この日は 市原市姉ヶ崎にある「姉崎神社」に向かいました。同行は緑子さんです。

「姉崎神社」は 古墳時代に「景行天皇」の子供の「日本武尊」・(やまとたけるのみこと)」が創建した神社と伝えられています。「日本武尊」は 景行天皇の命に従って、東征に向かいました。当時 関東北部や東北地方では アイヌが勢力を張り、天皇政治を脅かしていました。

そこで、「日本武尊」 は 現東京湾を舟で渡り、上陸する予定でした。 その時 酷い嵐になり 舟は転覆しそうになりました。舟に乗っていた妃の「弟橘姫(おとたちばなひめ)」は、嵐を鎮めるため、舟から海に 入水しました。

そうしたら、海は静まったのです。

 こうして、妃の犠牲のもと、「日本武尊」は、東征を果たすことが出来ました。

 東征を果たした「日本武尊」は 「弟橘姫」を偲んで、この地に「姉崎神社」を創建したのが始まりなのだそうです。

「姉崎神社」の境内には 円墳が3つ存在しています。古墳時代の姉崎神社の創建と一致します。

また、「姉崎神社」の周囲には 大きな古墳がいくつも存在します。「海上国造一族」の古墳と考えられる「姉崎古墳群」があります。

「古墳時代の豪族」と「姉崎神社」との関わりを うかがわせます。

 境内には、「浅間大神」の小山があります。これは、境内にある「第一古墳」です。この古墳の上で 緑子さんは バレーを踊って下さりました。「第三古墳」の上でも 緑子さんは 足を上げて下さりました。

「姉崎神社」は「健康祈願」の神社です。絵馬には「健康祈願」が たくさん書かれておりました。緑子さんも「健康祈願」です。私も健康で長生きしてこそ、人生の目的を達成出来ると思います。それで、「長生き祈願」をしました。

 緑子さんは「バレリーナ」です。健康でないと、「バレー」は続けられません。私も 健康でないと、このブログも続けられないし、経営も続けられません。

 食事に注意し、適度な運動をし、ストレスが溜まらないよう、毎日を楽しく過ごしております。

 

  

 

 夕暮れが早いです。緑子さんは、東京の世田谷区に住んでいます。私が、まだ、コロナを避けて、東京に行っていないので、緑子さんには、わざわざ、千葉に来て戴いています。緑子さんは、自宅まで、二時間半掛かるので、早めに、帰ります。

また、来週宜しくお願い致します。

 

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この日は雨でした。雨の日には 室内で見学できる場所が良いです。そう言うわけで、私は埼玉県日高市にある「弓削多(ゆげた)醤油」に見学に行きました。

 大きな醤油樽がごろごろしていますが、日本一大きい「野田市のキッコーマン醤油」に比べると「500分の1」の生産量なのだそうです。

 「醤油の作り方」を1から見学致しました。「醤油」の作り方は 簡単に言うと;「蒸した大豆(脱脂加工大豆)と炒った小麦を混合し、種麹を加えて、醤油麹を造ります。原料全部に麹を植えつけるのが特徴です。これを食塩水と一緒にタンクに仕込んで諸味を造り、約6ヵ月寝かせると、麹菌や酵母、乳酸菌などが働いて分解・発酵が進み、さらに熟成されて醤油になります。

 簡単そうですが、出来るまで時間が掛かります。半年掛かりますから 我慢出来ない人は、出来た醤油を買ってきて 使った方が良いと思います。

醤油の日本の消費量は、30年前に比べると 半分以下なのだそうです。食事の欧米化が進み、「醤油」を昔ほど使わなくなったのです。

 この日、私は見学に行った「弓削多醤油」は、出来た「醤油もろみ」を大きな樽に入れて寝かせておりました。半年寝かせて、絞ります。 ここでは、自慢の醤油を掛けて食べる「卵ご飯」が名物です。

 「弓削多醤油」では、座る椅子からテーブルまで「醤油樽」で作られていました。醤油の臭いが大好きな人は 居心地が良いのではないでしょうか。

「味噌」は多少製法が違うそうですが、次の機会に、見学に出掛けたいと思いました。

 帰りに 小さな醤油瓶を買って、土産にしました。子供の頃から親しんだ「醤油」の作り方を知っておられましたでしょうか。

 

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今日は、山梨県市川三郷町に出掛けました。「市川」は、歌舞伎の市川団十郎から取りました。市川団十郎が、市川三郷町に住んでいたから、「市川」を頭に着けました。「三郷」の三は、三つの町が合併して出来たので、「三郷」と着けました。変わった町名だと思いました。

市川三郷町は、「歌舞伎の町」として、宣伝しています。町には、「歌舞伎文化資料館」があります。歌舞伎文化資料館には、立派な「城」が建てられていました。「三郷城」と人々は呼んでいます。

私は、こんなに「立派な城」が建てられているので、驚きました。相当、金を掛けて、このような立派な城を建てています。17000人ほどの人口の「市川三郷町」としては、どうやって、資金を工面したのか、不思議に思いました。

凄い町です。私は城に登って、天守閣から、外の景色を見渡しました。

遠くに「甲斐の山々 」が聳えています。「市川三郷町」の町並みも広かったです。立派な家々が並んでいます。住民は、どのような仕事をしているのでしょうか。

城を下りて、隣の「歌舞伎文化会館」に行きました。東京の歌舞伎座が、歌舞伎役者を案内しているかのように、立派な歌舞伎文化の展示です。

私は、あまり歌舞伎には詳しくありませんが、華々しい歌舞伎役者の案内、展示には、感銘致しました。歌舞伎役者を輩出していて、昔から、歌舞伎には縁が深いのです。

華々しい歌舞伎役者の衣装は、日本の芸術のような気がしました。

山梨県の山の中の町で、都会から離れても、歌舞伎の文化を学べるとは、思いませんでした。

「市川三郷町」に感銘して、千葉に戻ります。「市川三郷町、さようなら!」

 

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