北海道の冬もひと休みで日中の気温プラスになり道路の雪も溶けてアスファルトが見えています。


さて、以前東京に居た時に古いストーブを買った話をネタにしましたが




もう一台増殖しました。

アメリカのパーフェクション630というストーブ

1930年代製なので90年近く前のストーブです。


シアンのホーローボディーが特徴的。

窓枠も雰囲気抜群です。



アラジンと違い、タンク別体式です。



バーナーには1900年から1916年までの特許の日付が刻印されています。


燃料計はfullから1/4刻みで、矢印で刺すタイプ。

内部の浮きはコルク製

とっても素敵なデザインです。


蓋は中空のブリキ製でネジでなく押し込むタイプ。チェーンもこの年代にしかないデザインです。

芯の調整ネジは真鍮

これより古いタイプはタンク自体も真鍮製でした。


以前導入したアラジンストーブ

これは1963年前後ですから、60年ほど前。


30年の時代差があります。

パーフェクションの方が一回り大きいですが、こちらの方が軽い。

アラジンストーブはブルーフレーム燃焼にするには一定の芯を出さないといけませんが、パーフェクションは少し芯を出しただけでも安定して燃焼しますので、弱で使うにはこちらの方が良いです。


ウチには備え付けの立派なガスストーブがあります。

巨大でタイマー付き。

寒い北海道ではこれくらいの暖房機器が当たり前ですが、ガス業者さんに聞いたら3時間で1立米の都市ガスを消費するそうで、金額にビビって一度も使っていません。


建物の断熱がしっかりしていて、小さい石油ストーブ1台で十分に暖かいんです。


アラジンストーブと同時期に購入した戦前の琺瑯薬缶。未使用品として購入して現役で使ってます。


衛生無害のラベルの雰囲気が◎です。


中サイズの未使用品も調達しています。




虎印の堅牢無比


底面には

水漏検査合格之証


ほぼ同じ年代のオランダ製の琺瑯ポット


こちらは琺瑯が厚くしっかりした作りですが、

戦前の日本製は琺瑯の乗りが薄いので錆びやすく欠けやすい。鉄の厚みも全然違います。


薬缶を使い終わったら熱いうちに蓋と本体内部を完全乾燥させないとすぐに錆びてきます。


という事で、60年前と90年前のストーブを使い回してる話しでした。

昨年夏の引越しで散々な目に遭った事は以前書きました。


アルバム、50sティーカップセットの油汚損

スチールラック、ローテーブルの破損

セドリックホイールキャップの凹み

マーチ搬出時のトラブル

他にも細かい事は色々ありました。

年末に謝罪報告書を受け取って、5ヶ月かけてようやく終結しました。


ローテーブルについては代替え商品が無かったので、引越し業者がプロに修理に出したものの、全く直らずに納品され、結局、別のアンティークテーブルを購入してその代金を負担してもらう事で落ち着きました。

