断であれば、どの検査で、どんなデータで、そう判断したのか、どうすべきかなどを、患者に説明すべきだろう。ただ言ってみただけの藪医者であっては困る。

 

サザエさん―シルバ(26)

 

お爺さんの秘かな楽しみは、ネズミ達に滅茶苦茶にされました。

 

朝日文庫版36巻〔14頁〕・昭和42年

『灯した電灯の下で、ツンツルテンのハゲ頭、しかし、アゴヒゲだけは、フサフサとした長く立派なヒゲを伸ばしたお爺さんが、御座敷の座卓の上に、沢山の紙幣や硬貨を置いて、今、幸せな顔をしながら、手にした分厚いお札をペラペラと数えています』

『お爺さんは、数え終った、束ねた分厚い紙幣を、持ちだした昔風の踏み台の足元に置き、何かをしようとしています』

『お爺さんは、踏み台の上に乗ると、楽しそうに鼻歌を歌いながら、天井の板を押し外しています』

『天井の上です。お爺さんが、押し広げた天井の隙間から、分厚く束ねた紙幣をそっと、置いています。その天井裏は異様です。噛み散らかされた沢山の紙幣の屑があり、そこには4匹のネズミ達がいて、二匹のネズミが噛み砕かれた紙幣の上で楽しそうに遊んでいます。他の二匹のネズミが、新しくソーツと置かれた、新しい紙幣の束の前後を背負い、楽しそうにヨイショヨイショと歌いながら運んでいます。お爺さんが、秘かな楽しみにしている札束は、ネズミたちの格好の遊び道具になっていて、メチャクチャに破かれ、紙くずになっています』

 

お爺さんは、貯めたお金を天井裏に秘かに置いて、貯まっていくのを秘かな楽しみにしていました。

杉の木の板で仕切られた天井裏にはネズミ達が住んでいます。ネズミ達は、遊び好きの悪さ坊主です。天井板を外して、大事な物を置き、貯め込んだつもりでも、ネズミ達には遊び道具を提供されたようなものなのでしょう。

 

小さい頃、杉の木の天井板は、薄暗い明りの中で見上げると、なんだか恐ろしげに見えるときがありました、板の丸い節の目が、幽霊やお化けの目に見えてしまい、怖くて身震いしました。そんなとき、ネズミが、そろそろと歩きまわり始め、次第に、ドロドロと走り回ると、布団を被ってしまいました。

 

お爺さんは、そんな天井裏を大事な物を隠す、格好の場所にしたようです。しかも、隠した大事な大事なものが、貯め込んだお金でした。お金を、秘かに隠し、貯まって行くのを楽しみにしていたのでしょう。しかし、そのお爺さんの秘かな楽しみは、ネズミ達に滅茶苦茶にされていました。札束は、かじり砕かれ、遊び場所になっています。それを知らないお爺さんは、時折、秘かに遊び道具を差し入れていたのです。

 

秘かに隠していた天井らのお札が、そんなことになっているのを知った時、お爺さんはどうするのでしょう?

驚くでしょうね、噛み砕かれたお札を掻き集め銀行に持っていくのでしょうか?持ち込まれた銀行はどうするのでしょうか?

お爺さんの秘かな楽しみが、ネズミ達に滅茶苦茶にされているのを見て、つい余計なことを思ってしまいました。

サザエさん―シルバ(25)

 

電信柱によじ登って写真を撮ってはいけません。そんな危険なことを許さないお年寄りに水を浴びせられますよ!

 

朝日文庫版36巻〔9頁〕・昭和42年

『遠くの会場で、沢山の会葬者が並んだ国葬が行われています。その会場から遠く離れた道路にある電信柱に登り、電信柱にしがみついて、マスオさんが一眼レフカメラを構えて、「国葬のもようをキネンにとっておこう」と言いながら、遠くの国葬の様子を撮影しています』

『すると、マスオさんが、しがみ付いている電信柱の下に、ベレー帽を被り、着物を着たオジイサンが、煙草をふかしながらやって来て、「そんな高いところであぶないからよせ」と叱りつけました』

『マスオさんが、無視してカメラを構えていると、オジイサンは、持っていた水筒の水を、蓋に入れ、「よせといったらよさんか!」と怒鳴りながら、マスオさんを目がけて、水を浴びせました』

『マスオさんは、水を浴び、びしょ濡れになり、「庶民のなかにも吉田さんありか!」と感心しながら、電信柱を降りています』

 

