何とか博士論文が仕上がってきた(=⌒▽⌒=)


この悶々とした退屈から早く抜け出したい。



無限月読って、新月とか半月とかだったらどうなるんだろう?



この前、NHKの貧困に関する番組を見ていたら、

お父さんの給料が少なすぎて子どもが病院にも修学旅行にも行けないことが放映されてた。


その後、オリンピック招致にかかったお金が4千億円とか、4年後また招致活動するのに2兆円とか、

なんか馬鹿みたいな話がニュースで流れてた。

もっと他にいい使い道があるでしょう。



この前の新聞に、

所得税の配偶者控除や扶養控除から、給付つき税額控除に切り替わるというニュースが出ていた。


所得税の配偶者控除や扶養控除は所得の高い人には有利だが、

所得の低い人には恩恵の少ない制度となっていた。


しかし、給付つき税額控除にすると、

所得の少ない納税者は税負担が少なく、極端に少ない場合には給付金が与えられる。

これは、経済学の世界ではミルトン フリードマンが提唱した「負の所得税」と同じ考え方だろう。


これを実現するには、国民の所得を完全に把握する必要がある。


しかし、国民一人ひとりの所得に関する膨大なデータを管理するのは至難の業で、

納税者番号の導入がその大いなる手助けになってくれるだろうけど、

これを導入するのがまた難しいらしい。









いや、オバマさんはすごい人だと思いますよ。


でも、早すぎるだろ、いくらなんでも。


プラハでちょっと「核のない世界にしよう」って演説したらノーベル平和賞あげるわけ?


まだほとんど何もやってないよ、あの人?



前の日記でもいったけど、やっぱり基準が怪しいね。

今年もノーベル文学賞とれませんでした。残念でした。


エルサレムにまで行って話題を作ったのに。


それにしても、毎年候補になってるらしいから、そのこと自体すごいことだよね。


毎年、夏から秋にかけて『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』を読みたくなる。

(『羊をめぐる冒険』は微妙かも。それなりに衝撃的だけど)。


こういう感じの作品を読むと、「もう二度と取り戻せないもの」が色々と思いだされて胸が締め付けられます。


『回転木馬のデッドヒート』もよい。好奇心を掻き立てられます。



聞いたところによると、ノーベル文学賞、平和賞、経済学賞は

他の科学の賞と違って、かなり政治が絡むそうです。

つまり、一番はじめに独創的な仕事をしたとか、革命的な発見をしたとか、

かならずしもそういう基準じゃないってこと。


確かに経済学賞とか、「なんでこの人がはてなマーク」という人が何人かいます。


平和賞なんか、謎の受賞の連発じゃないか?