ハイセイコーのブログ -44ページ目
先週、阪神競馬場で行われました第75回
朝日杯フューチュリティステークスは
1番人気のジャンタルマンタルが道中、
中団を進み、直線に入ると内から力強く
抜け出して優勝。
新馬戦、デイリー杯2歳ステークスからの
3連勝で同世代牡馬最初のGⅠタイトルを
手にしました。
2着には大外から追い込んだ4番人気の
武豊騎乗のエコロヴァルツ、3着には
ただ1頭の牝馬だった5番人気のタガノ
エルピーダが入り、2番人気に推された
シュトラウスは10着に敗れました。

今週は、中山競馬場で今年の競馬を
締めくくるドリームレース、第68回
有馬記念が行われます。
有馬記念は、1955年当時の日本中央
競馬会理事長であった有馬頼寧氏が
中山競馬場の新スタンド竣工を機に
暮れの中山競馬場で日本ダービーに
匹敵する大レースを行いたいと提案し
当時としては他に類を見ないファン投票で
出走馬を選出する方式が採用され、
1956年(昭和31年)に最初は中山
グランプリの名称で創設されました。
しかし、第1回中山グランプリの興奮も
冷めやらぬ1957年1月に創設者である
有馬理事長が急逝してしまいました。
これまでの有馬氏の多大な功績を称える
ため、第2回開催から有馬氏の名前を
とって有馬記念に名称を変更し、これ以来
中央競馬の一年を締めくくるレースとして、
そしてファンが自ら投票して選んだ名馬達
による日本一決定戦というドリームレース
として定着し、現在行われています。
思い出の馬は、昭和50年第20回優勝馬
イシノアラシです。
イシノアラシは昭和50年のクラシック組で
同期には二冠馬カブラヤオー、天皇賞馬
エリモジョージ、菊花賞馬コクサイプリンス
関西の両雄ロングファスト、ロングホーク
ハーバーヤング、ファイブワン等がいます。
イシノアラシはデビューが遅く、旧馬齢4歳
1月の東京の新馬戦でデビューし、初戦は
4着に敗退しました。
当時の1月のレースは芝を保護するため、
ダート戦が多く、また新馬・未勝利戦は
短距離戦がほとんどで、芝や長距離で
力を発揮する馬は、実力のある馬でない
限り、苦戦を強いられました。
ステイヤー系種牡馬マロットを父に持つ
イシノアラシは当然苦戦を強いられました。
5戦目でようやく初勝利を挙げたイシノ
アラシは春の福島開催に参戦し、特別
競走を連勝して3勝目を挙げ、何とか
ダービーへの出走権を獲得しました。
ダービーでは10番人気となり、人気は
無かったものの、それでも皐月賞を制し、
ダービーでも常識を超えた狂気の逃げで
優勝を飾ったカブラヤオーの5着に入る
大健闘を見せました。
しかし、三冠馬を目の前にして二冠馬
カブラヤオーは、その後故障を発症し、
戦線を離脱してしまいました。
イシノアラシは夏を休養し、菊花賞を
目指して秋の条件競走からスタートを
切りましたが、2戦連続で敗れてしまい、
それでも菊花賞への出走を目指して、
格上のセントライト記念に参戦すると、
ダービー3着のハーバーヤングや後の
菊花賞馬コクサイプリンスをやぶって
優勝し、菊花賞への参戦が決まりました。

西下してまさに昭和47年のイシノヒカルを
再現するかのようにオープン競走に勝った
イシノアラシは得意とする長距離戦という
こともあってか、菊花賞で1番人気に
推されました。
カブラヤオー不在で行われた菊花賞は
トップジローの逃げで始まり、コクサイ
プリンスは4番手から、イシノアラシは
後方からの競馬となりました。
第3コーナーでコクサイプリンスが先頭に
立つと、イシノアラシも一気に仕掛けて
直線へ。
直線でコクサイプリンスが抜け出して先頭
に立ち、追い込んでくるロングファストや
ハーバーヤングをおさえて優勝。
イシノアラシも外から懸命に追い込み
ましたが、4着に敗れ、先輩イシノヒカルの
再現はなりませんでした。

