勝見城跡探検隊・長生郡睦沢町の山城・この城で天下が取れるか | 西村治彦の日記

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勝見城跡探検隊・長生郡睦沢町の山城・この城で天下が取れるか

 この日は 千葉県長生郡睦沢町にある中世の山城・「勝見城」を探検に行くことになりました。

同行は、橙色子こと岡崎葉であります。

 彼女は 隠れた城跡などを探検することが大好きです。

派手な観光地でなく、隠れた歴史探訪が好きなのです。

 千葉県長生郡睦沢町にある「やすらぎの森」駐車場に到着しました。

勝見城跡」は、睦沢町が管理する「やすらぎの森」の中に存在致します。

睦沢町が管理しているので、遭難しないよう当時の道などは、きちっと整備されております。整備されていると申しても、殆ど誰も、「勝見城跡」の探訪には、来ないようです。

 途中 怖い所ばかりでした。「勝見城」の空堀や土塁は 当時のまま残されておりました。

山の細い尾根を利用して、道となっています。

当時 敵が攻めて来ても、どこに領主がいるのか、分からないほどの山の中であります。

山の尾根伝いに、二人は歩き続けました。

山の中には たった二人しかいないのに、互いに「ニッコリ」微笑みながら、歩き続けました。

岡崎が、19歳の時に知り合って、もうかれこれ、20年以上であります。少女だった岡崎葉も 大台に乗りました。そう言う私も大台に乗っています。もっと大きい大台であります。

 そんなことより、「勝見城跡」は 深い谷、高い土塁など自然の地形を利用して「城」をなしています。

 怖かったです。

急な崖を登り、

そして降りて、深い谷には、「吊り橋」が架かっています。

揺れながら渡る時の二人の「キャー!」と言う声は、誰にも聞こえません。助け合うのは 二人同士であります。

私は 退院後 脚の訓練が 以前より少なくて、山道は堪えました。

しかし それは 脚の訓練であると思って、歩き続けて、良い運動をしたと思い 満足であります。

 山道を歩き続けましたね。脚が痛くなったけど、続けていると治ります。途中、千葉氏の「北辰妙見碑」がありました。中世のこの山城も、「千葉氏系」の城であったことが分かります。

 とうとう終点に近づきました。「観音曲輪(かんのんくるわ)」です。

「曲輪」は平らな場所を申します。小休止の場所であります。昔 ここには、「観音堂」が建っていたと思われます。

 終点は、「主郭=本丸」であります。当時の城主は この「主郭」にあった城に住んでいたと思われます。

現在は 模擬天守閣がありました。

 「模擬天守閣」からは、長生郡の丘や平野、その向こうには太平洋が見えます。

「勝見城」の歴史については、途中 説明板がありました。

{それには こう書いてありました。:築城時期は不明だが、鎌倉幕府創立に大きな役割を果たした高藤山城主・上総権介広常の弟で金田郷を支配した金田小太夫頼次の居城と伝わる。治承四(1180)年の源頼朝の挙兵の際は、金田頼次は伊豆蛭ヶ小島の頼朝配所に居り、千葉胤頼とともに当初より挙兵に加わり、三浦大介義明の居城、衣笠城の籠城に合流した。しかし衣笠城は畠山重忠らによって陥ち、頼朝も石橋山合戦で敗れ安房に逃れた。この時に頼次も衣笠城を落ち勝見城に帰ったと見られる。寿永二(1183)年十二月、梶原景時の讒訴により兄の上総広常が謀殺されたとき、頼次も蟄居を命ぜられ病死した、あるいは広常と一緒に殺されたといわれる。

その後、広常の無実が証明されると、金田郷はふたたび頼次の嫡子、康常に安堵されたが、その子盛常の代の宝治元(1247)年、鎌倉幕府執権・北条時頼が三浦一族を滅ぼした「宝治合戦」が勃発し、金田氏も巻き添えとなり金田郷を没収され、勝見城は宗家の千葉氏の所領となった。盛次の子、胤泰は叔父の千葉胤定の跡を継ぎ、下総鏑木郷に移り住んで鏑木氏を称した。

鏑木氏三代の鏑木家胤の弟、常泰は上総蕪木城を築き、金田氏は下総鏑木氏と上総蕪木氏の二家に分かれた。蕪木氏八代常信は千葉宗家に属して安西氏や里見氏との抗争に軍功があり、金田郷の旧領へ復帰がかなったが、勝見城を居城としたかどうかは明らかではない。

戦国期には庁南城の武田氏の配下に入っていたと考えられ、大泉伊賀守らが在城した。天正十八(1590)年の小田原の役では大泉氏または庁南武田氏の一族が居たと思われるが、戦闘があったかどうかは不明。北条氏の滅亡、庁南武田氏の没落とともに廃城となった。}

 最後は、主郭のすぐ下にある「歓喜寺」に寄りました。

歩き続けて、疲れた足には

 丁度良い休息場でありました。

「歓喜寺」から、「勝見城跡」の下を取り巻くように、道がありました。その道を歩いて、来た時の駐車場まで、歩いて戻ります。

「まだ歩くのかよ!」。

 ようやく、二人は、車に戻って、近くの「夫婦堰(めおとぜき)」に立ち寄って、

千葉事務所に 戻ったのでした。疲れたけど 楽しかったです。山奥の探検でした。

 

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