ハイセイコーのブログ -51ページ目
先週、中山競馬場で行われました第69回
オールカマーは4番人気のローシャム
パークが逃げるタイトルホルダーを
差し切って優勝。
函館記念に続く重賞2連勝を果たしました。
逃げた1番人気のタイトルホルダーは
なんとか2着に残り、3着には7番人気の
ゼッフィーロが入りました。
前走で競走を中止し、状態が心配されて
いたタイトルホルダーでしたが、無事に
完走できて、まずは良かったと思います。

今週は、中山競馬場で秋のGⅠ競走の
緒戦となる第57回スプリンターズ
ステークスが行われます。
スプリンターズステークスは1967年に
4歳(現3歳)以上の馬によるハンデ
キャップの重賞競走として創設され、
昭和期においては中央競馬で行われる
唯一の短距離の重賞レースでした。
その後、1年を締めくくるスプリント系の
大レースを開催しようとする機運が高まり
1990年レース体系の見直しに伴い、
スプリンターズステークスはGⅠ競走に
格上げされ、更に短距離系の競走体系の
整備により、秋競馬で最初に行われる
GⅠ競走として現在は定着しています。
思い出のレースは快速娘メイワキミコの
3連覇を阻んだサニーフラワーが勝った
昭和54年第13回スプリンターズ
ステークスです。
歴史的名馬リボーの血を引くリボッコを
父に持つサニーフラワーは昭和53年の
牝馬クラシック組で同期には桜花賞馬
オヤマテスコ、オークス馬ファイブホープ
エリザベス女王杯馬リードスワロー、
天皇賞を一世一代の大逃げで勝った
プリティキャスト等がいます。
サニーフラワーは旧馬齢3歳の暮れの
阪神でデビューするも2着に敗れましたが
年が明けて4歳になると未勝利戦から
条件特別競走等3連勝を飾り、一躍
有力馬として桜花賞に挑みましたが
オヤマテスコの6着に終わりました。
その後脚部不安を発症し、1年以上の
長期休養を余儀なくされました。
サニーフラワーは古馬になって復帰すると
短距離路線に切り替えて出走。
これが功を奏し、条件戦を2勝して
オープン入りを果たしました。
その後函館記念に参戦しましたが、
さすがに距離が長かったのか、7着に
敗退しました。
秋に入りサニーフラワーは短距離重賞競走
スプリンターズステークスに挑みました。
このレースには骨折という大怪我をして
1年間休養し、前馬未到の3連覇をかけて
カンバックして挑む快速馬メイワキミコや
牝馬クラシックでも活躍した重賞勝ち馬
シーバードパーク、同期のマイエルフ
クラシック候補として活躍したタケデン等
多彩なメンバーが顔を揃えました。
当日は雨で不良馬場となり、シーバード
パークが1番人気に推され、適正距離に
戻ったサニーフラワーが2番人気となり
さすがに休養明けもあってか、注目の
メイワキミコは4番人気にとどまりました。
レースはダービーヒーローとサニー
フラワーが早いペースで逃げ、メイワキミコ
は不良馬場のせいなのか、それとも
骨折の影響なのか、いつものスピードは
無く、中団より後ろからの競馬となり
ました。
第4コーナーでサニーフラワーが先頭に
立ち、追い込んでくるシーバードパークを
おさえ、そのまま逃げ切って優勝を飾り
初重賞制覇を果たしました。
長期休養明けと悪コンディションの中での
競馬となったメイワキミコは、それでも
大外から追い込んで意地の4着に入った
ものの、3連覇はなりませんでした。

今週は中山競馬場でスプリント王決定戦
第57回スプリンターズステークスが
行われます。
主役不在の中で実力馬ナムラクレア
上り馬ジャスパークローネ、堅実な走りを
見せるアグリ、負けても魅力あるメイケイ
エールに注目しています。
今週も全馬の無事を祈りながらレースを
観ます。
