前々回のブログで

once more take a chace の事を書きましたが、

その頃の楽しい思い出が甦って来ました。

 

あれは1984年2月のある土曜日の夜から

日曜日の朝にかけて、とある劇団のミュージカルの

リハーサルを徹夜で姫路にある本徳寺と言う

お寺の一室をお借りして実施した時の事です。

 

その時私は高校の時に音楽を担当していた

女性教諭からバックバンドのドラマーとして抜擢

して戴いて、ミュージカルのバックバンドの

演奏者としてその女性教諭と共にリハーサルに

参加しました。

 

ギターは私の高校の同級生、ベースは学校は

違いましたがギターリストの双子の弟で、

女性教諭はキーボードとバイオリンを

担当していました。

 

その夜は女性教諭の自家用車で本徳寺まで

向かったのでしたが、私だけ自宅から姫路まで

山陽電鉄に乗車して一人で行くことに

したのです。

 

それで事前に地図を見たら、山陽電鉄亀山駅の

すぐ前に本徳寺と書かれていたので、

そこへ行けば良いのだと認識して、

女性教諭には私だけ電車で現場まで行く旨を電話で

伝えた時に、念のため本徳寺の場所が

山陽電鉄亀山駅の前である事を確認しました。

 

するとその時は女性教諭は、

多分そこで合ってると思う、

もしあなたが先に現場に着いたら、

”音楽のドラムの者です”

と言って、先に入っておいてね、

と私に告げて電話を切りました。

 

ところが数時間後に女性教諭から私の自宅に

電話があり、本徳寺の場所が私が認識して

いる場所とは違うようだと言う事を伝えてくれて、

結局私だけ姫路まで山陽電鉄で行って、

そこでメンバーと合流する事になったのでした。

 

姫路市内には今でも本徳寺が2つ存在していて、

私が地図で確認したのが亀山本徳寺だったの

でした。

 

しかし、ミュージカルのリハーサルを実施する

本徳寺は姫路市内の別の場所に存在していて、

女性教諭に念押しをしておいて良かったなあ、

と思いました。ニコ

 

あの時念押しをせずに電話を切っていたら、

おそらく場所の訂正の連絡は無かったと

思われます。ドクロ

 

その事をその時自宅にいた兄に、

 

”いやあ、危ない所やったわー、

もう少しで全然関係の無い寺へ行って、

「音楽のドラムの者です」

って言うところやったわー”

 

と言うと兄は、

 

”お前・・・、お経読まれるぞ”

 

と私に返して来たのでした。

 

今思い出してもその会話が面白く、

また、本当に私が亀山本徳寺を何も知らずに

訪問して、

”音楽のドラムの者です”

と告げたら、お経を読まれている、

と言う間抜けな図柄を想像すると、

自分で笑いがこみ上げて来たのでした。ニコニコ

 

そんな何もかもが楽しくて仕方が無かった、

once more take a chance のサビの部分が

とらばーゆのCMソングとしてTVからオンエア

されていたあの頃の私は、

本当に幸福で充実した日々を過ごしていたのだ

なあ・・・・・・、としみじみと感じるのでした。真顔

今日は昨日のブログに書いた

once more take a chance がリアルタイムで

TVでオンエアされていた頃のような、

幸福で充実した一時を過ごす事が出来ました。

 

良かった。ニコニコ

このタイトルでブログを書くのは丁度10年ぶり

になります。

 

2013年4月にもこのタイトルでブログを書いて

いるのです。

 

これは

和田アキ子&ザ・ウッド

の楽曲名です。

 

作詞:村田さちこ

作曲:上綱克彦

編曲:ザ・ウッド

です。

 

10年前にYou Tubeにこの楽曲がUPされていて、

その時は29年ぶりにこの楽曲を聴いて大きく感動し、

暫くは何度も聴き返していたのでしたが、

いつのまにか削除されてしまって、聴くことが出来なく

なっていたところ、

昨日再びYou TubeにフルコーラスがUPされている

のを見つけて、10年ぶりにフルコーラスを聴くことが

出来たのです。

 

ザ・ウッドはこのブログで何度か書いていますが、

柳ジョージ&レイニーウッド解散後に

レイニーウッドの上綱克彦さん、石井清登さん、

四ツ田ヨシヒロさん、鈴木明男さんの4人に、

ベースの多田文信さんとボーカルの

楠木恭介(現在は楠木勇有行)さんを加えて

新たに活動を始めたロックバンドです。

 

