アダルトチルドレンからの卒業課題は四つあります。

 

 

1:「この人が自分の親」の思い込みを手放す

 

2:悲しみ(インナーチャイルド)を泣き、心の流れを取り戻す

 

3:怒り(インナーチャイルド)を怒り、自分軸を太くする

 

4:トラウマをリリースする

 

 

 

1について書きます。

1はとても辛いこと。

そして、難しいこと。。。です滝汗

 

 

生まれて初めて親に接した時から思い込み続けているのだから、なかなかしぶとい思い込みです。

 

 

「この人が私の実の親だから、この人こそ、私に愛を、本物のつまり無償の愛をくれるはずなんだ。」

 

 

その後の事実が真逆であっても、根底にこの思い込みが設定されている限り、割と大きくなってからも、実態が見えてきてしまっても、それでもどうしてもなぜか相手してしまう。

愛情を期待して続けているから

 

 

 

「おっかしーな、この人、親なのに。」

 

って、

 

自分で勝手に設定したものに、現実を合わそうとして。

 

その人は生物学上の親ではありますが、人間的には子供すぎて親をやるのは、無理です昇天

 

毒な両親は、私たちがその肉体を通して人間として生まれてくるためのチャンネルであり、それ以上でも以下でもありません。

 

そして毒親を選んで生まれてきた人は、いかにこちらが「切る」「境界線を設定する」かが課題で、上記四つをクリアして自立することが課題です。

 

 

親にこだわる姿勢は、毒(依存的)な親だから子供も依存や執着のパターンを学習してしまう部分もあります。これは単純にそういう親の態度を真似してしまう悪影響ってやつ。

 

でもそうでなく、主体性があり自立したい意識が強い、親よりとっくに心が成長している子供が、いつまでも親とのコードが切れず、苦しい思いをするケースは多いのです。

 

私がそうでした。

インナーチャイルドを泣いたり怒ったりで癒しても、親がどうしても気になってしまい、これって何なんだろうと真顔

 

1の「この人が親でいつか愛をくれる、わかってくれる」の思い込みがあったからでしたガーン

 

いつになったらこの人は、成長して人の心がわかる人間になり、私に対してどれほどの酷いことをしたか理解し、心の底から涙を流して反省し謝って、そして温かい本物の愛の眼差しを私に注いでくれるのだろう?優しい抱っこをしながら背中をトントンしてくれるんだろう?嬉しい時によかったねと一緒に笑って喜んでくれるんだろう?具合悪い時に、苦しい時に、寄り添って心配ないよと安心させて、体を心をケアをしてくれるんだろう?

その設定のはずなんだけど?親のくせに、何!親のくせに、最低!それでも人間か、それでも大人のつもり??はあ?

 

 

こんな風に、求め期待し続けているから。いつも親のことを解釈しようとしたり、思い出しては、心が乱される。

 

あの時オカアサンは、少し優しく見えた。あれは愛だったよね?一生懸命子供をきちんと育てようとして、お箸の持ち方とかギャンギャン叫びながら教えてくれたんだよね?

 

 

・・・全部、超むりやり子供が絞り出した、親をよく思いたいがための、良いとこ探し絶望ダウン

 

 

 

 

悲しー。ネガティブ泣

 

つらーーーい。真顔汗

 

滑稽すぎてアホらしすぎてチーン

 

まじ、哀しー。魂が抜ける泣

 

 

私は親が嫌すぎて、祖母がお金を出してくれると言うことで、大学は海外に行きたいと言い、海外逃亡を図りました。

 

その大学は日本の経営で、海外にあるカレッジでした。

当時留学が流行っていたものの、日本と海外との文化や生活のギャップが大きすぎて、行ったはいいが溶け込めず、結局日本人同士でつるんで大学はドロップアウト、帰るのも嫌なので日本食レストランで働いて違法滞在し続ける、みたいな若者がたくさんいました。

それで、もっと日本人学生が安心して海外留学を意義あるものにできるようにと、日本人のカウンセラーなども常在した、日本の学生向けの留学がコンセプトの大学でした。

それなら安心だし行きたい、と私自身が思えるところでもありました。

 

入学前に都内で親子面接がありました。親も一緒に面接するのは、海外に行かせる心配を聞いてあげるとか、経済的なことを確認したいなど、大学側の目的があったのでしょう。

面接の日。他の保護者たちはイキイキとキラキラと元気で、子供の留学に一緒に夢を見ているようでした。

 

で!うちの母親は!

