どうもしょーごです

ブログを書き始めてから半年ほど経つでしょうか?
毎日書いていたんですが、とうとう昨日はブログの更新ができませんでした。
というのも、ここ最近になって突然忙しくなったんですよ。
仕事もそうなんですが、特にプライベートでしょうか

まぁ暇でゴロゴロしているよりは余程良いので、忙しいからといって毎日が嫌になる訳でもありません。
寧ろ充実した日々を送っています

そんな中、父から長文のメッセージが届きました。
簡単に書くと、『墓参りに行け』という内容でした。
字面的にはもっと柔らかい表現でしたが、あれは『行け』ということで間違いありません笑
細かい事情を説明するのもあれなので割愛しますが、現状、墓参りに行けるのが僕だけなんですよ。
厳密には他にも行ける人はいるんですが、行く気がないので

そして僕はというと、ここ三年程、忙しい日々が続いており、なかなか墓参りに行く余裕が無かったんですね。
そして少しは落ち着いて来たかな?というタイミングでのそれという訳です。
僕が子どもの頃から時折一緒に墓参りには行っていましたが、父は、自分の母親(僕の祖母)を亡くしてからというもの、とにかく良く墓参りに行っていました。
なので、自分が行けなくなった今、墓がとても心配なのでしょう。
過去に少しだけブログに書きましたが、僕は父との間に余り良い思い出がありません。
その墓に対する熱意を、ほんの少しでも子育てに向けられなかったものか。
まぁそれは今でもそんなに変わりはありませんが…。
賛否が分かれる意見かもしれませんが、僕は今を生きている人を第一に優先して生きたいと考えています。
それは妻であったり子であったり両親であったり。
家族のために使ってあげられる時間を削ってまで墓参りをしようというのは違う気がするんです。
勿論、それが大切なことだと教えてあげるのも親として大切な務めだとは思いますが。
ただ、僕自身、子どもの頃に家族と行った墓参りよりも、人生でただ一度だけ父にしてもらったキャッチボールの方が鮮明に覚えている訳で…。
父に遊んでもらった記憶といえば、その一度のキャッチボールしかないんです。
もしかしたらもっと幼い頃、遊んでもらったことがあるのかもしれません。
でも僕の記憶のどこを探してみても、たった一度のキャッチボールしか残っていないのです。
だからこそ、僕は家族との時間を誰よりも大切にしたいと思うのかもしれません。
墓に眠っている人からすれば、墓参りに来てくれれば感謝もするでしょう。
しかし僕ならば、死んでからよりも生きているうちに感謝したいと思うんです。
死んでから突然親身に寄り添ってこられても…ねぇ?
敢えて言い訳と書きますが、僕が素直に墓参りに行けないのはそういった経緯も関係している気がします。
でも、そうやって父親の愛情を何も感じられなかったからこそ、今では自分の子ども達に目一杯の愛情を注いであげようと思える自分がいるというのもまた事実なのでしょう。
そういった意味では感謝もしてるんですよ

だからちゃんと墓参りには行きますよ。
平日、家族が誰も家に居ない時に一人で。
それではまた
