ハイセイコーのブログ -13ページ目
昨日、函館競馬場で行われました
函館のフィナーレを飾る第57回函館2歳
ステークスは9番人気で門別デビューの
エイシンディードが果敢な逃げを展開し、
後続馬を寄せ付けず、見事逃げ切って
世代の重賞制覇一番乗りを決めました。
2着には1番人気のブラックチャリスが入り
3着には2番人気のカイショーが入りました。

今週は、舞台を新潟に移し、新潟競馬場で
節目となる第60回関屋記念が行われます。
関屋記念の競走名の関屋は1964年まで
の旧新潟競馬場の所在地(新潟市関屋)
に由来しており、新潟競馬場が新潟市
郊外の笹山に移転した翌年の1966年に
旧馬齢4歳以上の馬によるハンデキャップ
の重賞競走として創設されました。
新潟競馬場で施行される重賞競走では
新潟記念に次いで古い歴史を持つ重賞
競走です。
思い出のレースはメイジタイガーが勝った
昭和57年第17回関屋記念です。
メイジタイガーの父はステイヤー系種牡馬
オンリーフォアライフで代表産駒には
天皇賞馬イチフジイサミ、中山大障害馬
サクラオンリーやクリイワイ、ヒロクニ等の
重賞勝ち馬がいます。
姉には牝馬クラシックにも出走し、福島
大賞典を制したメイジガルボがいます。
メイジタイガーはクラシックへの出走は
ありませんでしたが、同期には有馬記念や
天皇賞を制したアンバーシャダイ、
ダービー馬オペックホース、天皇賞馬
モンテプリンス、皐月賞馬ハワイアン
イメージ、菊花賞馬ノースガスト、快速馬
サクラシンゲキやオーバーレインボー
ドロッポロード等がいます。
メイジタイガーは旧馬齢3歳夏の新潟で
デビューし、新馬戦を快勝しました。
しかし、その後はステイヤー系の血統が
短距離戦に合わなかったのか4連敗を
喫してしまいました。
年が明けて4歳になったメイジタイガーは
脚部不安を発症して、9ヶ月の長期休養を
余儀なくされてしまいましたが、復帰した
条件戦で2勝目、暮れの条件戦で3勝目を
挙げました。
年が明けて古馬になったメイジタイガーは
条件戦を連勝してオープン入りを果たすと
関屋記念に挑戦しましたが、3着に惜敗し
続く京王杯AHでは6着に終わりました。
その後、6歳にかけて7連敗を喫した
メイジタイガーでしたが特別戦で久しぶりに
6勝目を挙げると夏の新潟シリーズに参戦。
新潟大賞典でハセシノブ3着に入ると、
続いて関屋記念に挑みました。
このレースには米国3冠馬で世界的名馬
セクレタリアトの仔セクレファスターや
シンボリフレンドなどが出走。
メイジタイガーは3番人気に支持されました。
レースはミヤコガニエが果敢に逃げ、
シンボリフレンドが2番手を追走、メイジ
タイガーは後方からの競馬となりました。
第4コーナーで各馬が一斉に仕掛けて
差を詰めて直線の勝負へ。
逃げ込みを図るミヤコガニエをシンボリ
フレンドが交わしにかかるところに、馬場の
真ん中からメイジタイガーが鋭く伸びて
一気にミヤコガニエとシンボリフレンドを
交わして先頭に立ち、追い込んで来た1番
人気のベルエアに5馬身差をつけて圧勝。
ついに念願の重賞初制覇を果たしました。

この勢いのままに続いて新潟記念に出走。
後方からレースを進めたメイジタイガーは
関屋記念を再現するように最後の直線で
鋭く伸びて先頭に立ち、差し返してきた
ベルエアを振り切って勝ち、重賞2連勝を
飾りました。

しかし、この勝利がメイジタイガーに
とっての最後の勝利となりました。
その後、メイジタイガーは目黒記念4着や
7歳で出走した金杯では2着に健闘し
再び新潟に遠征して連覇を狙って関屋
記念と新潟記念に出走しましたが、
いずれも3着と4着に敗れてしまいました。
年が明けて8歳になっても現役を続けた
メイジタイガーでしたが、もう往年の力は
無く、東京新聞杯での15頭中13着と
大敗したのが最後のレースとなりました。
その後のメイジタイガーの消息については
残念ながら不明となっています。
今週は、新潟競馬が開幕し、節目となる
第60回関屋記念が行われます。
ボンドガール、イミグラントソング
カナテープ、フォーチュンタイムに注目して
います。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
私事ですが、一昨日パソコンの修理が
完了し、ようやく戻って来ましたので、
これからは通常どおり、マイパソコンで
引き続き拙いブログを書いて行きますので
今後ともよろしくお願い致します。
先週、福島競馬場で行われました夏競馬の
訪れを告げるサマーシリーズ第2戦、
第61回七夕賞はハンデ56キロで2番
人気のコスモフリーゲンが果敢な逃げを
展開し、最後の直線で追い込んで来た
1番人気のドゥラドーレスを頭差おさえて
重賞初挑戦で重賞初勝利を飾りました。
2着にはハンデ57.5キロで1番人気に
推されたドゥラドーレスが入り、3着には
11番人気のオニャンコポンが入りました。