先週、4年ぶりに阪神競馬場で行われ
ました秋華賞トライアル ローズステークス
は7番人気のマスクトディーヴァが直線で
一気に抜け出し、JRAレコードで重賞
初制覇を飾りました。
2着には1番人気のブレイディヴェーグ、
3着には5番人気のマラキナイアが入り
以上3頭が秋華賞の優先出走権を獲得
しました。
私が応援していた2番人気のラヴェルは
残念ながら14着に敗れました。

今週は、中山競馬場で伝統の第69回
オールカマーが行われます。
産経賞オールカマーは、出走馬に広く
門戸を開けたレースとして1955年に
創設されました。
1986年から1994年までは「地方競馬
招待競走」として行われていて指定交流
競走が広く行われるようになるまでは中央
競馬では数少ない地方競馬所属馬も
出走できるレースでした。
昭和期において、どこからでも何でも参加
して来いとするサンケイオールカマー競走
ということで、毎年どんな馬が参戦して来る
のか、楽しみにしていました。
思い出のレースは、地方競馬招待競走
として行われ、東海代表として招待された
東海の星、芦毛のヒーロージュサブローが
勝った昭和61年第32回サンケイオール
カマーです。
ジュサブローという名は、当時競走名
としては珍しい名前だと思って印象に
残っています。
ジュサブローは地方競馬の名古屋競馬の
出身で、父は昭和期を代表するステイヤー
種牡馬のシーホークで旧馬齢3歳の
名古屋でデビューし、新馬戦には敗れ
ましたが、3戦目で勝ち上がりました。
4歳時になったジュサブローは5勝を
あげるも、まだ目立つ存在ではありません
でした。
ジュサブローが本格化したのは5歳の
古馬になってからで2月から淡竹の
7連勝を飾り、ついに東海公営競馬の
頂点に立ちました。
当時オールカマーは地方馬にとっては
滅多にない中央の馬に挑戦する機会
でもありました。
またこのレースはジャパンカップの地方
競馬代表決定戦にもなっていて、前年度の
ジャパンカップでは公営の星ロッキー
タイガーが中央の一流馬や外国招待馬を
相手にシンボリルドルフの2着に入る活躍
を見せたことから、ハイセイコー以来となる
地方馬に注目が集まりました。
この年、東海からはジュサブローが招待
され、南関東公営競馬からはテツノカチドキ
カウンテスアップ、ガルダンという南関東の
最強クラスがこぞって出走することになり
ました。
この地方からの出走馬に比べ、この年の
中央からの出走馬は目黒記念馬ビンゴ
チムール、鳴尾記念を勝ったロンスパーク
準オープンのシンボリカール、ラウンド
ボウル等でしたが、例年に比べ小粒の
メンバーであることは否めませんでした。
そのためか5頭の地方所属の招待馬の内
4頭が5番人気までに入るという異例の
状況になりました。
1番人気には地方競馬のテツノカチドキが
推され、ジュサブローは5番人気でレースに
挑みました。
レースは逃げ馬が不在の中、カウンテス
アップがスローペースで逃げ、2番手には
カンテツオー、その直後にスーパーグラ
サードとラウンドボウルが続き、
ジュサブローは5番手、中団にはテツノ
カチドキがいて、中央勢のシンボリカール
ビンゴチムール、ロンスパークは後方から
という展開でレースが進みました。
第3コーナーで早くも仕掛け、勝負に出た
ジュサブローは第4コーナーでカウンテス
アップに並びかけると、直線では一気に
伸びて差を広げ、スタンドからの大歓声
の中、中央のラウンドボウルに3馬身半差
をつけて圧勝。
本当に強い勝ち方で、見事な勝利でした。
1番人気のテツノカチドキは直線で追い
込んで来たものの、3着に敗れました。
東海の希望と言われたジュサブロー、
オールカマーで中央や南関東の最強馬達