昭和20年代後半に吉田茂というワンマン総理がいました。 今の副大臣である麻生太郎は、孫にあたるそうです。何となく似ています。ただし、口は斜めになっていませんでした。薄く真っすぐな横一文字の口でした。そのキリリとした顔は、頑固一徹、信念の人だったと思い出されます。吉田は、1952年(昭和27年)に京都での演説会に参加した際、カメラマンのしつこい写真撮影に激怒し、カメラマンにコップの水を浴びせて、「人間の尊厳を知らないか」と大見得を切り、会場の拍手を浴びたせたことが有名だそうです。

マスオさんが、電信柱にしがみ付いて写真を撮っていた国葬は、どなたの葬儀だったのでしょう。天皇、皇族以外でも、国家に功績ある臣下が死去した場合は天皇の特旨により国葬が行われたそうで、戦後の国葬は1967に死去した吉田茂の例が唯一であるということです。

ですから、マスオさんが写真を撮っていた国葬は、吉田茂氏の葬儀だったのでしょう。

遠くからも見える長蛇の列の会葬者、そんな盛大な吉田氏の国葬が執り行われていたことは知りませんでした。

そんな国葬の模様を電信柱によじ登って、写真を撮っている危険な男・マスオさんを、シッカリと叱りつける、厳格なオジイサンが、町の中にもいたのです。

しかも,マスオさんを叱りつけた上に、持っていた水筒の水を浴びせました。浴びせられた途端に、マスオさんは、吉田茂のようなオジイサンが、ここにもいたのだと感動し、頭から水を垂らしながら電信柱を降りたのでしょう。

サザエさん―シルバ(24)

 

ネコ君!良かったね!まだまだオジイサンは、認知症ではないと思うよ。

単なる物忘れで、認知症はないぞ。

 

朝日文庫版34巻〔136頁〕・昭和42年

『ガラス戸を開いた縁側の廊下に、座布団が置いてあり、その上にネコが日向ぼっこをしています。それを、勿論ハゲ頭で後頭部に僅かに髪の毛が残り、長いあごひげを生やしたオジイサンが、眠りこけている猫を見て、「あのノラネコめ」と激しく怒っています。』

『オジイサンは、ネコに近づくと、ネコの肩口をつかみ、「あつかましい奴じゃ」とプンプンと怒り、庭から出て行きました』

『すると、オバアサンが飛び出してきて、オジイサンの腕を掴み、「いやだ、オジイサン、かわいそうだからウチで飼うことにしたんじゃないの!」と引き留めています。オジイサンは、あそうだったという顔をしています』

『ネコは、縁側の座布団の上で「ものわすれがひどくてめいわくするよ」とこぼしながら日向ぼっこをしています。遊びに来たワカメちゃんが、庭からオジイサンを見ています。オジイサンは、卓袱台の横に座り、何事もなかったように新聞を見ています』

 

年老いると物忘れが酷くなります。物忘れは、最近、認知症として、いろいろと話題になっているようです。認知症は、少し前までは、痴呆症と言われていて、いろいろな原因で脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったりしたために、さまざまな障害が起こり、生活するうえで支障が出ている状態のことを指すそうです。認知症では、どういうことが起こるのでしょう。このオジイサンのように昨日決めたことを忘れてしまうこともあるのでしょう。もっと酷くなると、今やったことを、直ぐ忘れてしまい、繰り返し同じことをやっていることもあるのでしょう。

これは、危険なことがあります。

日向ぼっこを楽しんでいたネコも、オジイサンの物忘れで大変迷惑しています。

飼ってもらえると日向ぼっこをしていたネコも災難です。オバアサンが、忘れていなかったので助かりました。

 

今日の朝日新聞夕刊〈2015.11・09夕刊、12ページに記載の四コマ漫画「地球防衛家のヒトビト」〉に載っていた四コマ漫画に面白いのがありました。

それは、『顔の長い主人公のオジサンがタクシに乗ります。運転手さんに「市役所まで」と頼んでいます。運転手さんは「はいかしこまりました」と言いました。』『オジサンが「そのお年で運転手さんは大変でしょう」と話し掛けると、運転手さんは「そんなことないですよ」と言った後「えーとどちらまで?」と聞いています』『オジサンが「市役所」と答え、続けて「目とか腰とか疲れるし」と言うと、運転手さんは、「目と腰は全く大丈夫」と言った後、また「どちらまで?」と再び聞いています』『オジサンが、「市役所」と、再び答え、更に「行き先、直ぐ忘れちゃうとか」と話し掛けると、運転手さんは「はははまさかそんな」と返事をして、すぐに「で、どちらまで」と聞いています』

このタクシを運転している運転手さんは、物忘れが酷く、行き先を繰り返しています。こういうのを、完全な認知症というのではないでしょうか?脳がどうかなっているのでしょう?

