特捜最前線の第226話のタイトルです。

 

実は私は昔から特捜最前線の大ファン

なのです。

 

特捜最前線は1977年から1987年までTVで

放映されていた刑事ドラマです。

 

色んな脚本家の方が脚本を書いておられ

ますが、私は 塙五郎さん の脚本が

一番好きなのです。

 

綺麗な部分と汚い部分の狭間で葛藤する

人間ならではの心の状態を上手く書きだして

いる内容が多いように感じます。

 

標題の 太鼓を打つ刑事!ですが、

この話は塙五郎さんの脚本の中でも

私が特に好きな作品です。

 

今日、ひょんなことからこの話の

ラストシーンを30数年ぶりに観ることが出来て、

激しく感動しています。

 

この話は1992年にTVで再放送されていた時に

VHSビデオに録画していたのですが、

ラストシーンの最もクライマックスの良い場面が

テープの長さの関係で録画されていないと言う

事態になっており、長年このラストシーンを

もう一度観たいとずっと思っていたのです。

 

初回放送時とその後の再放送で何度か観ているので、

どのようなシーンかは記憶はしていたのですが、

今日30数年ぶりにそのシーンを改めて観てみて、

やはり涙が出るくらい感動してしまいました。

 

この回はゲストに倉田保昭さんが出演されていて、

ほぼこの回の主役と言っても良い内容で、

私は倉田保昭さんのファンでもあったので、

尚更この回の話が好きなのです。

 

この回で倉田保昭さんが演じられている

役どころも非常に印象深い内容です。

 

またもネタバレになってしまいますが、

先日私が4年ぶりに新しいバンドにドラマーとして

所属させてもらう事になって、そのバンドで8月に

ライブをやる予定である話をこのブログで書いて

いますが、そこで演奏する楽曲のうちの1曲が、

この 太鼓を打つ刑事! の

中で頻繁に再生されている楽曲なのです。

(敢えてここでは楽曲名は伏せますが)

 

何か因縁めいたものを感じてしまいます。真顔

 

倉田保昭さんが演じる沢木刑事が、

ラストシーンで楽隊で太鼓を叩いて行進している姿を

沿道で見つめる桜井刑事に心の中で言う科白に

やはり感動してしまいました。

 

”桜井さん、自分には、やはり楽隊屋が向いてます。

妹を頼みます。

自分には、刑事の仕事は辛すぎます。”

 

この話は色んな方がブログに解説文を書かれてい

るので、興味のある方は

特捜最前線 太鼓を打つ刑事 と検索サイトに

入力して、各ブログを読んでみて戴けると嬉しい

です。ニコ

 

と言う事で、今日は30数年ぶりに

太鼓を打つ刑事!

のラストシーンをじっくりと観ることが出来て、

感無量です。

 

そして塙五郎さんの脚本は、

やはり素晴らしい内容であると改めて感じます。ニコニコ

前々回のブログで、JR福井駅が高架になって、

私の私見ではありますが、本当につまらない駅

になってしまったなあ、と言う事について、

結局は国鉄の一部の素行不良者が

そのような状態にしてしまったのだろう、

と思ってしまいます。

 

国鉄がJR各社に振り分けられてしまった事が

そもそもそれが原因と言えるのですけどね。

 

勿論、他にも複合的な原因がある事は

間違い無いのですが、ここに書く内容が

原因の一端である事も間違いないと

思います。

 

国鉄当時でも、鉄道員としての誇りを持って、

お客様の大切な命を預かる仕事と自覚して、

真面目に勤務をされていた方が大半だったと

思われますが、その反面、自分たちの権利

だけを主張して、利用者に多大な迷惑を

及ぼしていた一部の組合員がいた事も

また事実なのです。

 

遵法闘争と言う手段を使って自分たちの権利を

主張し、待遇改善などを求めていた事実が

あり、結局その事が列車の最大の使命である

時間通りに人や荷物を運べないと言う状況を

作ってしまったのでした。

 

遵法闘争とは、列車を運行する際に、安全の為に

制定された様々な運転ルールを勝手な解釈で

自分たちの権利主張の為に利用し、列車をダイヤ

通りに運行せずに、列車をダイヤ通りに運行して

欲しければ俺たちの言う事を聞け!!と言う

内容のものでしした。

 

更に具体的には、制限速度40Km/h以下の区間を

わざと20Km/hの速度で列車を走行させたり、

線路上に野鳥が留まっているのを発見すると

わざとその手前で列車を停止させて、野鳥が飛び立つ

まで列車を発車させないなど、

”我々は安全の為に運行ルールを遵守して列車を

運行しているのだから何か文句ある??

