2001年5月22日
ゼットンが俺の名義になって、早7年・・・
思えば、7年前のゴールデンウィークに
茨城のお医者さんの家まで相棒と見に行ったのがはじまり。
俺の愛機です!
わが子のように可愛がり
時間もお金も湯水のように使った。
(新型Z33が2台買えます((+_+)))
そして、相棒からの誕生日プレは、「Defiのメーター」
「平野タイヤ」なんて、女性にはあまり縁のない店で
密かに注文して、買ってくれたっけ。
サイドステップも買ってもらった(*^^)v
まさに、ゼットン一色の日々・・・。
業者で作ってもらった
オリジナルステッカー「Bayside Blue Ztone」
@2003年1月5日
このステッカーが届いた時なんて、風がものすごく強くて
とても”ステッカー貼り”なんてできなくて
それでも、”スグ男”な俺は我慢できなくて
無理矢理、相棒を連れて、某ホテルの地下駐車場に
忍び込んで・・・
俺:「どう?角度」
相棒:「もうちょっと、右が上かな」
なんて、やってた。
2003年になって、相棒がモビちゃんを買った。
同じ「青」にしてくれたのが、ものすごく嬉しかった。
@2003年2月16日
「ゼットンで雪山走りて~!」
たったそれだけの思いつきで
ホイール&スタッドレスを20万円でお買い上げ(汗)
その後、一度だけ、湯沢の三国峠をドリフトして楽しんだ。
もちろん、かぐらみつまたSKI場に
Z32で屋根を開けて、暖房全開、マフラーぐるぐる巻きの
出で立ちで現れたのは俺達しか居ないはずだ(笑)
偉業を成し遂げたスタッドレス達は
「”300ZX”の文字を光らせたい!」
ひたすら、ググった挙句に
山梨県に、ノウハウを持っている人が居ることを知る。
ゴールデンウィークの大渋滞の中、単身山梨に乗り込み
夜まで掛かって、その人とその人の友人の3人で仕上げた。
吸排気、足回り、そして、外装を中心に
少しずつ自分好みに仕上げていったZ32。
元々はイエローパールだった色を
当時、日本では珍しい「ベイサイドブルー」という
R34(スカイラインGTRね)の純正色にオールペン。
「永遠の兄弟”尻文字Z”」
@2002年8月4日
大黒のZ32オフ会では、双子のゼットンに出会う。
100台以上はそろったZ32軍団は
大黒を後にして「カレスト座間」に集合!
ずら~っと揃ったZ32軍団。
「HID着けて~!」
ネットで知り合った横須賀のZ32大好き某氏に
破格の値段でHIDを着けてもらう
「彼女さん、竹内結子に似てますね!」
相棒は、終始笑顔だった(笑)
「ナイトドライブにもよく行った」
ドラマ御用達の「永代橋」に寄ってから
「湯沢にも連れて行った」
紅葉が始まる少し前、青いゼットが映えます。
翌日は雨・・・
「撮影会」
天気がイイ日は、必ずゼットンで出掛けてた。
木更津港、懐かしい・・・
赤い橋はパートナーと渡ると別れちゃうよ(笑)
「車山高原は空気がウマい!」
@2003年10月25日
「東京モーターショーにも行った」
Z33に対抗心ムキ出し(笑)
俺はやっぱり32がいい!
「誕生日はラプラージュで」
葉山のフレンチレストランにも行った。
「ROXXYで静岡旅行」
相棒とゼットン連れて
昔のバンドのメンバーと伊豆長岡に1泊旅行
通り過ぎる車が俺のゼットを振り返って見てたぜ!
「サプライズはヘリクルーズ」
2人の記念日にヘリをチャーター(カッコイイな(笑))
待合室の外人さんが、ゼットをガン見してました。
× × × × × × × × × × × ×
この写真を最後に
ゼットンの画像フォルダは更新されていません。
なぜなら、この直後にブラックバードが納車されたから・・・
2つのモノに同じだけの愛情を注ぐことが出来ない。
ブラバがあるから、ゼットに乗らない。
そんな生活が4年も続きました。
毎年毎年、5万6千円の税金を払い
2年毎にやってくる車検
そして、任意保険料・・・
それでも、年間に乗るのは2、3回(笑)
本当にコレでいいのだろうか?
俺が心血を注いだゼットは
このまま、駐車場で鉄の塊となって
朽ち果てていくのだろうか・・・
そんな気持ちを日々抱えたままの数年間でした。
しかし、そんな俺の背中を押してくれたのは
1本の電話。
2001年当時、ゼットの改造に燃えていた俺と
志を同じに、ゼット販売に励んでいたショップの社長。
この人との電話で俺の気持ちは固まった。
「車はやっぱり走っているときが一番幸せなんでしょうね」
まさにその通りだと思った。
もちろん、マシンに気持ちはない。
しかし、そのマシンの乗り手には気持ちがある。
その乗り手がそう感じるのなら
それが、マシンの気持ちを代弁しているのだと・・・。
新しい飼い主はたくさん乗ってくれるといいな。
平成元年生まれのゼットン。
今年でお前も成人か。
大した故障もなく、よくココまで来たもんだ。
俺は屋根を開けたZ32が一番好きだった。
単純な理由だが、「カッコイイから」
なんか、どこか誇らしげで
他の車とは一線を画すようなそんな存在が好きだった。
世の中がバブル真っ只中に生まれたゼット。
その直後に、あのR32(GTR)が発売されたんだよ。
つまり、日産という家族の中でいえば
ゼットが兄貴でR32が弟。
もちろん、VGとRBという血液型(エンジン)も違うし
目指している方向も違ったけど
時代を代表し、20年経っても名実ともに色褪せない
本当に素晴らしい車だった。
思えば、運転代行のアルバイトをしていた時に
お客さんの納車仕立てのZ32を運転したときから痺れていた。
「即金なら450万円で売ってあげてもいいぞ!」
不動産屋を経営する、ラッシャー木村似のオヤジは
21歳の俺にそう語った。
「買えるワケないっすよぉ~!」
「そうか!ガハハハ・・・」
しかし、俺は10数年後にゼットのオーナーになった。
しかも、その時のラッシャー木村似のオヤジと同じ
「イエローパール」のゼットだ。
あの時のトキメキはもうないけど
確かに俺はZ32のオーナーになった。
それだけは生涯残る、俺の財産である。
いいクルマ”でした”
























