牛久シャトー・神谷傳兵衛物語・葡萄酒、洋酒の製造販売 | 西村治彦の日記

西村治彦の日記

日々の出来事を書いています。

この日は、茨城県牛久市にある「牛久シャトー」に出掛けました。「シャトー」とは「城」と言う意味であります。大な野中に「城」があれば、「一体、誰が建てたのだろう?」と思います。この「シャトー」は、江戸時代に生まれ、明治時代初期に、葡萄酒を日本で初めて、本格的に製造、販売し、大儲けした「神谷傳兵衛」が建てました。

日本に初めて、「洋酒」を普及させた事業家であります。「初めて製造普及」させて、大成功をおさめれば、大儲け出来るのです。

この「牛久シャトー」は、葡萄酒の製造工場でもあります。

現在も、当時のまま、葡萄酒の製造過程を見学出来ます。

私は、竹内絵里子と福本和を同行して、「牛久シャトー」に行ってまいりました。

「シャトー」には、現在も葡萄酒の樽が、ゴロゴロしておりました。葡萄酒を蒸留して作る「ブランデー」製造工場も、中にありました。

葡萄酒がお好きな方は、葡萄酒やブランデーの瓶を見たら、堪らなくなるでしょう。

私は、アルコール類は、まるで飲めませんが、「飲めたらな!」と思うことが、しばしばあります。

体質的にアルコールは、受け付けません。注射を打つ時、アルコール消毒をすると、肌が真っ赤になります。

「神谷傳兵衛」さんは、自分が酷い病気にかかった時、付き合いのある外国人に、「葡萄酒」を飲ませてもらったら、病気がピタリと治ってしまったのだ、そうです。葡萄酒の効用は凄かったのです。

この時以来、神谷傳兵衛は、「葡萄酒」を日本でも、製造販売すれば、たちまちに売れると直感し、製造販売することにしたのです。

それまでに、「一杯酒場」を経営し、大繁盛していました。商売の才覚があります。

大々的な工場が、現在の「牛久シャトー」です。

「フランス産の葡萄」の栽培法にも成功し、大々的に葡萄酒を製造販売し始めました。

44歳の時でした。神谷傳兵衛は、享年66歳でした。まだまだ今からみれば、若かったです。

人がやってないことを、考え付き、実行する。廻りが、真似て、広く行き渡るまでは、大儲けです。 

何でも、新しいことを始めて、人々が真似て、普及したら、また新しいことをする。事業成功の秘訣です。

現代においても、同じ考えを持って、事業の開発、開拓を致しましょう!

 

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