我々の待遇を良くしてくれないとこれからもこんな事を

続けるからね、ダイヤ通りに列車を運行して欲しいの

なら我々の言う事を聞け!!”

と言うような主張を当時の一部の組合員がやっていた

と言う内容です。

 

こんな事をされては利用客に著しい損害を与え、

当時は荷物、郵便も鉄道が輸送していたから

時間通りに荷物が届かない為に廃業に追い込まれた

荷主も存在したようで、郵便についてもやはり時間通り

に書簡が届かないと言う事態が発生し、

様々な分野において多大なる損害を当時の国鉄は

発生させていたのでした。

 

そんな事をしている隙に、トラック輸送がどんどん

発達し、信用できない国鉄を利用者は見限って

しまったのです。

 

その結果、昔は国鉄の駅は人を運ぶだけではなく、

荷物、貨物、郵便輸送の拠点にもなっていたので、

駅構内には様々な設備があり、また様々な人達が

忙しく働いている活気に満ちた空間だったのに、

今や私鉄と同じく人のみを運ぶ施設になってしまって、

高架化後の福井駅のような状態になってしまった、

その事は否めないと思います。

 

当時の国鉄職員の方がみんな真面目に働いていたら、

今でもJRの駅は昔のように活気に満ちていたの

かもしれません。

 

悪貨は良貨を駆逐する と言う諺がありますが、

当時の国鉄は正にこの言葉通りだったのではないので

しょうか?

 

一部の過激な組合員の為に、真面目に鉄道業務に

取り組んでいた人達すらも、分割民営化の犠牲となり、

駅施設も人のみを運ぶだけのつまらない空間に

なり果ててしまった。

 

本当に人間って、愚かな生き物だなあ、

と高架化された福井駅を見て、私はそのように感じざるを

得ないのでした。ショボーン

昨日のブログで仕事の絡みで福井へ行った

話を書きましたが、お土産に買って帰った

焼き鯖寿司 は、私の想像以上に

美味しかったです。ニコニコ

 

福井への訪問そのものは昨日のブログに書いた

通り、私の心に全く響かない内容ばかりでしたが、

お土産に買って帰った焼き鯖寿司は、

凄く美味しかったです。

 

焼き鯖寿司を買うが為だけに、また福井へ

行ってみても良いなあ、

と思ってしまうくらい、焼き鯖寿司は

美味しかったのでした。ニコニコ

 

昨日は私の帰宅が遅い時刻になる予定だった為、

同居している高齢の母が不安を感じてしまうので、

近くに住む兄が、夕方から私が帰宅するまで

私の家にいてくれたので、兄にも焼き鯖寿司を

お土産に買って帰って渡したところ、

今日電話で”美味しかった”と言ってくれました。

 

同行した社員からは、羽二重餅が福井の名物、

と聞いたので、私もそれを買おうかと思って

土産物コーナーを物色していたところ、

焼き鯖寿司を見つけてその売場の前で立ち止まって

商品を眺めていたら、女性店員さんが声をかけて

くれて、”これは福井の名物なのですね?”

と私が訪ねると、”そうです”と教えてくれたので、

それを買う事に決めたのです。

 

お土産を焼き鯖寿司にして、ホントに良かった。ニコニコ

 

 

今日は土曜日ながら仕事の絡みで

福井へ行ってきました。

 

冷静に考えてみると、私が福井へ足を

踏み入れたのが1999年の1月以来でした。

 

その時は私の趣味で訪問したので、

それなりに想いはあったのですが、

今日は仕事で訪問したこともあってとは

思いますが、何の感情も湧かないまま、

同行した社員が福井駅前で借りてくれた

レンタカーの助手席に座って、

海辺にあるお客様の工場へ往復しましたが、

海辺の風景以外、私の心を捉えたものは

何一つとしてなかったのでした。

 

日本の地方の風景は、どこへ行っても

同じように見えてしまうのです。

 

特に自動車道路沿いはそんな風に感じます。

 

だからここ数年、私はどこへも旅をする気に

ならないのです。

 

それから私が物心ついてからずっと

好きであった鉄道の姿もすっかり変わって

しまって、もはや私が胸をときめかせて

眺めるような車両もなく、ただ淡々とサンダーバード

で往復をしただけになりました。

 