東京の業者から代替えテーブルを通販で購入したんですが、届いたテーブルは、縦横高さともに全く大きさの異なるデカいテーブルでした。

購入前に、表示の大きさに間違いがないか確認したに関わらず。です。


泣きっ面に蜂。とはこの事です。

東京の業者へテーブルを返品し、代金は返金してもらいました。


もう、テーブルを購入する気にもなりません。

元々こだわりが強過ぎて気にいる物が見つからない。って事も理由ですが。


そこで、気にいるものを作る事にしました。


ヤフオクで調達したのはコチラ

ローズウッドの一枚板です。

現在では輸入禁止の木材で、ローズウッドのアンティーク家具はかなり高価な物ばかりです。


それぞれ、幅90センチ、奥行き35センチほどの小さな材ですが、転勤族にはこれくらいの大きさの方が使い勝手が良いです。


シラタと言われる樹皮に近い部分は腐ってボロボロになってます。




カッターナイフ、ドライバー、ワイヤーブラシなどを駆使してシラタを削ります。




板の両面は

ペーパーを使って研磨します。

240.320.400.600番と徐々に仕上げていきました。

この作業、大臣がいない間に部屋の中でやってたんですが、部屋中削りカスというか粉まみれになって、作業後に掃除して証拠の隠滅を図ったんですが、

取りきれなかった粉が見つかり、叱られました。

何でも、電子レンジの中まで赤い粉が入っていたそうです。蓋閉まってたんですけどね。


さて、両面共に削れた所で

表面仕上げは


アマニ油を使います。

ウレタン塗装のツルツル仕上げよりも、木材の質感がでます。


とりあえず1枚サラッと塗りました。

色が濃くなって



杢目がハッキリとします。


もう一枚は、油でなく


手持ちの蜜蝋で仕上げてみます。


ミツバチの蝋とアマニ油のブレンド


2枚それぞれ、薄めに塗って24時間乾かす。

を4回繰り返して


最後はバフ仕上げです。


ギラツキのない光沢に仕上がりました。


左、アマニ油仕上げ   右、蜜蝋仕上げ

蜜蝋の方が少し明るく仕上がりました。


この天板につける脚も、ローズウッドの無垢材を調達しました。


25センチと30センチ。2種類の高さにします。



これも4回塗り重ねました。


脚を取り付ける金具も用意


脚の方に穴を開けて鬼目ナットを取り付けてからボルトを入れます。

しかし、ローズウッドはとても硬い木材で、ナットご破損した所もありますが、何とかなりました。




低い方は真っ直ぐ取り付ける金具


高い方は金具の穴に少し角度がついているのを調達。脚を外側に開いた角度で取り付けるようにします。


脚はボルトで取り外し出来るようにしました。

冬場はこたつがあるので、脚を外して押し入れに仕舞っておきます。


という事で、2週間ほどかけて完成しました。




満足のいく仕上がりとなりました。

が、、早速脚を外して押し入れに仕舞いました。

2002年から2007年までの5年間を能登で過ごしていた。


能登という地名はアイヌ語の岬(not)を語源とする説がある。

その半島は自然に恵まれ海岸近くまでせり出した山沿う形で小さな集落を形成する。家屋は潮風から守る板壁黒い屋根瓦が軒を連ね、晴れた日には艶やかな光を放つ。日本の原風景という言葉がピタリとはまり、これまでに出会った風景の中でも心に深く残るものの一つである。


海や里山などから得産業が多く、輪島塗・珠洲焼など素朴で優れた工芸品多い

加賀友禅で作られた「花嫁のれん」は、新婦側の家で用意され、婚礼の当日嫁ぎ先の仏間の入り口に掛けられる。花嫁さんは、そののれんをくぐって仏様に手を合わせてから挙式に臨むという文化がる。真宗王国と称される如く多くの住民が浄土真宗門徒である。

 

2007年3月25日、最大震度6強となった能登半島地震が発生した。過去に地震の少なかった石川県で震度6を記録した初めての地震であった。

その前夜、引っ越しのために5年間住み慣れた七尾市を、多くの方に見送られて出発し、新たな赴任先である大分県まで1,000キロの道のりを妻と共にマーチを走らせていた。

地震はその最中の出来事で、引っ越しを知らせていなかった友人から次々安否確認の電話が鳴った。後ろ髪をひかれる思いで車を西に走らせたのを闡明に覚えている。

地震の翌月能登に向かい、被害の大きかった寺院を6カ所、レンタカーで回った。古く大きな木造本堂に入ると、大きく傾いた柱や壁によって平行感覚が麻痺するほどの状況であった。

 

その後2020年12月頃を起点とする群発地震が発生した。

2021年9月16日の地震では最大震度5弱、2022年6月19日には同6弱、2023年5月5日には同6強を観測した。いずれも最大震度は珠洲市。

 

2007年の地震の際、見舞いに訪れた寺の住職と昨年札幌で再会した。

あの地震の後、7年の歳月と巨額の費用を掛けて本堂の建て起こし修理を行った。しかし、その地は消滅可能性都市である。修復を振り返って「果たして直して良かったのか。と今でも自問する」とおっしゃっていた。

 



その能登で1月1日、これまでの規模を大きく上回る地震が起きた。

お世話になった何人もの顔を思い浮かべた。昨年お会いした住職の寺院本堂壊滅的な被害を受けたとの報告があった。

報道によって被害状況がわかるにつれ、よく知っている町の変わり果てた姿に心を痛めた。

報道される全ての町を知っている。能登にある大谷派寺院は353ヶ寺。その多くの寺は、寺院名でなく在所(地区)の名前で呼び合う。だから報道される殆どの地区の名を知っている。

