先週、98歳になる母が悪化した脊椎の

手術を受けました。

母は今までも50代の頃に胆石の手術

を受け、90歳の時には腰痛と歩行が

困難になってきたため腰部脊柱管狭窄症

の手術を受けて、きちんと歩けるようになり

そしてその8ヶ月後には長年右肩の痛みに

悩まされてきたため、右肩腱板断裂手術を

受け、見事に克服しました。

 

そしてその1年後にはお風呂で転んで

肋骨にひびが入って緊急搬送されて入院。

そして94歳の時は電解質異常による

心不全を起こして入院するも無事に退院。

ここ4年間は元気に過ごしていました。

しかし、98歳になったこの年、2月頃から

首から肩背中にかけての痛みを訴え、

5月になると痛みや痺れが激しくなってきた

ため、整形外科クリニックで診てもらった

ところ、頚椎が悪く、手術が必要なレベルと

診断されました。

 

先生からは以前に心不全を起こして

いるので総合病院で手術を受けた方が

良いとのことで国立病院に紹介状を

書いてもらいました。

その後も症状は悪化化の一途をたどり

右手、右足の痺れや麻痺が進み、

歩行も困難になってきました。

国立病院での検査の結果は、頚椎症性

脊髄症、頚椎偽腫瘍、環軸椎亜脱臼で

98歳という高齢ですが手術をしてもらえる

ことになりました。

術式は頸椎後方除圧固定術 手術部位は

頭蓋骨から頚椎、更に腸骨を削って移植

するため、4時間30分にわたる手術になる

とのことでした。

医者から診ても手術箇所が頭蓋骨付近

という難しい手術であり、神経や血管、

呼吸虫垂もあってちょっとでも傷つければ

全身麻痺や自立呼吸ができなくなるなど

植物人間になる危険もあるとの説明を

受けました。

今まで高齢で多くの手術を克服し、98歳

になっても元気だった母でも過酷な手術

になることは予想されました。

 

それでも母は頑張り、手術は成功し、

術後ICUで面会しましたが、無意識だった

ようですが、痛い、苦しいを言い続け、

見ていても可愛そうになりました。

 

病棟に移ってからも首や腰が痛いらしく

また指先や足も思うように動けない中、

いくらブザーで呼んでも看護師も忙しい

ためかなかなか来てもらえず、看護師に

よっては冷たく対応をとる人もいるとの

ことで本当に辛いと言っています。

特に夜は嫌で、面会のたびごとに

また地獄の夜が来ると言っています。

 

何でこうなる前に死ねなかったのか、

早く死んでしまいたかった

こんな辛い思いをしてまで生きていたくない

と毎日、何回も言い続けていて、看病して

いる私たち家族も励ますことしかできず

本当に辛いです。

 

確かに98歳になって全身麻酔での頚椎の

手術は過酷で辛いと思います。

98歳まで生きて、こんな辛い思いをする

なら、その前に死にたかったという母の

気持ちが痛いほどよくわかります。

 

昔、私は長生きしたいと思い、健康に

気を付けてきましたが、母の姿を見て

本当に長生きは幸せなのかと思うように

なってしまいました。

生きたくても生きられない人もいれば

母のように早く死んでいれば良かったと

いう人もいて、本当に心が苦しいです。

 

1週間後には母はレハビリテーション病院

に転院となるようですが、今は母の症状の

回復と元気に自宅に戻ってきてくれることを

願いながら、全力でサポートして行こうと

思っています。

先週、中山競馬場で行われました秋初戦

京成杯オータムハンデキャップは

2番人気のソウルラッシュが直線に入って

鋭く伸びて、ゴール前でウイングレイテスト

を差し切って優勝。

2022年読売マイラーズC以来となる

重賞2勝目を挙げました。

2着には5番人気のウイングレイテスト、

3着には8番人気のミスニューヨークが入り

1番人気のインダストリアは7着に敗れ

ました。

今週は、阪神競馬場で秋華賞トライアル

第41回ローズステークスが行われます。

 

ローズステークスは、1983年に当時

牝馬三冠最終戦のエリザベス女王杯の

トライアルレースとして創設されました。

1996年に秋華賞が創設されるとローズ

ステークスは秋華賞のトライアルレースと

位置づけられ、現在に至っています。

それまでは牝馬三冠路線の最終戦いう

位置づけで1970年に創設された

ビクトリアカップの前哨戦として1966年に

4歳(現3歳)以上の牝馬による重賞競走

として創設された京都牝馬特別(現京都

牝馬ステークス)がトライアル的なレースと

なっていました。

 

思い出の馬は、私が大好きだった

アローエクスプレスの孫にあたり、

美しき無冠の女王、シヨノロマンです。

 