そして、菊花賞の雪辱を期して4歳馬として
ただ1頭、有馬記念に参戦を決めました。
このレースには、秋の天皇賞を制した
フジノパーシア、休み明けの二冠馬
キタノカチドキとそのライバルのカーネル
シンボリ、オークス馬ナスノチグサと
トウコウエルザ、白い逃亡者ホワイト
フォンテン、米国帰りのツキサムホマレ
野武士ヤマブキオー、ローカルの鬼
ノボルトウコウ、天皇賞1番人気での
敗退の雪辱を期すキクノオー等、
グランプリレース、日本一決定戦に
相応しい豪華メンバーが揃いました。
1番人気は秋の天皇賞を制したフジノ
パーシアで2番人気は長期休養明けの
キタノカチドキ、3番人気には復調した
カーネルシンボリが推され、イシノアラシは
7番人気での出走となりました。
スタートすると大方の予想どおりホワイト
フォンテンが逃げ、スズタカツバサ、
ツキサムホマレが先行集団を形成し、
その後からフジノパーシアが追走、
キタノカチドキとカーネルシンボリは
中団から進み、イシノアラシ、キクノオー
ヤマブキオー、ノボルトウコウは後方から
という展開でレースが進みました。
第3コーナーでフジノパーシアが仕掛けると
後続馬も一斉に仕掛け、第4コーナーで
フジノパーシアがホワイトフォンテンに
並びかけて直線の勝負へ。
直線に入ってフジノパーシアが先頭に
立ち、スズタカツバサとツキサムホマレが
懸命に追い込む中、馬群をぬってイシノ
アラシが先輩イシノヒカルを彷彿させる
豪脚で一気にフジノパーシアを
差し切って優勝。
第20代グランプリホースに輝きました。
当時の4歳馬の優勝は奇しくも同じ馬主の
イシノヒカル以来、有馬記念史上3年ぶり
3頭目ということになりました。

年が明けて古馬となったイシノアラシは、
今後の活躍が期待されましたが、5歳時は
11戦して常に人気を背負いながらも、
なかなか勝ち星には恵まれず、目立った
成績としては、春と秋の目黒記念での2着
春の天皇賞での3着とオープン競走での
1勝ぐらいでした。
6歳になったイシノアラシは復活を目指して
現役を続行したものの、4戦して勝つことは
できず、テンポイントが勝った春の天皇賞
での8着を最後に二度と競馬場に姿を現す
ことはありませんでした。
7歳で現役を引退したイシノアラシは
1979年から青森県で種牡馬になり
ましたが、内国産種牡馬不遇の時代
であり、引退の時機も逸したためか、
種牡馬として全く人気はなく、産駒も
3頭しか残すことは出来ませんでした。
記録によりますと
1981年に種牡馬を引退すると、同年
11月に10歳で亡くなったとのことです。
死因については不明で、種牡馬を引退した
同じ年に亡くなったことから、本当に天寿を
全うできたのか、疑問が残ります。
今週は中山競馬場で今年のクライマックス
第68回有馬記念が行われます。
イクイノックスが引退したのは残念ですが
今年も名馬達による共演の中、
ドウデュース、スルーセブンシーズ
ジャスティンパレス、スターズオンアースに
注目しています。
今年を締めくくる大一番、今週も全馬の
無事を祈りながらレースを観ます。
先週、阪神競馬場で行われました2歳女王
決定戦第75回阪神ジュベナイルフィリーズ
は道中、中団でレースを進めた3番人気の
アスコリピチェーノが、直線で力強く抜け
出し、追い込んで来たステレンボッシュと
コラソンビートをおさえ新潟2歳ステークス
に続いて重賞連勝と共に無傷の3連勝で
今年の2歳女王に輝きました。
2着には5番人気ステレンボッシュ、
3着には2番人気コラソンビートが入り、
1番人気のサフィラは4着に敗れました。

