毒親の洗脳を解くためにまずは「この人が私の親」の思い込みを外しましょう。

 

これはとても大切です。

 

「この人は、いつか私に本当の無償の愛をくれるはずの人、いつか人として私より優れ手本などを示してくれるはずの本当はちゃんと人として愛のあるはずの人」

 

無理だって。

この事実を見ようよって。

 

で、このことを

 

解毒のカナメ:「この人が自分の親」の思い込みを手放す

 

で書きました。

親が「外ヅラがいい」けれどその外ズラのうわついたわざとらしい笑顔ですが、虐げられた苦しい子供の私には少しでも救いになっていたエピソードです。

 

ここではさらに、この思い込みや感情(インナーチャイルド)やトラウマのある心に、恐ろしい意識パターンが形成されているって話を書きます。

 

 

 

親の愛を笑顔を求める私の意識「親も人間で基本良い人のはず」の思い込みから、私の中にはさらに別の、妙な怖い意識も形成されましたゲッソリ

 

ホラーかと思うようなことなので、この続きは覚悟をしてください。

 

「このババア、やたら外ヅラいいな、作ってるな、嫌だな、こんな変な人にはなりません私!」

 

ここまでは、いつも、むしろ、しっかり、強く思っていました。

 

それなのにですよ。

しかしですよ。

 

母親の、他所行きの顔でのヘタクソな工作レベルの作り笑顔ですら「私がお母さんを喜ばせている」から嬉しいとすら、私は少し、思っていたのです。。。。。滝汗

心のどこかで確かに、そう感じていた私がいますポーン

 

これは母親の気持ちを察して同調している部分もあったでしょう。「あ、お母さん私を連れてると便利で喜んでる」とわかるから「お母さん喜んでる」イコール嬉しい、と。

 

毒母は、母親として私という子供が可愛くて誇らしく私の存在を喜んでるんじゃ、ないんです。

 

そうじゃなくて

便利グッズとして私を利用して依存してるだけ。

って、わかってるのに、です。

 

 

悲しい寂しい苦しい子供ならではの、気持ち絶望泣ダウン

 

 

でもこれ

かなり

ヤバイですよねドクロドクロドクロ汗爆弾

 

幼児的な人間のエゴを満たしてやって、安心どころか喜びを感じる。

エゴの支配を受けた奴隷、です。

 

赤ん坊どころか生まれる前から母親の邪気にさらされ、泣くこともできないサイレントベビーだった私には仕方のないことでした。

幼少期の扱われ方は、どこまでも影響します。

 

愛を求める子供の気持ちに漬け込んで、毒母はさんざん、自分が気分良くなるために私を利用だけしてきました。

 

殺されないため、安心を感じたいから笑顔が欲しい。

それだけなら、いいけど。

そんな人の笑顔がほしくて自分が犠牲になって、そいつが喜んでる笑顔を見て、少し嬉しいって・・・。

自分で自分がかわいそうで泣きました。

 

 

この心の弱みは、人生を破壊します。

 

現実に、私はそういう毒な人に対し、目を逸らしたり毅然と軽蔑の目を向けられず、こちらが卑屈になって身をひいたりして、その人が汚れた喜びで汚い目の光をたぎらせ、歪んだ口元で笑うのを助けてやり、そのシチュエーションが最悪で気持ち悪く思つつ何もできずにそこにいる、みたいなことがよくありました。魂が抜ける

 

虐待者、凶悪犯罪者、精神異常者、パワハラセクハラなどのハラッサーを前にした時。

 

自動的に「喜ばせたい」と反応する滝汗滝汗滝汗

 

殺されないためだけでなく真顔

 

 

本当の私の感覚は。

「気持ちが悪いゲローゲロー

「やめてよねゲローゲロー

「喜んでやがるゲローゲロー

そう、ちゃんと、人権損侵害や尊厳を犯されている嫌悪感をすごく感じていました。

 

利用されるって、不快です。

 

「よるな触るな!お前にだけは好かれたくねえし!」ゲローゲローゲロー

 

身体感覚こそ本当のリアルな心です。ひらめき電球メラメラドンッアップ

 

 

でもそれと同時に。

 

「触るな」と同時に

「愛してよ」があり笑い泣き

 

真逆で矛盾してるけど、

赤ちゃんの頃からの、細胞レベルの叫びが。

 

「母親の固い心を少しでも和ませ安心させてあげているのは私の存在なのだ」と、母の「柔らかさ」を欲していた私には自分を蔑ろにされたり犠牲や利用されてでも、とにかく僅かでも嘘でも演技でも一時でも、母親が笑ってくれることが、喜びでもありました真顔

 

(実際は、毒な人の欲しがるものは、異性からのチヤホヤとかで。そもそも「和む」とかほっこり笑顔とか、そういうものと「親和性がない、なごまない」人なんですよねネガティブお店の人が小さい子供を見て和んで笑顔になる、という現象を、毒母は利用してるだけで、ほんっとにキモイし、うすら寒く、吐き気がします)

 

母親の愛を乞い願う子供の心はドドドドドMです大泣きダウン

 

これ、毒親育ちの、典型オブ典型だと思います。

 

この意識のパターンを認識し、払拭できずにいたせいで。

 

その後も長年、私は自分を傷つける人に対し、ノーを言えず、それどころか自ら犠牲になりそのような依存的で人を利用するだけの人間を「かわいそうな人だから私が犠牲にならねば」と思ってるかのように、相手してサービスして便利グッズになったりし続けました。

 

これって親が「私が可哀想じゃないわけ?アンタはこんな私に同情してわかってくれて犠牲になっていい気にならせてくれて慰みになってくれるために存在してんのよ!いい気になるな楽しくするな自立するな!」というエゴだけの邪気を、赤ん坊の私の無防備な心の時から受け続けて、嫌なのにそんな嫉妬、エゴに、無意識のレベルから支配を受けていたせいです。

 

これって心理学では、親に愛されたかったので、毒親と同じタイプの人に愛を注いで、今度こそそのような人を変えて自分を愛させて見せる、と試みているのだそうです。

 

こんな人たちに執着しないでさっさと自立したらいいんですよね。本当に誰とも愛や心で繋がることはできない、ただの「つまらない」人なんだからね。

 

子供の側には、でもインナーチャイルドがあり、だから理解しようとかそれでも絆を作ろうとか変な癒着があり、相手(毒)はそれを嬉しがって癒着を強めようとしてくる態度しかしない生き物なので、なかなか不健全な関係が解けないしで、、、辛いですね。

 

辛いけれど、泣いて諦めて。

 

愛を求めないでください。

何も求めないでください。

関わらないでください。

 

こちらから愛を注いで親を変えようとか、心に訴えようという努力も無駄です。

 

毒な人への愛は、ノーを言うこと、けじめを教えてやることです。相手するのは無駄にエネルギーを渡すだけですし、甘やかしはその人をさらにダメにします。

 

毒な人を笑顔にしないこと。その人たちに愛など求めないこと。あの人たちは金とチヤホヤと人の悪口や噂話やせこい争いや他人の気を引く安いゲームをしているのが幸福で楽しく、だから好きなことをしているだけ。愛にも優しさにも思いやりにも、全く興味がなく豊かさや調和を毛嫌いしてる生き物。健全な人とは価値観や求めるもの、幸せの基準が違う世界に生きているのだから、相容れないし、とにかくあの人たちはあれで、いや、あれが幸せなのです。

ここ、しっかり覚えていてね。