二人共和国 -98ページ目

月々315円

たーいへん!


耳が痛いのー。


両耳が痛いのー。


9時48分に母から電話かかってきて、13時40分に電話切ったのー。


4時間も話しちゃってるー。





よくもまぁ、こんなに話すことがあるもんだと我ながら関心しちゃう(/ω\)


いつも軽く1時間は話します。


でも大丈夫!


LOVE定額だから!(vodafone・・・相手番号指定で電話もメールもし放題)


どんなに話しても大丈夫!


元は十分取りすぎてるから(笑)

未だに「キャプテン翼」ネタをやっている我が家

ドイツW杯も終わりました。


私的に・・・。


ドイツ負けちゃったよ・・・。


前回大会でドイツファン(オリバー・カーンが主ね)になってから、今大会も応援してきました。


だがにわかファンに限りなく近い存在の私




W杯が始まってから昼夜逆転嫁になってます。


だからって昼間そうそう寝れる日もあったりなかったり。


なので目の下にクマ出てますw


観ている時間には当然旦那は寝ています。


決勝トーナメントに進んでから更に白熱した試合は続いていて


おとなしく観戦はできません。


そんな時にゃ北海道在住の友人と電話とメールでやり取りしながら観戦。


彼女は相当のサッカーファン。


決して録画することなくリアルタイムで観ている。


そんな彼女と頑張って観ているわけです。


我が家のお隣さんは引越してしまったので現在誰もいないことをいいことに


「うぉ!」とか「あ~~~~」とか「いけぇ!!」だの夜中なのに気にしていません。


旦那はそんな声で起きるタマではないので問題なし。


私的には終わったW杯ですが、気持ちも切り替えて新たに観るつもりです。




ところで中田英寿さんの引退。


特にファンというわけでもなかったので、よく知らないのですが・・・。


彼、移籍してインタビューに応じると既にその国の母国語がペラペラですよね。


イタリアでしたっけ?あと英語も。


私はその影の努力が凄いなと思ってました。


野球でもメジャー進出してインタビューに応じる方でも


カタカナで書いたような英語を使う方とかいますよね。


そういった人が多い中でも、中田さんはきちんと万全の体制で臨んでいるのですよね?


そこが魅力に感じます。


沢山のプレッシャー、重圧の中、本当にお疲れ様でした。


現在中田さんのHPは混雑により一部しか閲覧できません。


こちら



彼、東ハトの役員されてますよね、たしか。


先日山崎パンとの合併なんだかあったけれど


そのまま役員続行の意向を山崎パンは示しているとか。


才能と努力に溢れた人はどこに行っても素晴らしい活躍をなさるでしょうね。

惚れた!!(可愛いので画像は大きいものにしちゃったわさ)

ヨネムラ マユミ
ワタシとまめゴマ日記

ふと本屋で見かけた可愛らしい本。


キャラクターグッズが売っているのを見たことがあります。


内容はどんな生き物なのか、生育状況と4コマ漫画もありました。


えぇ、可愛くて思わず買ってしまいました。


はい、思い切り癒されましたとも!!


そして存在はしないこの生物を本気でペットにしたいと思いましたとも!!



母に操縦された子供

昨日書いたブログの中での「ピアス」の話。


当時はまだピアスをあへている子もあまりいなくてましてや校則も厳しかったので。


今でこそピアスも化粧も当たり前ですが・・・。


ピアスをしたいと思ったきっかけは全然覚えていません。


事後報告すると親が何言うか分からないのでまず相談。


母は「タダじゃダメ。クラスで成績TOPになること。先生に見つからないこと」と言いました。


勉強しましたよ!!必死に!!


無事にピアスをあけることができました。


次に母に出された課題は「維持しないと落ちた時点で塞ぐ」とのこと。


そうきたか!!!!


子供ながらにやられたと思いましたw


3つ目のピアスをあけたいと言ったときは


「学年で5位以内に入ること、TOPなら好きなだけあけていい、ただし持続すること」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


お、お母さん、うちマンモス校って知ってます?


でもね、何としても3つ目のピアスをあけたい若かりし私。


無事ピアスの認可も降り、維持しました。




この出来事を振り返ると、母は頭ごなしになんでもダメとは言わなかったなと。


「~をするならば、~しなければならない」みたいなタイプ。


しっかり母に操縦された出来事でした。


そんな母も50歳。


アメーバブログやってます( ´艸`)ムププ

叔父さんなんて柄じゃない

先日、私の叔父が誕生日だったもので電話をしました。


この叔父は母のすぐ下の弟なのですが「おじちゃん」なんて一度も呼んだことがありません。


「みっくん」です(笑)


みっくんは18歳の時に私が生まれまだ学生の頃に既におじさんになったのですw


神奈川に住んでいた3歳まで、みっくんは東京からバイクで毎週のように


私に会いに来てくれて遊んでくれました。


茨城に引越しても幼稚園の運動会や催しがあると必ず来てくれます。


みっくんがとても好きで、いつも後を追いかけていました。


そんなみっくんが結婚するとなりゃ、もう大変。


小学校低学年の頃だったと思います。


スネて部屋からは出てこないし、皆がどれだけなだめても泣いて泣いて。


そんな母がナイスな言葉を私に言いました。


「大好きなみっくんが好きになった人なんだから、○○(私)も好きになれるよね?」


この言葉で無事結婚式に言ったわけですが


今も残っている写真を見るとやっぱりみっくん寄りに立ってますw


私が高校でピアスをすることになった時には


医者に行くその日の朝まで電話がかかってきて私を止めていたものです。


私は千葉で一人で暮らしている時も電話をかけてきたり、


みっくんが酔っ払うと夜中に電話をかけてくるのが私です。


妻でも兄弟でもなく何故か私(笑)




私がこの10年で色々あったことに関して、みっくんは何も言いませんでした。


私も何も言わないで来ました。


母から色々聞いていたと思います。


でも母ですら私の本心は知らないので、母の考えで述べているけれど(正反対だろうが)


私はそれをあえて否定すらしないできました。


「みっくん・・・・、やっとね幸せだって思えるようになったよ」と言ったら


みっくんの声がくぐもったので、涙滲ませてしまったと焦りました。




今は全然会ってないけれど、近々会いに行くからね!