今週は、函館競馬場で来年のクラシックに
向けた戦い第57回函館2歳ステークスが
行われます。
函館2歳ステークスは、3歳馬による馬齢
重量の重賞競走として函館3歳ステークス
の名称で創設されました。
2001年、馬齢表示が国際基準へ
変更されたことに伴い、出走条件を2歳に
変更し、競走名も函館2歳ステークスに
変更しました。
1997年に函館競馬場と札幌競馬場の
開催順が入れ替わったことにより、中央
競馬では最初に行われる2歳馬の重賞と
なりました。
思い出のレースは、イナリバンダー
(旧イナリニウドー)が優勝した昭和50年
第7回函館2歳ステークスです。
イナリバンダーの父はマイラー系種牡馬
フロリバンダで代表産駒にはオーラ
ミハルや地方での重賞勝ち馬がいます。
イナリバンダーは、昭和51年の
クラシック組で同期にはTTG時代と
言われたテンポイント、トウショウボーイ
グリーングラスやダービー馬クライム
カイザー、外車スピリットスワプス
天皇賞馬ホクトボーイ、ニッポーキング
ミヤジマレンゴ等の重賞勝ち馬がいます。
イナリバンダーは当初はイナリニウドーの
名で旧馬齢3歳夏の札幌でデビューし
新馬初戦は2着に敗れましたが、2戦目の
新馬戦で初勝利を挙げました。
その後、札幌での条件特別に出走し、
クライムカイザーの2着に入ると、続いて
格上の当時の名称函館3歳ステークスに
挑みました。
このレースには後のダービー馬クライム
カイザーの他、ケイシュウフォード、キタノ
カイウンなどが参戦し、イナリニウドーは
5番人気での出走となりました。
レースはミヤリサンヒーローが逃げ、
その後ろからキタノカイウンとイナリ
ニウドーが続き、クライムカイザーは
最後方からの競馬となりました。
第3コーナーでキタノカイウンが先頭に
立つと、イナリニウドーも仕掛けてキタノ
カイウンに並びかけて直線の勝負へ。
馬場の真ん中からキタノカイウン、外から
イナリニウドーの2頭が抜け出して競り
合いとなり、ゴール前でイナリニウドーが
キタノカイウンを交わして優勝を飾り、
重賞初制覇を果たしました。

この優勝で一気にクラシック候補に
躍り出たイナリニウドーでしたが、その後
京成杯3歳ステークス4着、朝日杯3歳
ステークスは7着と敗れ、年が明けて4歳に
なってイナリバンダーに改名して挑んだ
京成杯もクライムカイザーの前に8着に
敗れてしまいました。
それでも中京での条件特別戦を勝って
3勝目を挙げ、何とか皐月賞に駒を
進めることができましたが、出走馬
15頭中の13着に大敗してしまいました。
その後、イナリバンダーは福島に参戦するも
勝てず、6連敗を喫してしまいました。
年が明けて古馬になったイナリバンダーは
活路を見出すため、いったん障害に
転向しました。
その甲斐あってか、さすが重賞勝ち馬だけ
あって、障害の未勝利戦と条件戦を連勝し
次の条件戦でも安定した成績を収めると
格上となるオープン馬による障害ステークス
では後続に5馬身差をつけて圧勝するなど
障害での今後の活躍が期待されました。
厩舎の考え方で、いったん障害レースを
使って足腰を鍛え、その後、再び平地に戻す
というやり方もあって、イナリバンダーも
札幌で再び平地のレースに出走しましたが
8頭中、大差の8着に敗れ、このレースを
最後にイナリバンダーは再び競馬場に姿を
見せることはありませんでした。
その後の消息については残念ながら不明と
なっています。
今週は、函館競馬場で第57回函館2歳
ステークスが行われます。
まだまだこれからの馬達なので非常に
難しいですが、カイショー、ブラックチャリス
トウカイマシェリ、クラディスティーナに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、小倉競馬場で行われました伝統の
第60回北九州記念は1番人気のヤマニン
アルリフラが道中、中団でレースを進め、
最後の直線で混戦の中、鋭く伸びて
抜け出し、3連勝で重賞初制覇を
飾りました。
5番人気のヨシノイースターは2年連続で
2着となり、3着には7番人気のアブキール
ベイが入りました。