「市役所まで」と頼まれても、忘れたというより、脳が市役所という言葉を受け付けていないのでしょう。これは、物忘れというより、完全な認知症ではないでしょうか?市役所と言葉を認知しないのです。この運転手さんは、行き先を繰り返し、繰り返し尋ねてくるでしょう。物忘れであれば、「市役所」と聞けば思い出してくれるでしょう、「ああそうでしたね市役所でしたね」と言うでしょう。しかし、この運転手さんは思い出せない、完全に脳が「市役所」という言葉を認知しない『完全な認知症』ではないでしょうか?

 

サザエさんのオジイサンは、オバアサンに、言われ、直ぐに気がついて、捨て猫を捨てずに、飼うようです。ネコ君良かったね!まだまだオジイサンは認知症ではないと思うよ。

サザエさん―シルバ(23)

 

オバアサンは、オシンコを作るのが得意です。

 

朝日文庫版33巻〔76頁〕・昭和41年

『頭の天辺で、髪を束ねた和服のオバアサンが、テレビも点けずに、首をうなだれ、淋しそうに座布団の上に座り、膝に上にネコを乗せて、時間を潰しています。そこへ、サザエさんが訪ねてきて、「オバアサンなんでもしてもらいたいことをいってください」と声をかけました。オバアサンは、返事もせず首をうなだれたままです』

『オバアサンは、ネコの頭を優しくなでながら、「わかっちゃないよ若いもんは」と言い続けて、「むしろさせてもらいたいんだこっちは」と大きくうな垂れて悔しそうに言いました』

『それを聞いた、サザエさんが、「じゃおいしいおしんこのつけかたを、習おうかしら」と言うと、オバアサンは、スクッと立ち上がり、目もパッチリと見開き、颯爽とタスキガケを始めました』

『オバアサンは、サザエさん家の調理場に、サザエさんと4人の近所の奥さん達を集め、調理台の上に、壺や、お味噌や塩などの調味料を置いて、マナイタの上に置いた大根を「いい?アサヅケとヌカミソのコツはここ!!」と言いながら、張りきって、得意そうに、オシンコのつけ方を教え始めました。サザエさんのお父さんが調理場に現れ、「敬老の日だぞ」と、サザエさんを叱りつけると、サザエさんは「シーッ」と怒った顔をしたお父さんを抑えています』

 

年老いて何もすることがなく、ネコと過ごす毎日に、オバアサンは退屈していたのでしょう。まだまだ、好きで得意なことは元気にできる。美味しいくオシンコをつけること位は、簡単にできる。

そんなオバアサンが猫と遊んで、暇つぶしをしているところに、サザエさんがオシンコのつけ方教えてくださいと言ったのは、これは幸い、

「あら!私若いころからオシンコをつけるおは得意よ!教えてあげるから近所の奥さんを誘っておいで」

ということになり、サザエさんは、漬物の材料、大根や調味料を買ってきて、近所の奥さんに、私の家で、○○さんのオバアサンがおいしいオシンコの作り方を教えてくれるそうだから、私の家にいらっしゃいと誘うと、4人も集まってくれました。

オバアサンは、張りきってしまい、うな垂れて淋しそうにしていたお年寄りではなく、生き生きとした先生になってしまいました。

大根の切り方にもコツがあるらしく「いい?アサヅケとヌカミソのコツはここ」と言いながら、大根を包丁で勢いよくトントントンとリズミカルに切りました。

オバアサンは、上手に切り、何処かの奥さんのように、不十分な切り方で、繋がっていません。

こんなに、オバサンが楽しく、オシンコの作り方を教えているところに、余計な者が現れました。

サザエさんのお父さんです。もう、お年寄りの仲間に近い歳に近くなってきているお父さんは、「今日が何の日」か、気になり、知っていたのです。

今日は、9月15日で「年寄りの日・敬老の日」です。お父さんは、この年寄りの日に、年老いたオバアサンが、サザエや近所の奥さんたちに使われ、大根を切ったり、容器に漬け込む力仕事をやらされているのを目撃したのです。

サザエさんに、ソーッと、「今日は敬老の日だぞ、お年寄りに仕事をさせるのはやめなさい」と注意したのです。

「違うのよ、お父さん!、シーッ、黙ってて!」

サザエさん―シルバ(22)

 

母親のオバアチャンにすれば、60歳を超えていそうな紳士であっても、ター坊と呼ばれる坊主です。

 