私はレイニーウッドのファンなので、1982年9月に

父の仕事場に置いてあった週刊誌にザ・ウッドの

ファーストアルバム once forever が発売された

事が書かれていた記事を読んで大喜びし、

早速レコード屋さんへ行ってそれを購入したのでした。

 

しかし柳ジョージ&レイニーウッドをイメージして

そのアルバムを聴いた当時高校2年生だった私は、

凄く複雑な想いだったのでした。

 

詞の世界もサウンドもボーカルも

柳ジョージ&レイニーウッド時代からかけ離れていて

正直な所、素直にそれを受け入れる事が出来な

かったのでした。

 

しかし、上綱さん、四ツ田さん、石井さん、明男チャン

の個々の音と独特なコーラスワークはやはり

紛れもなく彼らの音だったので、私はザ・ウッドの

音楽も好きになって行ったのでした。

 

1982年の暮れ頃からオロナミンCのCMソングとして

石井清登さんが作曲した 

チャレンジャー ~自由への道

がオンエアされ始めて、最初の頃は字幕が出て

いなかったのでしたが、反響が大きかったとの事で

途中から ミュージック:THE WOOD とテロップが

追加されて、凄く嬉しかったのを憶えています。

 

テロップが表示される前からそれを聴いた私は、

”この曲って、もしかしてザ・ウッド????”

と敏感に感じていたのでしたが、やはりその通りで

あった事にも大きな喜びを感じました。ニコニコ

 

1983年3月に2枚目のアルバム Waltz  が発売され、

ライブハウスを中心にライブ活動を続けて、

その年の夏にはエポさんが司会を務めるラジオ番組で

特集が組まれて彼らのライブの演奏がオンエアされ

たりしてそれなりに注目を集めていたのでした。

 

しかしヒット曲に恵まれず、アルバムの売れ行きも

芳しくなく、そんな中で和田アキ子さんの芸能生活

15周年記念ライブにザ・ウッドがゲスト及びバック

ミュージシャンとしてステージに上がったのでした。

 

その流れでザ・ウッドのメンバーが、

是非和田アキ子さんの為に楽曲を書かせて欲しい、

と申し出て once more take a chance が

出来たのでした。

 

当時和田アキ子さんは、ザ・ウッドのライブに

ゲストとして出演されていたと言うことを後になって

レイニーウッドファン仲間から聞いたのでした。

 

和田アキコさんは、柳ジョージ&レイニーウッド時代に

夜のヒットスタジオに出演した際に、彼らとジョイントで

ひとり酔い を歌唱しているので、その流れで当時の

ザ・ウッドの事を気にかけていたものと思われます。

 

楽曲のタイトルの通り、その時の ザ・ウッド にとって

この曲を足掛かりに飛躍したい!との想いを持って

制作し演奏していたのだと思います。真顔

 

この楽曲を初めて私が聞いたのが1983年12月の

ある日曜日にその当時読売TVでオンエアされていた

おもしろサンデー と言う番組で、和田アキ子さんが

ゲスト出演されて歌われていた時でした。

 

その時は和田アキ子さんの芸能生活15周年のライブの

模様も少しだけオンエアされていて、ザ・ウッドの

メンバーが演奏している様子も写っていたのを憶えて

います。

 

楽曲を聴き始めた時は、それはザ・ウッドの演奏とは

全く知らなかったのでしたが、イントロの独特の

コーラスワークを聴いて、

”あれ?この曲って・・・・・・!!”

と思ってブラウン管に目をやった所、作曲:上綱克彦

の文字を認識して、

”この曲、上綱克彦作曲や-----!!!!!”

といきなり叫んで、同居している家族から顰蹙を買った

のを今でも憶えています。爆  笑

 

それくらいその時の私は激しく感動したのでした。

 

前述の通り、ザ・ウッドのファンである私が、

彼らが注目をされながら今一つメジャーになり切れない

その頃の状況に歯がゆさを感じていた所、

和田アキ子さんとのコラボで上綱さんが作曲し、

演奏もザ・ウッドが実施している楽曲がTVでオンエア

されたと言う状況が本当に嬉しかったのでした。

 

本当にその状況を自分の事のように喜んだのでした。

 

当時とらばーゆのCMソングとしてもサビの部分が

TVでオンエアされていて、私は意気揚々とその頃を

過ごしていたのでした。ニコ

 

丁度大学を推薦で合格して楽しい事ばかりが

私の周囲にあって、私の人生のうちで最も幸福で

充実した時期を過ごしていたこともあり、

尚更 once more take a chance の存在は、

その頃の私の人生に花を添えてくれていたのでした。

 