今週は福島競馬場で今年も夏の到来を
告げる第61回七夕賞が行われます。
七夕賞は1965年に旧馬齢4歳(現3歳)
以上の馬による重賞競走として
創設されました。
1960年と1970年代の一時期において
10月にレースが行われていたことが
ありましたが、時期と名称が合わないとの
理由で一時期、レース名を東北記念と
改称しました。
その後、1980年からは施行時期を
再び夏開催に戻したことから七夕賞の
名称が復活し、2006年からは夏競馬を
盛り上げるために設けられたサマー
シリーズ第1戦に、2025年はサマー
シリーズ第2戦に指定されています。
私は毎年、夏の新潟や福島等のローカル
競馬というとノボルトウコウ、サンヨウコウ
スイジン、アマノガワといった馬が今でも
真っ先に思い浮かんできます。
思い出のレースは、ムツミバロンがレコード
勝ちした昭和49年第10回七夕賞です。
ムツミバロンの父は、昭和を代表する
万能系種牡馬チャイナロックで代表産駒
には怪物ハイセイコーをはじめ、初代怪物
タケシバオー、菊花賞馬アカネテンリュウ
天皇賞馬メジロタイヨウやホウシュウエイト
ツキサムホマレ、トウショウロック等の重賞
勝ち馬など、中央・地方を問わず、
挙げれば切りがない程、数多くの活躍馬を
世に送り出しました。
ムツミバロンは昭和46年のクラシック組で
同期には疾風の差し足と呼ばれた
ダービー馬ヒカルイマイ、菊花賞馬ニホン
ピロムーテー、天皇賞馬ベルワイドや
オンワードガイ、メジロゲッコウ、ゼンマツ
フィドール、ヤシマライデン、ハスラー等の
個性派の重賞勝ち馬がいます。
ムツミバロンは旧馬齢3歳夏の福島で
デビューし、新馬戦は7着に終わり、
その後も3戦、短い距離でのレースに
苦戦して勝てなかったものの、秋の
新潟の未勝利戦で初勝利挙げました。
その後、新潟でも条件特別戦に勝って
2勝目を挙げ、クラシックへの出走に
望みを繋げました。
年が明けて4歳になったムツミバロンは
クラシック戦線に参戦。
しかし、スプリングステークス6着
皐月賞は9着に終わり、次の条件特別に
勝って3勝目を挙げ、何とかダービーに
挑んだものの、ヒカルイマイの前に7着に
敗れました。
その後、長期休養を余儀なくされたムツミ
バロンは1年後に復帰し、復帰後4戦は
勝てなかったものの、その後条件特別を
3勝してオープン入りを果たし、その勢いで
福島大賞典やステイヤーズステークスに
挑みましたが、勝つことは出来ません
でした。
年が明けて6歳になったムツミバロンは
この年の後半は、ローカル路線を中心に
15戦するも条件戦で2勝するに止まり
ました。
7ヶ月の休養後、年が明けて7歳になった
ムツミバロンは現役を続行し、東京での
条件戦を勝って9勝目を挙げると、夏の
新潟に遠征し、BSN杯7着後、七夕賞に
挑戦しました。
このレースにはオークス馬ナスノチグサを
はじめ、ハイセイコー時代の名脇役
サンポウや後にシルバーコレクターと
言われ、ファンも多かったロイヤル
スプリンタが出走。
1番人気にはナスノチグサが支持され
ムツミバロンは5番人気での出走と
なりました。
レースはロイヤルスプリンタが逃げ
その後ろからインモータル、サンポウが
続き、ムツミバロンとナスノチグサは
中団からの競馬となりました。
第3コーナーでサンポウが一気に仕掛けて
ロイヤルスプリンタを交わしにかかると
ムツミバロンも一緒に上がっていって
直線の攻防へ。
最後の直線でサンポウとムツミバロンが
激しい競り合いを演じる中、外からは
ナスノチグサも追い込んで来たものの
ゴール前でムツミバロンがサンポウを
交わして優勝を飾り、念願の初重賞制覇を
果しました。

しかし、この勝利がムツミバロンにとっての
最後の勝利となりました。
その後、8歳まで現役を続けたムツミバロン
でしたが、新潟記念や福島記念で着順
掲示板に載る成績は残したものの、
勝つまでには至りませんでした。
そして8歳のオープン競走で6着が
ムツミバロンにとっての中央競馬での
最後のレースとなりました。
記録によりますと
その後、ムツミバロンは地方競馬に
移籍したとなっていますが、地方競馬での
引退後の消息については、残念ながら
不明となっています。
今週は福島競馬場で夏の訪れを告げる
サマーシリーズ第2戦第61回七夕賞が
行われます。
シリウスコルト、コスモフリーゲン
シルトホルン、ドゥラドーレスに注目して
います。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

