8月30日で名馬トウカイテイオーが亡くなってから6年が経ち、

7回忌をむかえました。

時の経つのは早いものです。

 トウカイテイオーの綺麗な顔と気品あふれる馬体、そして繋ぎの

柔らかさは他に類をみない、 本当に素晴らしい競走馬でした。

 東京競馬場の競馬博物館で、競馬場ツアーの案内の女性が

顕彰馬となっているトウカイテイオーの写真と像の前で、

この馬は本当に顔が小さくて、 イケメンで私も今でも大ファンです

と説明していたのが印象深かったです。

北海道の牧場巡りツアーで牧場にトウカイテイオーを訪ねた時、

牧場の方が、トウカイテイオーはとても綺麗好きで、排便場所も

同じところにしかやらないと説明してくれました。

ファンの期待を最後まで決して裏切らなかったトウカイテイオー、

あの美しい姿は、ファンの心に永久に残ることでしょう。

名馬ディープインパクトが亡くなったとの衝撃的な第一報を

聞いた時は、信じられずにただただ呆然としました。
春に首を痛めて体調を崩し、種付けを中止したと聞いた時は
嫌な予感がしていましたが、ただ種牡馬を引退するのではなく、

まさか亡くなってしまうとは。
それも歴史に残る名馬であり、日本の宝だったディープの最期が

安楽死とは、あまりにも悲しすぎます。
頸椎の骨折が原因ということですが、今後のことを考えて死因

となった頸椎の骨折がどうして起こったのかを、はっきりさせて

もらいたいです。

本当は手術がうまくいかなかったのではないか、それとも手術後

に何らかのアクシデントがあったのか、24時間警備がついて

いる状況の中で、救えなかったのはとても残念です。
頸椎の骨折で立てなくなり、1日経過した時点でこれ以上は

可愛そうとの判断で、安楽死を選択した関係者の皆さんの

本当に辛い苦渋の決断を思うと胸が痛みます。
父サンデーサイレンスも16歳で亡くなりましたが、ディープには

種牡馬は引退しても、静かな余生を過ごして欲しかったです。

ディープインパクトは多くの人達に夢と希望を与え、種牡馬と

しても数多くの名馬を輩出し、日本の競馬の根幹を支えてきた

まさに日本の宝であり、彼の功績は計り知れません。

ナリタブライアン、タニノチカラ、ウオッカ等の歴史的名馬の早世は

本当に残念でなりません。


「さぁディープインパクトが翼を広げた」という名実況がありましたが、翼を広げて天国に行き、今度はのんびりとゆっくり休んで、

また元気に走り回って欲しいと今はただそう願うばかりです。ディープインパクト、多くの夢と感動をありがとうございました。

これからも天国で日本の競馬の発展と馬達の安全と無事を

見守って下さい。

どうぞ安らかに。

今週は、上半期の最後を飾る大一番、宝塚記念が行われます。

薬物禁止飼料の影響で、モヤモヤ感はありますが、名馬達の

名勝負で嫌な感じを振り払ってもらいたいものです。

夏の有馬記念とも言われてきた宝塚記念、歴代の優勝馬は、

名馬がズラリと並びます。

宝塚記念での思い出の馬は、ハイセイコーとメジロライアンです。

両馬は、共に菊花賞と春の天皇賞で優勝を期待されながら

敗れたものの、この宝塚記念で見事に無念を晴らしました。

ハイセイコーは、菊花賞、春の天皇賞でタケホープに敗れた

結果、怪物返上、怪物落城、普通の馬になった等と散々

マスコミに書かれていただけに、ハイセイコーの大ファンである

私にとって、この宝塚記念での勝利は、本当に嬉しかったです。

メジロライアンもファンの多い馬でしたが、期待された菊花賞、

春の天皇賞でメジロマックイーンに敗れ、無冠の帝王と呼ばれて

いました。

宝塚記念で同門での宿敵メジロマックイーンを破って優勝し、

ようやくGⅠホースとなったメジロライアン。

当時の横山騎手の満面の喜びの顔は、忘れられません。

 

そして宝塚記念で絶対に忘れられない名馬がいます。

その名はライスシャワー。

小さな体でクラシック路線を戦い、あの坂路の申し子と呼ばれた

ミホノブルボンを菊花賞で破って優勝し、そして春の天皇賞では

名馬メジロマックイーンの三連覇を阻止して優勝。

2年後の春の天皇賞で再び優勝し、名ステイヤー、小さな巨人

とも呼ばれた名馬でした。

天皇賞に優勝した後、疲れが見えたため、宝塚記念への出走は

断念する予定でしたが、ファン投票でも1位に選出され、コースも

この年は阪神淡路大震災の影響で得意な京都競馬場で行われる

ことになったため、出走に踏み切りました。

しかし、後に当時のある番記者は、天皇賞の後のライスシャワー

の様子は、とても疲れており、こんな疲れた顔のライスシャワーを

見るのは初めてだったとコメントしています。

宝塚記念当日のパドックでのライスシャワーの様子も元気が無く、

心配するファンも多くいたようです。

ライスシャワーは、自分の運命を既にその時に判っていたので

しょうか。

ファンの期待に応えるため、出走したライスシャワーは、どんな

気持ちだったのでしょうか。

3コーナーで自らスピードを上げた直後に前のめりになって転倒し

左第一指関節開放脱臼、粉砕骨折を発症。

診療所まで運ぶことができずに、その場に幔幕が張られた中で

安楽死の措置が執られました。

落馬負傷した的場騎手は、調教師より、むごい姿になった

ライスシャワーに会わない方がいいと言われましたが、ずっと

戦ってきた友のもとに駆け寄り、体にすがりながら、号泣した

そうです。

あっという間に天に召された小さな巨人ライスシャワー。

翌1996年9月7日には京都競馬場内にライスシャワーの遺髪が

収められた記念碑が建立され、現在でも多くの献花・供え物が

絶えたことが無いそうです。

 

今年の人気投票1位のアーモンドアイが出走しないのは、残念

ですが、決して無理することはありません。

ライスシャワーの悲劇が再び起こらないように馬ファーストで

考えてあげて欲しいです。

今年もレースの無事と全馬の無事を祈って宝塚記念を見ます。