朝日文庫版30巻〔97頁〕・昭和40年

『頭の天辺で、髪を束ねた和服のオバアちゃんと、ソフト帽を被り、ちょび髭の顔のデカイ、スーツを着た太った紳士が、切符売り場の窓口にいます。オバアチャンが、黒い蝦蟇口を手にして、「いいからいいから」と革の財布を手にした紳士を押し留めています』

『オバアチャンは、窓口に首を突き出すようにして、お札を差し出し、係りの人に、「おとないちまい、こどもいちまい」と切符を買っています』

『すると、オバアチャンの後にいた紳士が、オバアチャンの背中を指でつつきながら、「おっかさん」と抑えています。オバアチャンは、気がついたのか、「アそうか!おとな2まい」と言い直しました』

『オバアチャンは、切符を持って改札口に向かっています。紳士も、オバアチャンの後について歩きながら、「いくつになってもこどもあつかいだもん」と愚痴を言っています。その愚痴を聞いたオバアチャンは、「まそうおこるなター坊」と紳士を慰めています』

 

可笑しいですね。母親から見れば、幾つになっても、我が子は子供です。

そう頭にこびりついていますから、電車の切符を買うときは、昔の癖が、つい、出てしまい、「おとないちまい、こどもいちまい」と言ってしまうのです。「こども一枚」と言われた子供は、スーツを着た太った紳士で、オバアチャンが80歳を遥かに超えていると見える様子から、もうすでに60歳を超えていそうです。

こんな老人ですから、子供で電車の切符は買えません。

「まそうおこるなター坊」の一声は良いですね!滑稽です。

オバアチャンにすれば、60歳を超えていそうな紳士であっても、ター坊と呼ばれる坊主です。

サザエさん―シルバ(21)

 

オバアサン!こんな社交性のない冷たい男には、冷たいバケツの水を、沢山振りかけてやってください!

 

朝日文庫版28巻〔121頁〕・昭和39年

『夏の日です。サザエさんが、ワンピース姿で日傘をさし、マスオさんが、半袖シャツ姿で、脱いだスーツを脇に挟んで持ち、これからお出かけです。路地を歩いていると、ワンピースを着た小柄な、頬や口の周りに、既に筋が入っているオバアサンが、バケツの水を柄杓に取り、水撒きをしていました。サザエさんは、その顔見知りのオバアサンに愛想よく話しかけました。「おばあさんおげんきですね」、すると、オバアサンは、「ありがとうございます」と返事をしました。マスオさんは、知らん顔をしてそっぽを向いています』

『サザエさんは、日傘を畳みながら、オバアサンに「おいくつですの?」とニコニコしながら尋ねました。すると、オバアサンは、サザエさんの方に顔を突き出ようにして、「ちょうど83になります」と返事をしました。マスオさんは、興味なさそうに知らん顔をしています』

『と突然、今まで興味なさそうにしていたマスオさんが、突然、「じゃ、きょうの不快指数とおんなじだ!!」と言いました。それを聞いた、サザエさんのオバアサンも、唖然としています』

『サザエさんは、とんでもないことを言ったマスオさんに「だからあんたは社交性がないっていうのよ」と叱りつけながら、その場を離れました、オバアサンは、眉毛を釣り上げた怒った顔をして、柄杓の水を、2人の後にばら撒いています』

 

サザエさんは、オバアサンと楽しく話しているのに、マスオさんは、「サザエの奴、今から出かけるというのに、お喋りを初めて、早く行こうよ」と不快な思いをしていたのでしょうか?それに蒸し暑い夏の午後だったのでしょう。

83と聞いて、つい、不快指数と同じ数だと思ってしまったようです。

どうと言うことはないのですが、83の不快指数と言われてしまえば、オバアサンも、いい気はしないでしょう。不快そうな顔をしたサザエさんも、「大変失礼なことを亭主が言ってしまった」と恐縮したと思います。

オバアサン!こんな社交性のない冷たい男には、冷たいバケツの水を、沢山振りかけてやってください!