を蹴散らして勝利し、ここに芦毛のヒーロー
ジュサブローが誕生しました。

今週は、中山競馬場で伝統の第69回
産経賞オールカマーが行われます。
文句なしの実力馬タイトルホルダー
好調なローシャムパーク、巻き返しを図る
ノースブリッジ、ジェラルディーナに注目
しています。
特にタイトルホルダーは異変を感じた
場合には即座に出走や競走を中止して
欲しいと思います。
今週も全馬の無事を祈りながらレースを
観ます。
先週、98歳になる母が悪化した脊椎の
手術を受けました。
母は今までも50代の頃に胆石の手術
を受け、90歳の時には腰痛と歩行が
困難になってきたため腰部脊柱管狭窄症
の手術を受けて、きちんと歩けるようになり
そしてその8ヶ月後には長年右肩の痛みに
悩まされてきたため、右肩腱板断裂手術を
受け、見事に克服しました。
そしてその1年後にはお風呂で転んで
肋骨にひびが入って緊急搬送されて入院。
そして94歳の時は電解質異常による
心不全を起こして入院するも無事に退院。
ここ4年間は元気に過ごしていました。
しかし、98歳になったこの年、2月頃から
首から肩背中にかけての痛みを訴え、
5月になると痛みや痺れが激しくなってきた
ため、整形外科クリニックで診てもらった
ところ、頚椎が悪く、手術が必要なレベルと
診断されました。
先生からは以前に心不全を起こして
いるので総合病院で手術を受けた方が
良いとのことで国立病院に紹介状を
書いてもらいました。
その後も症状は悪化化の一途をたどり
右手、右足の痺れや麻痺が進み、
歩行も困難になってきました。
国立病院での検査の結果は、頚椎症性
脊髄症、頚椎偽腫瘍、環軸椎亜脱臼で
98歳という高齢ですが手術をしてもらえる
ことになりました。
術式は頸椎後方除圧固定術 手術部位は
頭蓋骨から頚椎、更に腸骨を削って移植
するため、4時間30分にわたる手術になる
とのことでした。
医者から診ても手術箇所が頭蓋骨付近
という難しい手術であり、神経や血管、
呼吸虫垂もあってちょっとでも傷つければ
全身麻痺や自立呼吸ができなくなるなど
植物人間になる危険もあるとの説明を
受けました。
今まで高齢で多くの手術を克服し、98歳
になっても元気だった母でも過酷な手術
になることは予想されました。
それでも母は頑張り、手術は成功し、
術後ICUで面会しましたが、無意識だった
ようですが、痛い、苦しいを言い続け、
見ていても可愛そうになりました。
病棟に移ってからも首や腰が痛いらしく
また指先や足も思うように動けない中、
いくらブザーで呼んでも看護師も忙しい
ためかなかなか来てもらえず、看護師に
よっては冷たく対応をとる人もいるとの
ことで本当に辛いと言っています。
特に夜は嫌で、面会のたびごとに
また地獄の夜が来ると言っています。
何でこうなる前に死ねなかったのか、
早く死んでしまいたかった
こんな辛い思いをしてまで生きていたくない
と毎日、何回も言い続けていて、看病して
いる私たち家族も励ますことしかできず
本当に辛いです。
確かに98歳になって全身麻酔での頚椎の
手術は過酷で辛いと思います。
98歳まで生きて、こんな辛い思いをする
なら、その前に死にたかったという母の
気持ちが痛いほどよくわかります。
昔、私は長生きしたいと思い、健康に
気を付けてきましたが、母の姿を見て
本当に長生きは幸せなのかと思うように
なってしまいました。
生きたくても生きられない人もいれば
母のように早く死んでいれば良かったと
いう人もいて、本当に心が苦しいです。
1週間後には母はレハビリテーション病院
に転院となるようですが、今は母の症状の
回復と元気に自宅に戻ってきてくれることを
願いながら、全力でサポートして行こうと
思っています。

