「愛と、依存や執着は真逆」を書きました。

 

 

 

 

 

 

今回は「自分を愛する」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を愛せなければ、人を愛せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、毒親育ちは、自分を大切にすることが、とても難しい。

 

 

 

なんで??

 

 

ただの私。

 

 

なのに??

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で気づいていない、心の底に封印した傷?

 

 

思い込み?

 

 

わかる人から見たら、わかるもの?

 

 

それじゃ、

 

 

自分を癒すとか愛するとか。

 

 

どこから何をしたらいい?

 

 

 

 

 

 

って思いますね。

 

 

 

 

 

 

 

まずは、毒親育ちあるある、

 

 

の心理の典型を、

 

 

「理解」しましょう。

 

 

 

理解は、愛です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから

 

 

「解決」です。

 

 

 

 

 

 

 

解決も、ちゃんと書きましたから、

 

苦しくても、

 

最後まで

 

読み進めてくださると、嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼少期の扱われ方。

 

 

 

大切にされなかった。

 

それどころか

 

暴力的な、攻撃の中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それなのに、

 

泣き喚くことも、

 

怒りきることも、

 

できない環境だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊張の中で、

 

 

心から楽しんだり、

 

 

笑うことは、危険だった。

 

 

 

 

だから

 

今も

 

 

その神経反応が、ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから

 

今も

 

 

屈託なく笑うことが、

 

できません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな環境にいたから

 

人と関わるために

 

 

 

「私の存在価値を消す」

 

 ことで

 

 なんとか

 やってきた。

 

 

 

 

 そうするしか

 

 なかった。

 

 

 

 

 

私は、

 

引きこもりには、なりませんでした。

 

 

 

 

私自身は、

 

心ある人との交流を、

 

何より求めていたから。

 

 

 

 

ただ。

 

その私には、

 

自分を消すことでしか、

 

人と関わるすべが、

 

ありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

自分のことは、あまり話さない。

 

 

 

好きなこと、

趣味、

意見や思想、

価値観

 

なら、

 

なんとか言える。

 

 

 

でも「愚痴」「ネガティブな感情」「悩み」などは

人のそれを聞いてあげることは、

むしろ得意で

できるけど、

 

自分は言えない。

 

 

 

自分でも、

 

私の奥底の

深すぎる不安を

 

理解も言葉にすることも、

 

できないから。

 

 

 

 

 

中学生の時、試みたことがあるのですが

 

おそらく恐怖から抑圧が凄すぎて、

 

その闇にアクセスできませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母親の「スミマセン」は最低

 

 

 

毒母は、スミマセンと口癖のように言う。

 

電話を切るときに、なぜか「ごめんなさい」という。

 

 

 

 

子供の頃、それを聞いて私はものすごい不快でした。

 

今ももちろん思い出すと気持ち悪いです。

 

 

 

 

 

その「スミマセン」は、謙遜とは違い、

 

自己防衛のための「へつらい」だからです。

 

 

 

 

 

「せっかく親切をしてくれた人が

 嬉しいのは、

 スミマセンじゃなくて

 『ありがとう』でしょうに!」

 

 

こう思った私は

 

 私は、

 

 人様のご厚意に

 

 「ありがとうございます」

 

 と言おう!

 

と、決めました。

 

 

 

 

 

 

それでも、意識しないと、

 

 

 

していただくことに

 

 

 

 

申し訳ない

 

自分なんかが、スミマセン、

 

のようになってしまう自分

 

 

 

 

に、

 

何でだろう?

 

 

 

と、なっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【 受け取るのが       できないこと ⓵ 】

 

 

 

 

●仕事の成果を受け取ること

 

 

…請求できない❗️

 

 

 

「私の努力は報われない」

「私は無視される軽視されるもの」

 

心の底に、そう書いてあるから。

 

 

 

 

「いえ、大したことしていませんから、今回はお金はいいです」

 

私のセンス、知識、スキル、誠意やあらゆることを

活用して喜んでもらいたくて

熱心に丁寧に、した仕事を

 

そうやって

 

自分でボランティアに、してきました。

 

「お役にたててほんと幸せでした」で満足して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【 受け取るのが       できないこと ② 】

 

 

 

 

●私自身について

 お褒めいただくor肯定されること

 

 

 

 

…全身で拒絶、否定したくなる❗️

 

 

 

「私には価値がない」

 

心の底に、そう書いてあるから。

 

 

 

でも全力で否定すると、

それは自意識過剰で、相手も戸惑うよね?

 

だから「軽くする」ことで、場をしのいできた。

 

「お上手ですねー」「褒めても何も出ませんよ」

 

これ、相手に対する礼儀として。

だって、動揺して、私の心の奥底の、計り知れない深い傷や不安を垣間見せてしまったら

場の空気が強張るわ、相手はどうしていいかわからなくて困らせてしまうわ。

でしょ?だから。

 

 

 

 

 

 

 

   でも、  これは小手先。

 

 

 

 

無意識の無用な書き込みを、消して、書き換える。

 

 

 

   の が、   解 決 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  やってみましょ。

 

 

 

 

   読 む だ け で、

 

   い い で す よ 👍

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 正 し い 認 知 】

 

 

 

 

私は、たまたま、生まれ育つ環境が

親の邪気攻撃の中にいた。

 

親が未熟で、人を大切にする心が

育っていない生き物だったから。

 

 

 

 

私を軽んじ、暴力的に攻撃する行為は、あの人たちの悪業。

 

それは私の価値とは無関係。

 

 

 

 

親は、自分の劣等感や不全感を、

 

私に押し付けてきたが、私は無関係。

 

 

 

ただ、子供の私は、

 

必要な愛が欲しかったり、

 

命の危険があるので、

 

親を相手し、

 

感情を背負うふりをしないと

 

生き延びられなかった。

 

 

 

そのせいで、

 

私の心には

 

たくさんの感情の抑圧と、

 

ただの邪悪な人間を

 

「よく思おう」

 

とする認知の歪み、

 

そして

 

警戒し続ける神経反応、

 

さらには

 

私自身の価値への

 

間違ったネガティブな意識が

 

生じた。

 

 

 

邪悪な攻撃をしてくる無礼な人は、

 

拒絶し、関わらない

 

 

 

 

のが

 

真っ当な、健全な、自然な、人の、態度。

 

 

 

 

私は

 

その、

 

健全さ

 

に、向かって、

 

意識の浄化を、

 

続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 芯 を 育 て 直 す 】

 

 

 

 

私は、

私の価値も

いいところも、

私自身が知っている。

 

 

 

私の仕事の価格は、

私が決める。

 

 

 

私は、適切な報酬と

善業の祝福を

受け取っていい人間だ。

 

 

 

私の心には、

私だけの感情を持つ。

 

 

 

私は、

邪悪さには、

正面から

軽蔑の目を向ける。

 

 

 

私は、

私の価値、存在意義、尊厳、健康、幸せを、

譲らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日、自分にできれば声に出して、

 

 

言うだけで、意識が変わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばらないで。

 

泣いて。

 

放心して。

 

 

 

 

ただ、意識を、イメージを、認識を、

 

心と体が、気持ち良い状態に、

 

解放して。

 

 

 

本来の、自然な、ただの自分に。

 

 

穏やかさに、。

 

 

戻していきましょう。