シヨノロマンは昭和最後となった昭和63年

の牝馬クラシック組で同期には同厩舎で

トウショウボーイの仔桜花賞馬アラホウトク

オークス馬コスモドリーム、タマモクロスを

兄に持つカブラヤオーの仔でエリザベス

女王杯を勝ったミヤマポピー等がいます。

 

旧馬齢4歳の2月の京都でデビューした

シヨノロマンは新馬戦を圧勝、その後も

特別競走を連勝して3連勝し、桜花賞に

参戦しました。

この桜花賞には同厩舎のアラホウトク

トライアルを勝ったスカーレットリボンや

3連勝中のスイートローザンヌ等が出走

しました。

スタートして先行したシヨノロマンは直線で

先頭に立ち、このまま押し切るかと思われ

ましたがゴール前で同厩舎のアラホウトク

に交わされて2着に敗れました。

その後、オークスを目指して東上し、

トライアル競走を2着してオークスに挑み

ましたが、直線での伸びが見られず、

伏兵のコスモドリームの5着に敗れて

しまいました。

 

そして秋を迎え、当時の牝馬クラシック

三冠目のエリザベス女王杯を目指し、

トライアル競走ローズステークスに参戦、

これまでの実績により、アラホウトクに続く

2番人気に推されました。

レースは、リキアイノーザンが軽快に

逃げる中、シヨノロマンは3、4番手を

進み、直線でホロトアイフルが一気に

先頭に立ちましたが、外からシヨノロマンが

鋭く伸びてゴール前でホロトアイフルを

差し切って、ついに重賞初制覇を果たし、

エリザベス女王杯に向けて好発進しました。

そして本番のエリザベス女王杯でシヨノ

ロマンは当時存在した短枠指定となり、

当日も堂々の1番人気となりましたが、

レース前に怪我をしてしまったことで

不安を抱えた中での出走となりました。

 

レースはキャッチミーが逃げる中、シヨノ

ロマンは4番手を進み、アラホウトクと

ミヤマポピーは後方からというレース展開

になりました。

直線に入って2番手で先行していた

マチカネイトハンが先頭に立ちましたが、

馬場の真ん中から伸びたシヨノロマンが

マチカネイトハンを交わして先頭に立ち、

このまま押し切り、今度こそ念願の牝馬

クラシック初制覇かと思われましたが、

ミヤマポピーが外から急襲し、ゴール前で

シヨノロマンをハナ差捉えて優勝。

結局、シヨノロマンにクラシックの女神は

微笑むことはありませんでした。

年が明けて古馬になったシヨノロマンは

初戦のシルクロードSを58キロの斤量を

背負いながらも勝ち、続く宝塚記念では

さすがに9着に終わったものの、次の

高松宮杯ではメジロアルダンの3着に

入る等、牡馬に交じりながらも善戦しました。

秋に入って初戦の朝日チャレンジCでは

単枠指定の1番人気におされましたが、

レース中に心房細動を発症して最下位に

終わったものの、次に出走した名古屋市制

100周年記念では、東海地区のレコード

タイムを更新して優勝を飾り、健在ぶりを

示しました。

その後マイルチャンピオンシップの10着を

最後に引退し、繁殖入りしました。

 

シヨノロマンは合計7頭の産駒を輩出し、

その中で、初仔のツキノロマンが

スイートピーSで2着に入り、オークスにも

出走する等、活躍しました。

あと一歩のところでヒロインの座を射止める

ことが出来なかった美しき無冠の女王シヨノ

ロマン、記録より記憶に残る名牝だったと

思います。

記録によりますとシヨノロマンは

2013年3月2日、28年の生涯を終え

天国に旅立ったとのことです。

 

今週は、阪神競馬場で秋華賞トライアル

第41回ローズステークスが行われます。

性格も可愛いラヴェル、実力馬ソーダズ

リング、ブレイディヴェーグ、コンクシェルに

注目しています。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを

観ます。

先週、新潟競馬場で行われました夏の

新潟競馬のフィナーレを飾る第59回

新潟記念は日本ダービー5着の2番人気

ノッキングポイントが直線で抜け出して

勝ち、重賞初制覇を果たしました。

2着には8歳馬で7番人気のユーキャン

スマイル、3着には10番人気のインプレス

が入り、1番人気のサリエラは7着に敗れ

ました。

 

夏競馬が終了し、今週からはいよいよ舞台

を中央に移して秋競馬がスタートします。

今週は中山競馬場で第68回京成杯

オータムハンデキャップが行われます。

 

