西村治彦の日記

西村治彦の日記

日々の出来事を書いています。

 この日は、千葉県南房総市白浜町白浜で行われている「白浜海女まつり」に出掛けました。同行はリカさんです。白浜町白浜は海に面しています。太平洋です。その海では、「海女(あま)たち」が、海に潜って、「サザエ」「アワビ」「イセエビ」などを取ってきます。凄いですね。この辺りの海は、「岩場」が多いので、「サザエ」「アワビ」「イセエビ」などがたくさん取れるのです。私とリカさんは、「白浜」に到着して、昼食を」取りました。食事には「イセエビ」「アワビ」「サザエ」が出てきました。目の前の海で「海女さんたち」が取って来た「海の幸」です。この地、「白浜」では、その「海女さん」に感謝して、「白浜海女まつり」が行われました。私とリカさんは、その「海女まつり」を見学に行って参りました。この辺りの海には、多くの「海女」が海に潜って、「海産物」を取ってきます。「白浜町」には「若い海女の像」が立っていました。「海女」たちは、海に潜って、たくさんの「海産物」を取ってきます。原価はタダだから、儲かりますね。取りすぎると、翌年 取れなくなるので、取る数の制限をしていると思います。

 この辺りの海では、「海女」をよく見かけます。食堂の親父に聞いたのですが、「海女は大勢いる!」と申しておりました。若きも老いも、海で取れば、すぐ収入になるので、「海女の仕事」は楽しいでしょうね。上半身、裸でも、誰も見ていないし、周囲も裸だから、素っ裸でも楽しいと思います。私は以前、素っ裸の「海女さん」たちと、記念撮影を撮ったことがあります。

 ここのその時の写真を載せても大丈夫でしょうか。

 この日、私とリカさんは、「白浜海女まつり」会場付近を歩き回りました。「野島崎灯台」が聳えています。海と岩場には、普段、「海女」たちが、潜って「海産物」を取っています。「白浜海女まつり」は 夜まで続きます。この日は、物凄く暑かった。熱中症にならないように、一旦、涼しい場所に移ります。

 

 

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 この日は、埼玉県川口市に出掛けました。川口市は、東京都北区の北側を流れる荒川を超えて行くと、埼玉県川口市です。うちの「川口事務所」があります。「川口市ふじのいち商店街」では、「七夕まつり」が行われていました。私は同行の次女と、この「七夕まつり」に行って参りました。「七夕まつり」は場所により7月に行われていたり、8月に行われたりします。ふじのいち商店街は、7月に行われました。地元の人々を中心に、多くの人が、訪れていました。「七夕祭り」は郷愁を呼びます。織姫と彦星は愛し合っているのに、一年に一回しか会えないとは、過酷です。だからこそ熱烈に、二人を応援したくなります。

 ここ「川口市」は、うちの「川口事務所」があります。「川口事務所」に行く時は、「鋳物の町」を通って行きます。

以前は、「川口」は、町中「鋳物の町」でした。鋳物を溶かすとき使用する「キューポラ」が、川口市の街並みに林立していました。これにちなんでか、「川口オートレース場」では、例年「GI日刊スポーツキューポラ杯争奪戦」が行われています。私は、川口市を通る時、「キューポラ」を眺めながら、通過したことが懐かしいです。しかし、最近は、「川口市」では「キューポラ」を、あまり見かけなくなりました。「鋳物」の生産が、相当に減ったのでしょうか? 熱い過酷な労働条件では、働かなくなった日本人が、増えたのだそうです。代わりに「多くの外国人」が、「キューポラ工場」で働いているそうです。