今週は、またまた阪神競馬場で第75回
朝日杯フューチュリティステークスが
行われます。
1949年関東地区3歳(現2歳)馬のチャン
ピオン決定戦として朝日杯3歳ステークス
が創設されました。
2001年から名称を朝日フューチュリティ
ステークスと変更し、2013年までは中山
競馬場で行われていましたが、2014年
からは舞台を阪神競馬場に移して
行われています。
昭和期に暮れの中山競馬場での朝日杯
3歳ステークスとして見て来た私としては
2週連続で牡馬牝馬の2歳馬チャンピオン
決定戦が大人の事情とはいえ、関西地区
で行われることやその代わりとして
昭和59年に関西で行われるGⅢ競走
として新設され、平成29年よりGⅠ競走
となって現在は中山で行われている
ホープフルステークスもある等、未だに
違和感があるレース体系です。
私の思い出のレースはボールドシンボリが
勝った旧名称の第27回朝日杯3歳
ステークスです。
ボールドシンボリは歴史的名馬スピード
シンボリや三冠馬シンボリルドルフ、
有馬記念と天皇賞を二連覇したシンボリ
クリスエス、ダービー馬シリウスシンボリ等
数多くの名馬を輩出したシンボリ牧場の
生産馬で、同期にはTTG時代と言われた
天馬トウショウボーイ、貴公子テンポイント
菊花賞、天皇賞、有馬記念を制した
グリーングラス、ダービー馬クライム
カイザー、元祖外車スピリットスワプス等が
います。
ボールドシンボリは旧馬齢3歳秋の中山で
デビューし、新馬戦を圧勝すると続く特別
競走と3歳オープン競走をレコードタイムで
圧勝する等、非凡なスピードを披露し、
一躍関東のクラシック候補に躍り出ました。
そして迎えた関東3歳チャンピオン決定戦
当時の朝日杯3歳ステークスに駒を進め
ました。
このレースには歴史的名馬スワップスの仔
で新馬戦から府中3歳ステークスまで
圧倒的な強さで4連勝して外国産馬の
強さを見せつけ、日本の馬産地を震え
上がらせた元祖外車スピリットスワプス、
後のダービー馬クライムカイザー、
デビューから3連勝して主役を狙うフェア
スポート、函館3歳ステークスの覇者
イナリニウドー等、3歳ナンバーワン
決定戦に相応しい精鋭達が顔を揃え
ました。
圧倒的1番人気はスピリットスワプス
2番人気にはフェアスポートが推され、
3連勝中だったボールドシンボリは6番
人気と低評価でした。
レースは不良馬場の中、スタートすると
予想どおりスピリットスワプスが飛び出し
先頭に立って逃げようとするところ、
好スタートを切ったボールドシンボリが
果敢にスピリットスワプスに競りかけ、
2頭による先頭争いが行われました。
この2頭の後ろからはフェアスポートが
続き、クライムカイザーは中団からという
レース展開となりました。
第3コーナーでフェアスポートとクライム
カイザーが仕掛けて2頭との差をつめる中
ボールドシンボリとスピリットスワプスが
競り合ったまま直線の勝負へ。
スピリットスワプスが内をついて先頭に
立ちましたが、外をついたボールド
シンボリがスピリットスワプスを交わして
半馬身抜け出して優勝。
無敗のまま関東の3歳チャンピオンに輝き
ました。
しかし、朝日杯と同日に行われた阪神3歳
ステークスでのテンポイントの勝ち方が
あまりにも衝撃的だったため、最優秀
3歳牡馬のタイトルはテンポイントに
譲ることになってしまいました。
その後、4歳になって弥生賞を2着として
春のクラシック戦での活躍が期待され
ましたが、4歳の1月に彗星のごとく関東に
現れ、後に天馬と呼ばれたトウショウ
ボーイの登場でクラシック戦線の様相は
一気に変わっていきました。
ボールドシンボリも関東3歳チャンピオンの
意地を見せるべく、春のクラシック戦線に
参戦し、皐月賞は4着と健闘しましたが、
日本ダービーは18着に終わりました。


今週は阪神競馬場で伝統の第75回
朝日杯フューチュリティステークスが
行われます。
ダノンマッキンリー、ジャンタルマンタル
セットアップ、オ―サムストロークに
注目しています。
今週も全馬の無事を祈りながらレースを
観ます。
先週、中京競馬場で行われました第24回
チャンピオンズカップは1番人気のレモン
ポップが大外15番枠からのスタートして
一気に先頭に立って逃げ、最後の直線でも
スピードが落ちることなく、大外、初距離
初コースを克服し、そのまま逃げ切って
優勝を飾りました。
2着には直線で猛然と追い込んで来た
12番人気のウィルソンテソーロ、3着には
9番人気のドゥラエレーデが入りました。