昔の国鉄型の485系が走っていた頃は、

まだ大阪から福井への往復の乗車を楽しむ

気持があったのですが、今日は本当にただ淡々と

サンダーバードの車窓から外を眺めて早く

目的地へ着いてくれることだけを考えていました。

 

福井駅も北陸新幹線開業の絡みで高架になって

いましたが、かつての国鉄時代から引き継いだ

雰囲気のあった駅は忘却の彼方へと去ってしまい、

ただ味気の無い近代的な少し暗い感じの高架駅

としか私は感じる事が出来ないのでした。

 

国鉄時代のような貨物営業や荷物営業や客車列車

などが皆無となってしまった今となっては、

あの駅の姿が”現代”と言う事になるのでしょうが、

一体誰が鉄道の姿をこんなにつまらないものに

してしまったのか、と思わざるを得ませんでした。

 

かつての485系よりも振動が少なく、シートも広く、

リクライニングもするようにはなっていましたが、

私にとってみれば、

”それがどうした?”

と言う気持ちで一杯です。

 

少なくとも485系の時代は

”俺は今電車に乗っているんだ!!”

と言う実感を感じる事が出来ました。

 

たとえよく揺れてもシートが狭くても。

 

そんな訳で、これからもますます私にとって

鉄道の姿はつまらないものになってしまうのだなあ、

と言う想いと、どこの街へ行っても、

同じような景色ばかりだなあ、

との想いを強くしただけの、20数年ぶりの、

遠くの街の訪問記でした。

 

まあ、あくまでも私の私見ではありますが・・・真顔

OURSOUNDSに自らのドラマーとしての

プロフィールを作成した事から、とあるバンドの

メンバーの方に勧誘を戴き、

去る2月26日にそのメンバーで初の

スタジオリハーサルを行い、良い感じのメンバー

だったのでそのバンドにドラマーとして入れて戴く

事になった私ですが、次回のリハーサルと、

8月に実施予定のライブで演奏予定の新たに

加わった楽曲について、ライブのネタバレになって

しまいますが、書いてみたいと思います。

 

その楽曲は サザンオールスターズ の みんなのうた

です。

 

今から30年くらい前に発表された楽曲で、

その当時は街角で再生されていたりして、よく耳にして

いました。

 

その時からドラムのフレーズが個性的で技術の高い

楽曲だなあ、と認識して聴いていました。

 

私はサザンオールスターズのドラマーである

松田弘さんのドラミングも好きなのです。

 

タイトなリズムで太いサウンドであり、桑田さんが

作られる数々の個性的な楽曲に見事にフィットする

心地よいドラムフレーズで楽曲のドラムアレンジを

実施していると思います。

 

学生の頃は彼らのアルバム KAMAKURA をよく

聴いていましたが、その中に収録されている

各楽曲の松田弘さんのドラムフレーズは、

とてもどの楽曲にもフィットしていてドラムの

チューニングも非常に慎重にした上でレコーディング

されていると感じていました。

 

特にハッピーバースデー、それにシングルでヒットした

Bye Bye My Love のドラミングには当時から

私はかなり注目していました。

 

バスドラムのダブルアクセルが非常に心地良く感じて、

松田さんのドラムテクニック、センスが優れている事を

感じる事が出来ます。

 

みんなのうた を聴く度に、ドラムフレーズに耳が行って

しまう私でしたが、まさか自分自身がこの楽曲を

演奏する事になるとは思っていなかったので、

少し不思議な感じです。ニコ

 

それで実際にコピーをして個人練習をしてみると、

やはり松田弘さんのドラムテクニックは凄いな、

と改めて感じています。

 

ここ数年、みんなのうた のようなドラミングの

楽曲を演奏する機会が無かったので、

凄く新鮮な気持ちでドラムの個人練習が出来て

います。ニコニコ

 

夏にやる予定のライブでは、この みんなのうた

を含めて全ての楽曲を気持良く演奏出来るよう、

精進を続ける日々となります。

 

次回実施予定の3月26日のスタジオリハーサルも

楽しみです。ニコニコ

 

そう言えば私が高校二年生の時に初めてライブで

コピーをした楽曲の中に、サザンオールスターズの

楽曲があった事を思い出しました。

 

そして高校三年の時の学園祭に後輩のバンドに

参加を乞われて出演したバンドでも、やはり

サザンオールスターズの 栞のテーマ、

My Forplay Music をコピーして演奏をしました。

 

今回40年ぶりにドラマーとして、

サザンオールスターズの楽曲を久しぶりに

演奏する事になって、感無量です。

 

みんなのうた をライブで演奏をするのが

今から楽しみです。ニコニコ