 日清、日露戦争は軍需用途で川口の鋳物産業が大きく発展しました。1942年には単独市で鋳物生産量日本一、47年の鋳物生産額は全国の約3分の1を占めるまでになりましたが、住宅地の中にも小規模な鋳物工場が混在する川口市では、住宅の需要が高まるにつれて工場の操業がしづらくなり、廃業も相次いだのだ、そうです。同組合員数は1947年の703社から、現在は102社と7分の1近くになりました。1970年代から1990年代ごろの川口においては、かつて鋳物工場であった場所は次々とマンションへと変貌していき、21世紀の川口において鋳物工場はごくわずかしか残存していないのです。

「キューポラのある街」。かつて鉄の溶解炉・キューポラが立ち並んだ埼玉県川口市を舞台に、俳優の吉永小百合さんが主演し、1962年に公開された映画が大ヒットしました。今も川口市のマスコットに溶解炉がモチーフの「きゅぽらん」が選ばれるなど、鋳物は川口の象徴です。ただ、時代の流れで多くの鋳物工場がマンションなどに変わり、キューポラの数も働き手も減っています。そんな中、川口の鋳物業を支える多くの外国籍の人たちがいます。キューポラの、屋根から突き出たその姿は鋳物工場のシンボル的な存在で、鋳物産業が盛んだった1980年代ごろまでの埼玉県川口市にはキューポラが多く見られました。

 帰り、川口市にある「川口オートレス場」に立ち寄りました。この日はレースは行われていませんでした。「GI日刊スポーツキューポラ杯争奪戦」の案内が目立ちました。以前、「オートレース」が行われていた時の画像を載せたいと思います。実際の「オートレース」が、物凄い迫力でした。

 

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 この日は、東京都港区六本木6-10にある「六本木ヒルズ」に出掛けました。「六本木ヒルズ」の前庭には「江戸時代の長州藩」の庭園であった「毛利庭園」があります。「長州藩(ちょうしゅうはん)」は、江戸時代に周防国と長門国を領国とした外様大名・毛利家を藩主とする藩です。現在の山口県に相当します。毛利家では、現在の「六本木ヒルズ」のある場所に「日本庭園」を有していました。その日本庭園は、「毛利庭園」として一般公開されています。私と今年の新人・山本海音と大田修也は、「六本木ヒルズ」に行って参りました。私は、「六本木ヒルズ」に出掛けるのは久しぶりです。山本は、学生時代には、毎週のように、「六本木ヒルズ」に遊びに来ていたそうです。都会育ちですね。大田修也は、あまり遊ばなかった、と申しております。「六本木ヒルズは詳しくは知らない」と申しております。「六本木ヒルズ」の敷地内にある「テレビ朝日」の建物の前を通って、「六本木ヒルズ」に向かいます。手前には、「毛利庭園」がありました。「毛利庭園」には「ハート形」のオブジェがあって、人々が「ハート」の前で記念撮影です。男女の「ハート姿」が似合うのですが、我々は3人です。交互に記念撮影を撮って喜びます。しばし「毛利庭園」を見学してから、「六本木ヒルズ」の建物の中に入ります。「六本木ヒルズ」の前の坂は「けやき坂」です。「欅坂46」と言う「女性歌手グループ」がいましたね。「坂シリーズ」のグループがたくさん誕生しました。「乃木坂」も近くにあります。「乃木坂」は「乃木坂46」があります。私は、歌手については詳しくないのですが、似たような「グループ」がたくさん出てきました。

 さて、我々3人は、「六本木ヒルズ」の中に入り、「屋上展望室」に行くことにしました。乗ったエレベーターが早いこと。すぐに、「屋上展望室」に着きました。ここから「大東京」を眺めます。東京は広すぎて、大きすぎて、建物一件一件は 良く分かりません。ぐるっと、「六本木ヒルズ展望室」を回って、東京中を見物しました。「六本木ヒルズ」は背が高いですね。高さは海抜270mあります。東京タワーの特別展望室より高いそうです。「いや~!」、大都会を見て、自分の存在など、ちっぽけな些細な存在だと、改めて認識しました。帰ります。千葉事務所から出てきたので、我々3人は田舎者です。

 

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