時代遅れのネックレスをつけ、みすぼらしいしみったれ全開で待合室の椅子に座り、しみったれてウルウルした目で私を見て、首を傾げてちょこんと座っていましたチーン

 

もう、その目と姿を見て、本当に気色悪く、バツが悪く、ここにいないで欲しい、いやあらためてコイツこの世にいないでくれ!!!と思いましたゲローゲローゲローゲローゲローダウンダウンダウンダウンダウンダウン

 

 

その後、高校卒業後の春休みに留学準備の名目?で、普段思い切りケチな毒母が、銀座のデパートに私と一緒に服を買いに行き「海外にいっちゃうから」とお菓子の好きな母親が行ってみたかった有名なケーキ屋などに何度か出かけました。

 

 

インナーチャイルドでぎゅうぎゅうだった私はそれでも母親とお出かけする嬉しさを感じていました。

 

 

子供の頃から母親は外でお買い物をしているときだけ「他所行きのおかお」でしたから、唯一安心して機嫌のいい母親と一緒にいられる時間が「お出かけ」なのでした。

 

 

機嫌がいいのは外の綺麗なお店でお買い物できて気分がいいだけ。それに加えて外での笑顔はただの「よそゆきの顔」で作ったものであること。超わかりやすい単純なエゴしかない母親の、超わかりやすい単純な表情や振る舞い。子供はそういうの敏感です。私はそのことを、肌で感じて見抜いていました。

あの母親には明らかに、演技性人格障害も入ってます。

 

なのに、わかっているのに。

 

そんなわかりやすいバカで薄っぺらで、本物の心などありゃしない親なのに。

 

子供の私はそれでも安心感を得たく、「優しいお母さんと仲良しで幸せな子供」に憧れ、お出かけの時だけ自分も夢をみるように「オカアサンと一緒でかつ平和な時間」というのを味わいたくて、オカアサンとお出かけの時間を、少し嬉しく思っていました。

 

これも私の潜在意識の根底に

「この人は私を愛してくれている親」の思い込みがあるから、

そしてだから、この親に愛を求めているからでした。

 

 

お店の人と会話する時、お店の人は子供の私に微笑みかけてくれて、かわいい娘さんですね、何歳ですか、などの声かけをしてくれます。

すると母親はニコニコ笑顔で嬉しそうに答える。

これは家の中では絶対にあり得ない、私が待ち望んでいた「母親と一緒にいながら暖かい平和な笑顔のある時間」なのでした。

 

 

しかしその笑顔は、母親の愛情ではなく

 

母親にとって私は便利グッズなだけでした泣くうさぎ

 

 

母親はツンケンして嫌な性格で人が苦手な卑屈で劣等感のカタマリです。お店の人と話す時も、いかにもなわざとらしい奥様風の表情や言葉を作り、浮ついた挙動不審な劣等感丸出しの会話しかできない人。ヘタクソな工作レベルです。それが私という小さい女の子を連れていると「お店の人との会話のネタ、潤滑油にできて、お店の人が笑顔で接してくれて気持ちがいいから便利」なのでした。

 

帰ってくるや、本性が出て「あー疲れた」と「今までヨソづら作ってました」「世の中の人たちの、可愛いですねーだのあったかげ?なキラキラしたああいう笑顔て苦手で意味わかんない、あーゆうのに合わせて笑顔するのも疲れるわーめんどくさい」と堂々と宣言するかのような態度でため息をつき、意味なく私を睨む怒鳴る。汚いものでも見るかの目つきで私を見る。

 

