ハイセイコーのブログ -19ページ目
昨日、中山競馬場で行われました皐月賞
トライアル、第74回スプリングステークスは
2番人気のピコチャンブラックが、早めに
仕掛けて先頭に立ち、直線でも先頭を
譲らず、そのまま押し切って勝ち、重賞
初勝利を飾りました。
2着には7番人気のフクノブルーレイクが
入り、新馬戦以来8ヶ月ぶりのレースと
なった1番人気のキングスコールは3着に
終わりました。

今週は阪神競馬場で伝統の第72回
阪神大賞典が行われます。
阪神大賞典は1953年に4歳(現3歳)
以上の馬による重賞競走として
創設されました。
創設当初は阪神競馬場の芝2000mで
行われ、その後距離は幾度かの変遷を
経て、1974年より芝3000mで定着
しました。
創設以来、暮れの阪神開催を飾る
名物レースとして親しまれましたが、
1987年から春の阪神開催に移されて
5歳(現4歳)以上の馬による競走となり
天皇賞(春)の前哨戦として位置づけられ
ました。
思い出の馬は、西の若武者と言われた
ディクタボーイです。
ディクタボーイは、ハイセイコー世代の
昭和48年のクラシック組で同期には
ハイセイコーをはじめ、ダービー馬
タケホープ、天皇賞馬イチフジイサミや
カミノテシオ、ホウシュウエイト、ユウシオ
シルバーランド、クリオンワード等の重賞
勝ち馬がいます。
ディクタボーイは旧馬齢3歳秋の京都の
新馬戦でデビューし、初戦は2着に敗れた
ものの、2戦目の新馬戦で初勝利を
挙げました。
続く条件特別を2着とした後、格上となる
当時の関西3歳チャンピオン決定戦となる
阪神3歳ステークスに挑みましたが、
快速馬キシュウローレルの前に3着に
終わりました。
年が明けて4歳になったディクタボーイは
シンザン記念に参戦。
このレースには、新馬戦を快勝した
ホウシュウエイトやハクサンホマレ、
アマツカゼ等が出走しました。
レースはキネヤタイヨウが逃げる中
ハクサンホマレとアマツカゼが先行し
その後ろから1番人気のホウシュウエイトが
続き、そのホウシュウエイトをマークする
ようにディクタボーイが進みました。
第4コーナーでホウシュウエイトと
ディクタボーイが先頭との差を詰めて
直線の勝負へ。
直線に入って各馬横一線となる中、内から
アマツカゼ、真ん中からハクサンホマレ、
外からホウシュウエイトとディクタボーイが
追い込み、最後はディクタボーイと
ホウシュウエイトが激しい競り合いと7
なりましたが、ディクタボーイがホウシュウ
エイトを振り切って勝ち、初重賞制覇を
飾りました。

しかし、続くきさらぎ賞ではクリオンワードに
僅か及ばず2着に惜敗しました。
その後、ディクタボーイはホウシュウエイト
と共に関西のクラシック候補として怪物
ハイセイコーに挑むべく、東上しました。
しかし、この年は怪物ハイセイコーの
出現で日本中が大いに盛り上がり、
競馬史上に残る競馬ブームが沸き起こって
いました。
そんな中で、関西の期待の星として
クラシック戦線に挑んだディクタボーイ
でしたが、ハイセイコーの前にスプリング
ステークス7着、皐月賞14着、NHK杯3着
と敗れ、日本ダービーでもタケホープの
8着に終わりました。
夏を無事に過ごしたディクタボーイでしたが
秋初戦の朝日チャレンジカップは9着に
敗れ、続く当時の菊花賞トライアル京都
新聞杯でも12着に大敗し、本番の
クラシック最終戦の菊花賞ではタケホープ
の6着に善戦したものの、結局クラシックは
無冠に終わりました。
その後、ディクタボーイはオープン競走を
2着とした後、当時は暮れの阪神開催を
飾る大一番だった阪神大賞典に挑みました。
このレースには同期のホウシュウエイト
トーヨーチカラ、イーストリバーや秋の
天皇賞で2着に入ったミリオンパラ等が
出走し、1番人気はホウシュウエイトで
ディクタボーイは5番人気に支持され
ました。
レースはメトロオーカンが逃げ、ホウシュウ
エイトは5番手を進み、ディクタボーイは