 

サザエさん―シルバ(20)

 

80歳を超えても、60歳を超えた息子の母です。息子の喧嘩につい参加し、てしまいます。

 

朝日文庫版27巻〔18頁〕・昭和38年

『サザエさんのお父さんが、スーツで正装して、杖をつき歩いていると、ある家の前で、ステテコ姿のオジイサンが道路にバケツの水を杓子ですくい撒いていました。オジイサンがパッと撒いた水がお父さんのズボンを濡らしました。怒ったお父さんは、濡れたズボンを、指さしてオジイサンに文句を言っています。ところがオジイサンは謝るどころか、文句を言い返しています』

『オジイサンは、一向に謝らず、サザエさんのお父さんは、ますます怒りがこみ上げ文句を言うと、オジイサンは、一段と激しく言い返してきました。2人が大きな声で言い争っていると、その家の裏木戸が開き、黒いワンピースを着たオバアサンが飛び出してきました』

『飛び出してきたオバアサンは、残り少ない髪の毛を頭の上で、野武士のちょん髷のように束ね、大きな口を開けてオジイサン以上の大きな声で、サザエさんのお父さんに向かって文句を言い始めました。オジイサンも声も次第に小さくなり、サザエさんのお父さんの次第に圧倒されています』

『オジイサンは、オバアサンに向かって、「そのくせだけはやめてくれよおっかさん!」と頼んでいます。サザエさんのお父さんは、「こどものけんかに親だ出る~~」と皮肉を言いながら立ち去りました。お爺さんに叱られたオバアサンは、オジイサンの前にうなだれています』

 

サザエさんのお父さんの喧嘩相手である年老いたオジイサンは、相当の老齢のように見えます。もう60歳を超えているのでしょうか?そのオジイサンが、外で口争いをしているのを聞きつけ、すわ一大事と飛び出してきたオバアチャンは、オジイサンの親だったのです。この元気なオバアチャンは幾つなのかな?

オバアチャンが、二十歳のころ、オジイサンを生んだとすれば、オバアチャン80歳を超えているのだ。いや驚きです。裏木戸から、肩をいからして飛び出してきた威勢のいい格好や、サザエさんのお父さんや、オジイサンにも負けないくらい、口を大きく開いて文句を言っている姿などは、到底80歳を超えているとは思えないくらい勢いがあります。

80歳を超えても、60歳を超えた息子の母です。息子が負けていそうだと思うと、つい飛び出して、わが子のために、争いに参加し、つい興奮して夢中になったんだ。

幾つになっても、持つべきものは母親!お母さん!余り頑張ると、ひっくり返ってしまいますよ。子供の喧嘩は子供に任せなさい。

サザエさん―シルバ(19)

 

人で不足で、仲居さんはお年寄りでした。

 

朝日文庫版26巻〔83頁〕・昭和38年

『マスオさん夫婦が、タラちゃんを連れて旅行中です。宿に着き、3人とも浴衣に着替え、寝転んでゆっくりしています。そこへ、旅館の仲居さんが夕食を大きなお盆に載せて運んできました。仲居さんは、襖をあけると、「どうもおまたせしまして」と挨拶しています。仲居さんを見た、マスオさんとサザエさんは、少しだけ、不思議そうな表情をしています』

『仲居さんは、卓袱台に食事の茶碗やお皿を並べ始めました。仲居さんの横顔が見えました。仲居さんは、髪をアップにして結っていますが、顔を見ると頬にはかなり大きな皺が走っています。マスオさんとサザエさんは、目を丸くして、じっと見ています』

『仲居さんは、襖を閉めて部屋から出て行きました。サザエさんが、マスオさんに「どこもひとでがたりないのね」と話しかけると、マスオさんが「おどろいたねひどいおばあさんだ」と呆れています

『旅館の控室です。さっきの仲居さんが鏡台の前に座り込んでいます。仲居さんは「アーやれやれ」と言いながら、カツラを取り、放り投げています。そこへ豊満な旅館の女将さんが現れ、おじさんごくろうさま」とお礼を言っています』

 

人手不足で、年老いたオジイサンが、カツラを被りオバアチャンに変装して仲居さんをやっていました。

若い仲居さんが、不足しているようで、サザエさん達が見た仲居さんは、皺もハッキリした、見るからにオバアサンの仲居さんでした。それだけで、マスオさんとサザエさんは、目を丸くして驚いています。人で不足で、若い仲居さんが足りないんだ、オバアチャンの仲居さんだと思いました。

実は、もっと深刻でした。この旅館では、オバアサンの仲居さんも、いなかったのです。

仲居さんとは、料亭などで、料理を運んだりして客に応対する女性です。男性ではありません。この旅館では、仲居さんとして、男性、しかも、お爺さんを使っていました。それほど、人手不足だったのでしょう。

そうではなく、オジイサンが、オバアサンに変装して、お年寄りの仲居さんを楽しんでいたのかもしれません。

しかし、もう年ですから、あまり無理すると「アーやれやれ」と疲れ果てますよ!食事を乗せたお盆を持ち運びする仲居さんの仕事は、大変な重労働のようですから。