そして、そこに伺いそこで採れた食物をご馳走として頂いてきた。

よく知っている方も亡くなった。安否不明者リストにも、お世話になった方の名前が数人ある。

 


被災地を知らせるテレビ報道で今一番困っている事は」とのインタビュー、被災された男性は「多くの支援を頂き感謝しかない」と答えた。暫く間をおいて「水がなくて困っている」と隣にいた女性が重い口を開けた。

自らの大変な状況を訴えるよりも支援への感謝を述べる男性。「能登はやさしや土までも」という言葉を思い起こした。




復興という言葉を簡単に使えない過疎地の厳しい状況がある。

しかし、であるからこそ継続した支援を必要としている。

私は、今出来うる限りの支援を札幌で行う。


時期が来たら、能登の地を訪れたい。

本年も宜しくお願いいたします。


能登の被害がだんだんと分かってきました。

2007年の能登半島地震の前夜まで5年間住んでいた場所で、友人知人も多くとても心配です。

被災された方に心よりお見舞いを申し上げるとともに、避難生活で体調を崩されませんよう念じ上げます。



さて、本日1月2日、ほぼ1日費やしてマーチと格闘しておりました。

この年末年始は愛知に帰省せず札幌におります。


まずはホイールキャップですが、先日北海道の真ん中、旭岳温泉にスキーに出かけた際、物凄い雪の中を無理やり走ったら、ホイールキャップが1枚なくなっていました。


で、中古を購入して


艶消し黒で塗装


さて、ここからが本題です。

職場の車庫を占拠して

まずオイル交換


そして、左前輪を外してチェック


ドライブシャフトのインナーブーツが

裂けてます。

11月にタイヤ効果した際、ブーツが破れているのを発見。取り敢えずグリスを足してからゴムをボンドと針金で止めて応急処置しておきましたが、やはり持ちませんでした。

幸い発見が早かったようで異音もなく、ドラシャ自体は問題なさそうです。



明日からマーチで遠出するので、意を決してブーツの交換です。


分割式を調達したかったんですが、マーチの場合アウター側はあるんですが、インナー側はどう探してもありません。

仕方なくディーラーで純正品の非分解式を購入。

8,500円もしました。



まず、タイヤをつけた状態でセンターロックナットを外すんですが、これが固い。

レンチを延長する鉄パイプがなかったので、

車庫にあったツルハシを使って、無理やり外しました。


ジャッキアップして、ロアボールジョイントを外し、力技を駆使して

ドラシャ摘出


ブーツはカッターナイフで切除


シャフトの先端に付いてるベアリングを、タガネとハンマーを使って外しました。これもかなり硬かった。20分ほど格闘して

何とか分離


おニューのブーツをはめておきます。

先端のベアリングを叩き入れた後に、ブーツの外側を止めるクリップを入れてないことに気づき、再び先端のベアリングを外すという二度手間、、、

外側のみブーツを止めるバンドを締めておきます。


改めて叩き込んでから

クリップで止めます。


ミッション側

本来、この部分も外すんですが、何をやっても外れないので、外すのを諦めて古いグリスを拭き取っておきます。


付属のグリス


コテコテと塗りたくり


ミッション側にもたっぷりと

この状態で、あらかじめブーツ内側のバンドを通しておいたドラシャをエイヤーと押し込んで、シャフトのハブ側も取り付けます。


はみ出たグリスを拭き取ってから、ブーツ内側を固定するバンドを止めるんですが、、これが大変。

本来、ドラシャを外した状態で止めるものを、車載の状態で、車体の下に潜って狭い所に手を突っ込んで何度もやり直して書くとすること約1時間。何とか付けました。



ロックナットは再使用不可のため新品を用意


この状態で軽く締めて


タイヤを付けて着地してから

再び⛏️で締め


最後に割りピンをして

完成


10時半から始めて昼ごはん抜きで作業して、午後4時までかかりました。


これで何とか明日の遠征に間に合いました。