さて、はじめますか。
朝日新聞より。
診断つかぬ病気、
遺伝子で解明
検査データ
国内外で共有
最新の遺伝子検査技術を使い、診断がつかない病気を突き止める取り組みが広がっている。患者の遺伝子の情報と症状を国内外で共有する「未診断疾患イニシアチブ(IRUD)」だ。
治療法や薬の開発にもつながる。
「こんな日が来るなんて、当時は想像もできなかった」。札幌市の女性(42)は、家族3人で食卓を囲める喜びをかみしめている。小学1年の長男(6)は2歳の頃から、原因不明の下痢を繰り返すようになった。多い時は1日10回。整腸剤をのんだが治らない。頰がこけ背骨が浮き上がるほどやせて入院した。
内視鏡検査を受け、医師から消化管の様々な場所に炎症が起こる「クローン病」の疑いがあると言われた。薬物治療をしながら、腸に負担をかけないよう、丸2年間特殊な栄養剤以外ほぼ食事がとれなくなった。夜泣きながらおなかがすいたと訴える長男の前で食事はできず、夫婦交代で隠れてご飯を食べた。
その後も症状は改善しなかった。
あれこれ検査したが原因は不明。
医師は「試すなら、あとはこれしかない」とIRUDを紹介した。
IRUDは診断が難しい患者とその両親の遺伝子を最新の装置で解読し、そのデータを集める取り組みだ。すでに知られた希少疾患の原因遺伝子と照合し、診断をつける。
同じような取り組みは米国や英国などにもあり、国内外のデータベースと情報共有することで、新たな病気が見つかることもある。
かかりつけ医が大学病院など全国に37カ所あるIRUDの拠点病院に患者を紹介する。拠点病院の複数の診療科の医師が遺伝子検査の結果をみて診断を下す。検査は5~10ミリリットルの血液をとるだけですみ、研究費用で賄われているため患者の費用負担はない。
長男は拠点病院の一つ、国立成育医療研究センター(東京都世田谷区)に移った。IRUDのデータから、長男は遺伝子の変異で起こる先天性の免疫不全症「X連鎖リンパ増殖症候群」だとわかった。100万人に1人がかかるまれな病気で根治療法は造血幹細胞移植しかない。
幸い数カ月後にドナーが見つかって移植を受け、昨年5月に退院した。今年4月から小学校に通う。X連鎖リンパ増殖症候群は小児慢性特定疾病の対象で医療費の助成も受けられた。女性は「原因解明が患者と家族にもたらすものは大きい」と話す。
🔵まれな病気の原因遺伝子、治療薬開発にも光
診断が難しい病気は、遺伝子の変異が関わる場合が多い。遺伝子の変異による病気は8千種類以上あるといわれているが、うち原因遺伝子がわかっているのは約5千種類だけだ。こうした病気は診察経験のある医師が少なく、原因不明と言われる患者が少なくない。
IRUDは2015年に始まり、19年3月までに約3200人の遺伝子を解析。約4割の病気を突きとめた。うち、42例は原因遺伝子が特定されていなかった新しい病気だった。
「CDC42」という遺伝子の変異によって起こる「武内・小崎症候群」もその一つ。血小板の減少や、知的障害などがある。国内で初めて遺伝子が特定され、海外でも患者が見つかった。
今年7月、小児慢性特定疾病に指定された。
まれな病気の原因遺伝子の特定が、患者の多い一般的な病気の治療法や薬の開発につながることもある。IRUDではないが、遺伝的にコレステロールが高くなる「家族性高コレステロール血症」の原因遺伝子をねらって開発した薬が、全国に200万人以上いる脂質異常症に効く薬の開発につながった。
IRUD研究開発代表者で国立精神・神経医療研究センターの水澤英洋理事長は「希少疾患の研究がわずかな患者のためにしかならないという考えは間違いだ」と話す。
課題もある。
今のところ約6割の患者はIRUDで診断がついていない。国内外の医療機関と情報共有をさらに進める必要がある。また、遺伝子検査の結果をどうみるかは、患者や家族にとって専門的で難しい。治療法がない場合、子どもをのぞむ時に悩むこともある。
国立成育医療研究センター研究所の松原洋一所長(臨床遺伝学)は「遺伝カウンセリング体制を充実させる必要がある」と語る。