今週は、阪神競馬場で第75回阪神
ジュベナイルフィリーズが行われます。
1949年、関西所属の旧3歳馬による
チャンピオン決定戦として阪神ジュベ
ナイルフィリーズの前身となる阪神3歳
ステークスが創設されました。
その後1991年より牡馬・牝馬の旧3歳馬
のチャンピオン決定戦を明確にすることを
目的に阪神3歳ステークスは牝馬限定戦
とし、競走名も阪神3歳牝馬ステークスに
変更され、旧3歳牝馬によるチャンピオン
決定戦として位置づけられました。
2001年からは馬齢表記が国際基準に
改められたことに伴い、現在の阪神
ジュベナイルフィリーズの名称になり、
今日に到っています。
歴代優勝馬からはクラシックや重賞
勝ち馬が多く出ており、3歳のクラシックに
直結する競走として重要視されています。
思い出の馬は、尾花栗毛の派手な
ルックスでファンを魅了した昭和61年
第38回優勝馬ゴールドシチーです。
ゴールドシチーは昭和62年のクラシック組
で、同期には皐月賞、菊花賞の二冠を
制したサクラスターオー、ダービー馬
メリーナイスや悲運に散ったマティリアル
天皇賞馬タマモクロス、ホクトヘリオス等
がいます。
ゴールドシチーは旧馬齢3歳の夏の札幌で
デビューし、新馬戦2戦とも敗れましたが、
3戦目の未勝利戦で初勝利をあげました。
その後、格上の札幌3歳ステークスに挑戦
すると、2着と健闘。
続くオープン特別に勝って、当時の関西
3歳ナンバーワン決定戦、旧名称の阪神
3歳ステークスに駒を進めました。
1番人気は5戦3勝のサンキンハヤテで
ゴールドシチーは3番人気に推されました。
スタートしてメイショウマツカゼが逃げる中
ゴールドシチーは気性の悪さを出しながら
メイショウマツカゼと競り合う展開に。
第4コーナーから直線に入ってゴールド
シチーが先頭に立つと外からサンキン
ハヤテとファンドリスキーの2頭が追い
込んで、3頭が横一線となってゴールに
入線。
写真判定の結果、ゴールドシチーが
アタマ差サンキンハヤテをおさえて優勝。
初のGⅠ制覇となり、関西のクラシック
候補に躍り出ました。
しかし、この勝利がゴールドシチーにとって
最後の勝利になるとは、この時誰が思った
でしょうか。

年が明けて4歳になったゴールドシチーは
東上してスプリングステークスに参戦
しましたが、関東のクラシック候補
マティリアルの前に6着に敗れました。
そして迎えたクラシック第一冠目の
皐月賞では11番人気という低評価を
跳ねのけ、サクラスターオーの2着と
大健闘しました。

続く第二冠目の日本ダービーでは最有力
候補だった皐月賞馬サクラスターオーが
ダービー直前に両前脚に繋靱帯炎を
発症して戦線離脱しまったため、一転して
ダービーが混戦模様となる中、ゴールド
シチーは皐月賞2着の実績から、当日は
マティリアルに次ぐ2番人気に支持され
ました。
しかし、レース中に気性の悪さを出して
しまい、直線で後方から鋭く追い込んだ
ものの、4番人気メリーナイスが圧勝する中
4着に敗退してしまいました。

秋になり、クラシック第三冠目菊花賞を
目指して始動したゴールドシチーは
神戸新聞杯で復帰するも3着に終わり
続く菊花賞トライアル京都新聞杯では
スタート直後に悪癖を出して外へ斜行して
他馬を転倒させたため、3着に入線するも
失格処分となってしまいました。
そして迎えたクラシック最終戦菊花賞、
失格後だったにも関わらずゴールドシチー
は2番人気に支持されました。
レースで好位につけたゴールドシチー
でしたが、直線に入って内をついたサクラ
スターオーが鋭く伸びて先頭に立つと、
追い込んで来たゴールドシチーを半馬身
おさえて優勝。
「菊の季節に桜が満開」という杉本アナの
名実況を生むことになりました。
ゴールドシチーは菊花賞でも善戦むなしく
敗れ、結局クラシック制覇はなりません
でした。

年が明けて古馬になったゴールドシチーは
活躍が期待されましたが、5歳と6歳で
7戦し、天皇賞春5着、京都大賞典と産経
大阪杯での3着等、善戦はしたものの、
勝つまでには至りませんでした。
そして、6歳での宝塚記念で10着を最後に
引退し、引退後は日本中央競馬会が
所有する宮崎競馬場(後のJRA宮崎
育成牧場)で乗用馬として供用されました。
しかし、生来の気性の激しさが災いし
他馬と馴染むことができず、乗用馬として
期待に応えることは出来ませんでした。
記録によりますと
引退から約1年後の1990年5月1日、
宮崎競馬場で暮らしていたゴールドシチー
に突然異変が起こり、放牧場でゴールド
シチーが右前脚を浮かせた状態で立って
いるところを発見され、獣医師により応急
処置が施されましたが、翌2日のレント
ゲン撮影の結果、右前腕骨骨折ということ
が分かり、予後不良と診断され、安楽死の
措置がとられました。
新天地に来てまだ半年で、7歳という
若さでゴールドシチーは短い生涯に幕を
閉じました。
今週は、阪神競馬場で第75回阪神
ジュベナイルフィリーズが行われます。
ボンドガール、コラソンビート、キャット
ファイト、ルシフェルに注目しています。
今週も全馬の無事を祈りながらレースを
観ます。