しかし、私の期待に反して、結局この楽曲もヒット

する事はなく、その後、自然消滅的にザ・ウッドは

解散に追い込まれてしまったのでした。

 

この楽曲を聴く度に、

当時の私の幸福で充実した日々を思い出すのです。

 

これからもYou Tubeから削除されない限り、

この楽曲を聴いて行きたいと思います。

 

私が幸福で充実した日々を過ごした証として。ニコニコ

 

 

今日は私がドラマーとして新たに加入させて

戴いたバンドの第二回目のスタジオリハーサル

でした。

 

前回の第一回目はベーシストが欠席だったので、

今日初めてベーシストと会いましたが、

ベースプレイ、人間性ともに良好で、

気持良く演奏が出来て良かったです。ニコニコ

 

ドラマーの私としてはやはりベースの音が

あるのと無いのとでは、演奏のグルーブ感が

全く違って感じます。

 

なので今日は前回以上にノリノリでドラムを

叩く事が出来ました。ニコニコ

 

メンバーの皆さんからも、演奏が凄く楽しくて、

私のドラムに合わせてなら毎日でも演奏を

していたいくらいだ、とのコメントまで戴きました。

 

特に二人のギターリストのうちの一人は、

過去にプロのドラマーとして活動していて、

現在もドラムを叩く事もあるとの事で、

そのメンバーから、

”私のドラムに合わせてギターを弾くのが楽しくて、

毎日でもギターを弾いていたい!”

とのコメントを戴けたことは、本当に光栄です!ニコニコ

 

初対面のベーシストからも、

”カッコ良いドラムですね”

とのコメントを戴いて、本当に嬉しかった。ニコニコ

 

今日はボーカリストが仕事の都合で欠席でしたが、

メンバーの昔からのバンド仲間の方が助っ人で

歌いに来て下さっていて、その方からも私のドラムに

対して、

”ドラムの音は大きいけれど、要所要所がちゃんと

決まっているので全く五月蠅いとは感じない、

ドラム上手いですね”

と言って戴いて、本当に嬉しかったです。ニコニコ

 

自宅での練習キット(と言う程大したものでは

ありませんが)を使ってと、スタジオへ一人で入って

実施している個人練習を続けて来て、

本当に良かったと思っています。ニコ

 

8月のライブに向けて、更なる良いドラミングを

実施して、メンバーや来場を戴くお客様に喜んで

戴けるように精進したいと思います。真顔

 

今は新バンドのメンバーと巡り合えて本当に

良かったと感じています。

 

8月のライブ以降も、ずっと活動を続けて行けるよう、

ドラミングも私の人間性も磨いて行きたいと思います。

 

長く活動を続けるにはメンバーがお互いを思いやって、

お互いの立場や生活環境をよく理解し合う事が大事だし、

自分自身の心の持ちようも大事だと思います。

 

そう思えるメンバーと出会えて、今は本当に良かったと

思います。

 

4月の第三回目のリハーサルが待ち遠しいです。

 

8月のライブも、是非成功させたいと思います。ニコニコ

 

 

 

疲れを今日は癒してもらいました。

良い日になりました。ニコニコ

 

そして明日は私が4年ぶりにドラマーとして

活動をする事になった新バンドでの

一か月ぶりの第二回目のスタジオリハーサル

です。

 

前回のリハーサル終了後のミーティングで、

私がその後で用事があったので先に中座

したところ、チューニングキーやらガムテープ

などが入ったセカンドバッグを持ち帰るのを

その場に忘れてしまった為、

ボーカリストが預かってくれていて明日私に

手渡してくれる予定だったのですが、急遽仕事の

都合でボーカリストが明日のリハーサルを欠席する

事になってしまい、私はその忘れ物を受け取る

ことが出来なくなってしまいました。えーん

 

何かこうなるような予感がしていたら案の定です。

 

昔から人に私のものを預けて、日にちが経って

から返してもうらうシュチュエーションになった時、

このような事がよく起こるのです。

 

私は忘れ物の神様から嫌われているのでしょうね、

きっと。真顔

 

仕方が無いから今日、帰り道に楽器屋さんへ寄って、

チューニングキーを買いました。

 

昔購入したTAMAのチューニングキーを、

購入後に割とすぐに失ってしまったので、

今日は改めてTAMAのチューニングキーを

購入しました。

 

今度はすぐに失わないように気を付けたい

と思います。

 

因みに明日のスタジオリハーサル、

ベーシストとは初顔合わせになります。

 

前回ベーシストは欠席でしたので。

 

さて、どうなる事やら。ニコ