中団、ミリオンパラは後方からという展開に
なりました。
第3コーナーから第4コーナーでホウシュウ
エイトが仕掛けて3番手から2番手に上がり
それを見るようにディクタボーイも仕掛けて
直線の勝負へ。
直線に入ってメトロオーカンを捉えた
ホウシュウエイトが先頭に立つと、大外から
ディクタボーイが鋭く追い込んで、まさに
シンザン記念を再現するかのように
ホウシュウエイトとディクタボーイの一騎
打ちになり、ゴール前でディクタボーイが
ホウシュウエイトを交わし、レコードタイムで
優勝を飾り、クラシックでの無念を晴らす
と共に2つ目の重賞を獲得しました。

この勝利により、古馬になってからの
活躍が期待されたディクタボーイでしたが
無理なローテーションでの激戦の影響か
脚部不安を発症し、長期休養を余儀なく
されてしまいました。
9ヶ月の休養を経て秋に復活したディクタ
ボーイは初戦のオープン競走は8着に
敗れたものの、次のオープン競走に
快勝して復活を果たしました。
しかし、この勝利がディクタボーイに
とっての最後の勝利となりました。
その後、天皇賞を目指して東上した
ディクタボーイはハイセイコー、タケホープ
ストロングエイトやヤマブキオー等、豪華
メンバーが揃ったオープン競走で
ヤマブキオーの3着に入り、当時、東京の
3200mで行われていた天皇賞秋に挑み
ました。
このレースにはオープン競走後に鼻出血を
発症してしまったハイセイコーは出走を
断念しましたが、ホウシュエイト、イチフジ
イサミ、タケクマヒカル、カミノテシオ、
ストロングエイトやオンワードガイ、ナオキ
ナスノチグサ、トーヨーアサヒ等、超豪華
メンバーが出走し、ディクタボーイは4番
人気に支持されました。
いつものようにトーヨーアサヒの逃げで
始ったレースは、直線で内をついた
カミノテシオが鋭く抜け出して優勝。
ディクタボーイも外から豪脚を繰り出して
追い込み、惜しくも3着に敗れたものの
これからの活躍を期待できるレース内容
でした。
しかし、その後ディクタボーイは、
また休養に入り、年が明けて6歳になって
当時のサンケイ大阪杯で復帰したものの
11着に大敗し、このレースがディクタ
ボーイにとっての最後のレースとなりました。
その後、ディクタボーイがどのような運命を
辿ったかの記録はなく、消息不明となって
いるのが本当に残念です。
今週は、阪神競馬場で伝統の第72回
阪神大賞典が行われます。
ショウナンラプンタ、ゴールデンスナップ
ワープスピード、マコトヴェリーキーに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、中山競馬場で行われました
クラシックの登竜門、伝統の第62回
弥生賞ディープインパクト記念は7番
人気のファウストラーゼンが向こう正面で
一気にまくりに出て先頭に立ち、最後の
直線では交わされそうになるも、最後まで
粘り切って勝ち、重賞初勝利を飾りました。
2着には2番人気のヴィンセンシオ、
3着には5番人気のアロヒアリイが入り
1番人気のミュージアムマイルは直線で
伸び脚を欠いて4着に終わりました。

今週は、中山競馬場で皐月賞トライアル
第74回スプリンターズステークスが
行われます。
スプリングステークスは3着までの馬に
皐月賞への優先出走権が与えられる
トライアル競走で1952年4歳牡馬・牝馬
(現3歳)限定の芝1800mで施行される
重賞競走として創設されました。
その後、施行場や距離は幾度かの変遷を
経て、1960年以降は中山競馬場の
芝1800mで定着し、「皐月賞トライアル」
の副称がつけられました。
1964年には名称がフジテレビ賞
スプリングステークスに変更され皐月賞、
日本ダービーと続く春のクラシック路線
およびNHKマイルカップへの重要な
前哨戦として位置付けられています。
なお、今年はフジテレビが不祥事を受けて
寄贈賞およびレース名への冠名の付与を