しかし「この人は私のことを本当は愛してくれるはずのお母さん」設定が潜在意識にある私は、このあからさまな態度の豹変を見ると、心がフリーズしてしまい、目の前の母親を認識し切ることができませんでした。

 

健全に心が働いていたら、家に帰って豹変の態度に「何こいつキモ!」って反応するよね。

 

でも当時はフリーズでした。

 
本当は愛ある人のはずなのに、って勘違いとの矛盾と。
そもそも、親がこんな人間?親のこんな態度ってだけで、子供って全身全霊で傷つくから。無意識に、あ、こいつからは一生本物の優しさを得られない、こいつは人の心がないんだ、って、事実を突きつけられるから、受け止めきれないし。フリーズしかない。

 

親の嫌な面や本当の姿を見たくないというか、やはり自分の親は「良い人のはず」てイメージ、思い込みがあったからです。

 
 

ちょっとここからさらに深い心理に踏み込んだことを書いてますがそれは怖いのでご興味があれば覚悟して読んでください。

 

解毒のために:支配から抜けろ。自分の中にある「へつらい」の意識パターンを自覚する

 

 

高校卒業の春休みに戻ります。

 

銀座のデパートや高級ケーキ屋さんで、私は母親と出かけている時間を、複雑ながらまだ愛を求めて少し嬉しく思っていました。

しかし母親はお出かけの時も眉毛を八の字にしウルウルした目つき。母の「しみったれ」は私という便利な感情のゴミ箱であり光のエネルギーを奪える便利な素敵グッズを惜しんで「離れていってしまう娘を寂しがる哀れな不幸な母親」に酔ってるだけでした真顔汗

 

オエーーーーーーーーーーーー!!ゲローゲローゲローゲロー

 

 

どっかでわかっていたし、感じていたのだけど、やはり根底に「この人から無償の愛を得るのだ、そのはずなのだ」の思い込みがあるままだったから。つまり「この人には私への愛があるのだ」と思い込んでいた。それにつきます。

 

 

 

毒な人って、幼児妄想的な妄想の世界に住んでいます。

(エネルギー的にはエゴのみ)

そこに自分以外の他人は、存在していません。

生まれてから死ぬまで自分に酔ってるだけです。

 

その人にとって、その人以外の生き物は全て「餌」としか見えません。子供であろうと家族であろうと、自分に気を向けさせられる人間かどうか、つまり気を奪える生き物かどうかだけを見ています。弱みを本能で察知し利用します。

自分を親と勘違いして繋がりを求めてくる子供は一番美味しい餌です。

 

 

そんな生き物に、きちんと心で向き合おうなんて、しなくていいのです。

そんなことをすると、嬉しがってハラの中で小躍りしながら演技をします。

 

不幸ぶってしみったれ作戦を無意識にやり、わざとらしい八の字眉毛と気色悪いウルウル目つきや歪んだ口元を、恥ずかしげもなく真正面から繰り出します。

 

(およそ慎みや嗜みといった人としての尊厳がないので、他人の尊厳も尊重できない生き物なのです。)

 

 

弱さを武器にした、弱々しさや愚痴など、負の攻撃を繰り出してくる相手は、完全に軽蔑してシャットアウトが鉄則です。

 

アホらしいので、無視。

 

言うことがあるとすれば

 

「自分に酔ってんじゃねえよクソガキ」

「礼儀を知れ、身を正せ、きちんと挨拶くらいしろ」

 

程度でしょうか。

 

 

 

ですが、毒親育ちは、私のようなトラウマや弱みがある。

 

一刻も早くこのタイプのエネルギーバンパイア、毒な人たちのエネルギーフィールドからコードを切る必要があります。

 

 

ですからまずは

 

1「この人が親」の思い込みを、外しましょう。

 

毒親は「生物学上の親」でしかありません。

 

図々しい幼児です。

 

面倒見てはいけないし、相手してはいけません。

 

人間としては発達障害とか知的障害とか、なんちゃら人格障害とかで、もう絶対に関わっちゃダメダメな生き物ですよ!!

 

こんなくだらない人間に、便利なエネルギーとして利用され続けるのは世の中のロスですからね!