京成杯オータムハンデキャップは1956年

に創設された4歳(現3歳)以上の競走馬

による重賞競走で、競走名は創設当初は

オータムハンデキャップでしたが1959年

より京王杯オータムハンデキャップに

改称され、更に1998年からは京成杯

オータムハンデキャップに改称されて

現在に至っています。

昭和期においては、関東での古馬戦線で

の秋初戦の重賞レースというイメージが

強かったのですが、1998年からは名称も

変更になり、距離も1984年からは

1,600mに変わる等、現在ではマイル

戦線での秋初戦のレースという位置づけ

になっています。

 

思い出のレースは、華麗なる姉妹として

優駿牝馬(オークス)を制したナスノチグサ

が優勝した、まだ旧名称だった昭和50年

第20回京王杯オータムハンデキャップ

です。

 

ナスノチグサの父パーソロンは昭和期を

代表する万能型種牡馬で数多くの優駿を

この世に誕生させてくれました。

そして姉には、昭和46年の桜花賞馬

ナスノカオリがいます。

ナスノチグサは怪物ハイセイコーブームで

沸いた昭和48年のクラシック組で同期

には牝馬クラシック二冠馬ニットウチドリや

レデースポート、キシュウローレル、

ケイリュウシンゲキ等がいます。

 

ナスノチグサは旧馬齢3歳の東京で

デビューすると新馬戦圧勝、続くオープン

競走も勝って連勝し、その後も府中3歳Sを

レコードタイムで勝つ等、3歳シーズンを

7戦5勝2着2回という好成績で終え、一躍

牝馬クラシック候補に躍り出ました。

しかし、気性面の関係から桜花賞に

は向かわず、目標をオークス1本に切り

替え、この判断が功を奏し、桜花賞馬

ニットウチドリやレデースポートをやぶって

優勝し、樫の女王に輝きました。

人気を分け合う形となりました。

そして、オークスで10着に敗れた姉ナスノ

カオリの雪辱を見事に果たしました。

秋に入り、当時の牝馬クラシック三冠目の

ビクトリアCに挑みましたが、ニットウチドリ

の巻き返しにあって、2着に敗れてしまい

ました。

牝馬クラシック戦線では主役だったナスノ

チグサでしたが、当時まだ牝馬路線などの

レース体系の整備がされていなかったため

古馬になってからの牡馬との混合レース

では苦戦を強いられ、低迷が続きました。

しかし、陣営がローカル路線に切り替えて

挑んだ新潟記念で1年3ヶ月ぶり、それも

レコードタイムでの優勝という、まるで

今までのうっぷんを晴らすかのような

見事な勝利でした。

しかし、その後も牡馬との重賞レースでは

善戦するも勝つまでには至りませんでした。

年が明けて6歳になったナスノチグサは、

現役を続行し、前年同様に春シーズンは

不振でしたが、安田記念を3着とし、夏の

関屋記念、新潟記念を続けて3着になる等

ようやく復調の兆しを見せ、秋初戦の

当時の京王杯AHに挑みました。

このレースには天皇賞馬イチフジイサミや

前年の覇者超音速スガノホマレ、快速馬

ファイブワン、牝馬クラシック二冠馬トウコウ

エルザ等が、個性あふれる実力馬が顔を

揃えました。

レースはブルームーンが逃げ、そのうしろ

からファイブワン、ミホノフォードが続き、

スガノホマレ、ナスノチグサは中団、

イチフジイサミ、トウコウエルザは後方から

という展開でレースが進みました。

直線に入って、逃げ粘るブルームーンを

ファイブワンが内から伸びて交わし、

その後からナスノチグサ、トウコウエルザ、

スガノホマレが追い込んで大接戦となり

ましたが、最後はナスノチグサとトウコウ

エルザの新旧オークス馬対決となって

叩き合いを演じ、最後は首差という接戦で

ナスノチグサが先輩優駿牝馬(オークス)

としての意地を見せ、優勝を飾りました。

しかし、この勝利がナスノチグサにとっての

現役最後の勝利となりました。

この年の暮れの有馬記念12着を最後に

引退し、生まれ故郷の那須野牧場に帰り、

繁殖牝馬となりました。

繁殖生活を終えた後は、母のナスノホシ、

姉のナスノカオリと共に那須野牧場で

余生を送っていましたが、2001年3月5日

老衰のため31年の生涯を終え、母ナスノ

ホシ、姉ナスノカオリが待つ天国へと

旅立って行きました。

 

今週は、中山競馬場で秋競馬の重賞初戦

第68回京成杯AHが行われます。

良血ラインベック、実力馬ソウルラッシュ

巻き返しを図るインダストリア、ウイン

グレイテストに注目しています。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを

観ます。