辞退したため、フジテレビ賞が外され、
スプリングステークスとして行われます。
思い出のレースは、クラシックを目指した
ヨシノリュウジンが勝った昭和52年
第26回スプリングステークスです。
ヨシノリュウジンの父は昭和を代表する
万能型種牡馬ネヴァービートで天皇賞馬
リキエイカン、皐月賞馬マーチスをはじめ
オークス馬ルピナス、牝馬二冠を制した
インターグロリア、障害の王者グランド
マーチスや走る労働者トウフクセダン、
ダイイチオー、メジロスイセイ、
ハシクランツ等、挙げれば切りがない程、
多くの代表産駒を輩出しています。
また、姉には関西の快速馬としてならした
ケイリュウシンゲキがいます。
ヨシノリュウジンは昭和52年のクラシック組
で同期にはスーパーカーの異名をとった
外車マルゼンスキーをはじめダービー馬
ラッキールーラ、皐月賞馬ハードバージ、
菊花賞馬プレストウコウ、有馬記念馬
カネミノブ、天皇賞馬テンメイや
ヒシスピード、リュウキコウ等がいます。
ヨシノリュウジンは後のダービー馬
ラッキールーラと同じ名門尾形藤吉厩舎に
入厩し、旧馬齢3歳秋の東京の新馬戦で
デビューし、初戦は2着に敗れたものの
2戦目の新馬戦を勝って初勝利を挙げ、
続く条件特別レースにも勝って2勝目を
挙げました。
その後、府中3歳ステークスに出走するも
外車マルゼンスキーの前に大きく離された
最下位の5着に敗れました。
年が明けて4歳になったヨシノリュウジンは
条件戦に勝利して3勝目を挙げ、続く条件
特別戦でハナ差の2着とすると、続いて
クラシックに繋がる東京4歳ステークスに
参戦しました。
このレースには後のダービー馬ラッキー
ルーラやプレストウコウ、ヒシスピードが
出走し、ヨシノリュウジンも果敢に先行
しましたが、ヒシスピードの前に6着に
敗れてしまいました。
続いてヨシノリュウジンはクラシックへの
出走をかけて、スプリングステークスに
に挑みました。
このレースには東京4歳ステークスで
敗れたヒシスピードや西から新たに東上
して来たきさらぎ賞の勝ち馬リュウキコウ
やシンザン記念の勝ち馬テンザンサクラ等
が出走しました。
レースは不良馬場という悪コンディションの
中で行われました。
スタートでヒシスピードが出遅れるという
波乱を思わせる中、ヨシノリュウジンが
逃げ、その後ろからテンザンサクラが続き
出遅れたヒシスピードは5番手から進み、
リュウキコウは後方からの競馬となりました。
第3コーナーで各馬が仕掛けペースが上り
第4コーナーで外からテンザンサクラが
ヨシノリュウジンに並びかけて直線の
勝負へ。
一旦は並びかけられるも、ヨシノリュウ
ジンは根性を発揮して逃げ粘り、外から
ヒシスピード、内からはスタイリストが
追い込んで来たものの、ヨシノリュウジンは
更に脚を伸ばして突き放して優勝を飾り、
重賞初制覇を果たしました。

この勝利で春のクラシックの有力候補の
1頭となったヨシノリュウジンでしたが、
クラシックでは持ち前の逃げは発揮できず
皐月賞9着、ダービーでは22着に終わって
しまいました。
その後、ヨシノリュウジンはスプリング
ステークス以降、勝ち星から遠ざかって
しまい、4歳から5歳にかけて、13連敗を
喫してしまいました。
そして、ヨシノリュウジンは5歳の秋に
ローカル戦に活路を見出そうと福島に
遠征し、福島民報杯で約1年半ぶりの
勝利を挙げることが出来ました。
しかし、この勝利がヨシノリュウジンに
とっての中央での最後の勝利となり
ました。
その後も福島や札幌に遠征するも勝てず
6歳秋の中山での条件特別戦8着を
最後に地方競馬の上山競馬に移籍
しました。
記録によりますと地方競馬での成績は
9歳まで走って23戦6勝とありますが
引退後、ヨシノリュウジンはどうなったかの
記録は無く、人知れず消息不明となって
しまったのであれば、とても残念です。
今週は中山競馬場で先週の弥生賞
ディープインパクト記念に続いてクラシック
に向けた皐月賞トライアル伝統の第74回
スプリングステークスが行われます。
ダノンセンチュリー、マテンロウバローズ
ピコチャンブラック、キングスコールに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、中山競馬場で行われました第99回
中山記念は2番人気のシックスペンスが
直線で抜け出してレコードタイムで優勝。
昨年の毎日王冠に続く重賞2連勝で、
重賞3勝目を挙げました。
2着には3番人気のエコロヴァルツが入り
1番人気のソウルラッシュは3着に
敗れました。

今週は中山競馬場でクラシックの登竜門
第62回弥生賞ディープインパクト記念が
行われます。
弥生賞ディープインパクト記念は
1964年に弥生賞という名称で4歳
(現3歳)馬限定の重賞競走として
創設されました。
施行距離やコースは幾度かの変遷を経て
1984年より皐月賞と同じ中山競馬場
芝2000mとして行われ、これにより
クラシック戦線に直結する重要な前哨戦
として位置づけられています。
2020年からは、2019年に亡くなった
名馬ディープインパクトの功績を称え
同馬の重賞初勝利となった弥生賞の
競走名を改称し、弥生賞ディープインパクト
記念として開催されることになりました。
そして長年に渡り、このレースの優勝馬
からはダービーをはじめとする数多くの
クラシック優勝馬が誕生しています。
思い出の馬は、数奇な運命に翻弄された
西から来た凄い馬サルノキングです。
サルノキングの父はテュデナムで代表
産駒にはホスピタリティ、テュデナムキング
キョウエイボーガン等、重賞勝ち馬を多く
輩出しました。
サルノキングは昭和57年のクラシック組で
同期にはダービー馬バンブーアトラス、
皐月賞馬アズマハンター、菊花賞馬
ホリスキー、華麗なる一族のハギノ
カムイオーやワカテンザン、アスワン
ロングヒエン、アサカシルバー等がいます。
サルノキングは旧馬齢3歳秋の阪神で
デビューし、最初の新馬戦では3着に
敗れたものの、2戦目の新馬戦を
快勝すると条件特別、京都3歳ステークス
オープンの3歳ステークスに勝って
4連勝を飾り、一躍クラシック候補に
名乗りを挙げました。
しかし、続いて出走した当時の関西3歳
チャンピオン決定戦、阪神3歳ステークス
では直前に体調不良となり、出走を取り
消してしまいました。
年が明けて4歳になったサルノキングは
馬体を立て直してクラシックに向けて東上し
東京4歳ステークスに参戦しました。
関西からスケールの大きい凄い馬が
やって来たと評判になる中、関東勢では
3歳チャンピオンのホクトフラッグが故障で
戦列を離脱したため、京成杯3歳
ステークスを勝ったアローエクスプレスの仔
イーストボーイが迎え撃ち、1番人気は
サルノキングで、イーストボーイは2番人気
となりました。
レースはサクラサワヤカが逃げる中
第3コーナーで早くもサルノキングが
仕掛け、サクラサワヤカに並びかけて
直線の攻防へ。
直線に入ったサルノキングは手綱を
持ったままで先頭に立って脚を伸ばし、
内から必死に追い込んで来るイースト
ボーイをおさえて圧勝。
力の違いを見せつけると共に重賞
初制覇を果たしました。

続いてサルノキングはクラシックの登竜門
当時の弥生賞に駒を進めました。
このレースには雪辱を期すイーストボーイ
京成杯を制したアスワンや3連勝中の
アサカシルバー等、関東の有力馬が
出走したものの、サルノキングが圧倒的な
1番人気に支持されました。
レースは東京4歳ステークスと同じように
サクラサワヤカの逃げで始まり、
その後からサルノキングが続き、アスワン
イーストボーイ、アサカシルバーは
中団からの競馬となりました。
向こう正面でサルノキングが抑えきれない
ように、早くもサクラサワヤカを交わして
先頭に立つとイーストボーイ、アサカ
シルバーも仕掛けてサルノキングとの
差を詰めて直線の勝負へ。
最後の直線に入って外をまわったサルノ
キングが差を広げようとする中、アサカ
シルバーも必死に追い込みを図りましたが
サルノキングがアサカシルバーをおさえて
圧勝。
重賞2連勝を飾ると共にクラシックの
最有力候補に躍り出ました。

続いてサルノキングは自身の運命を変える
こととなるスプリンターズステークスに
出走しました。
このレースには関西から新たに華麗なる
一族として2連勝中のハギノカムイオーと
きさらぎ賞を制したワカテンザン、そして
関東のアズマハンターが参戦し、ここでも
サルノキングが1番人気に支持されました。
力のサルノキングかスピードのハギノ
カムイオーか、関西両雄の対決が注目
される中、後世に語り継がれる疑惑を
呼んだレースがスタートしました。
スタートしてまもなく、ハギノカムイオーは
いつものように先頭に立つとハギノ
カムイオーに競っていくのではないかと
見られていたサルノキングは予想に反して
ハギノカムイオーから20馬身以上離れた
最後方から進むというレース展開となり、
場内は騒然となりました。
そしてその後サルノキングは第3コーナー
の手前で突然加速して、まさに異次元の
スピードで一気に先頭集団に取り付いた
ため、場内はまたしても騒然となりました。
私もテレビで観戦していましたが、まさに
1頭だけ別次元の走りに唖然となり、
このままサルノキングがもし勝ったならば、
この馬は怪物を通り越して化け物だと
思って観ていました。
軽快に逃げるハギノカムイオーを追って
ワカテンザン、アズマハンターも一気に差を
詰めて直線の勝負へ。
逃げ込みを図るハギノカムイオーを内から
ワカテンザン、外からサルノキングとアズマ
ハンターが猛然と追い込みましたが、
ハギノカムイオーが振り切って優勝を飾り
3連勝で重賞初制覇を果たしました。
サルノキング僅差の4着は確保したとは
いえ、このサルノキングの不可解なレース
ぶりは波紋を呼び、田原騎手の無謀な
騎乗は世間から大批判を浴びることに
なりました。
サルノキングがハギノカムイオーと同じ
馬主の所有馬であったことから、本賞金
の足りないハギノカムイオーに皐月賞の
出走権を確保させるため、サルノキングを
故意に後方からレースを進ませて負け
させたという八百長ではないかとの疑念が
マスコミやファン、関東の調教師から巻き
起こりました。
これが世にいうサルノキング事件です。
レース後、サルノキングに騎乗した田原
騎手は、これは決して八百長ではない
という弁明に終始しました。
後に田原騎手は自らの著書で「向こう
正面でペースが遅いと判断したため、
徐々に上がるイメージでハミ圧を少し
上げたところサルノキングが過剰反応し
一気に引っ掛かってしまった」と説明して
います。
レース後、サルノキングはレース中に
重度の骨折をしていたことが判明。
サルノキングは骨折から復帰することは
できず、そのまま競走馬として引退を
余儀なくされてしまいました。
サルノキングはスケールが大きくて
素晴らしい競走馬だっただけに、もし
無事であったならば、クラシックを大いに
賑わしてくれたのではないかと思うと
今でも本当に残念です。
引退後、サルノキングは種牡馬となり
代表産駒には恵まれなかったものの、
内国産種牡馬不遇の時代にあって
勝ち馬を出すなど、頑張ったと思います。
そして1993年10月付で用途変更という
名のもとに種牡馬を引退しましたが、
その後処分されたとの情報もある等、
処分されたことが事実であるならば
本当に残念だし悲しい限りです。
波乱万丈の馬生だったサルノキング、
今の時代なら静かな余生を送れたのでは
ないかと思うと返す返すも残念でなり
ません。
今週は中山競馬場でクラシックの登竜門
第62回弥生賞ディープインパクト記念が
行われます。
ナグルファル、ヴィンセンシオ、
ミュージアムマイル、ファウストラーゼンに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

