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野生農園日誌

自然農法の農園「野生農園ザ☆ばん」の日々の記録
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今年もあっという間でした。
1年は3千万秒以上あるそうなので、正確には「あっ」が3千万回以上言えるのですが、体感的には「あっ」×100くらいの感じでした。
12月は畑仕事自体は大分暇になったのですが、前回書いたように、イベントや出店などに追われていました。

12月上旬は昨年に引き続き、じん君の漬物ワークショップ。
2年前に天啓を受け、料理人から転身して漬物伝道師になったじん君が、ますますパワーアップして帰ってきました。
天から「漬物じゃ」の声と共に漬け方まで下りてきたそうで、勉強せずに最初から漬物を漬けられたそうですが、そこから更に研鑽を重ねて腕を上げています。


去年は大根を干して沢庵にしましたが、今年は干さずにそのまま野菜と塩と米糠を混ぜて乳酸菌発酵させる、じん君流「縄文漬け」。
長期間争いが無かったことや、人々が芸術性を開花させた縄文土器等で知られ、一部で注目を集める縄文時代。
当時から内陸の人々と沿岸の人々とは交易をしており、内陸部でも保存食として塩で漬ける漬物は存在したと考えられています。
と言っても縄文時代は後期になるまで稲作は無く、多くの野菜もまだ日本には入ってきていないので、正確な意味で縄文時代の漬物を再現したわけではありません。縄文のスピリットを宿したお漬物です。この漬物ワークショップは来年、種まきからの連続講座にすることも構想中。
来年の秋をお楽しみに。

そして中旬には表参道の「ナチュラルハウス」店舗前で野菜や加工品を販売する機会を頂きました。
係長補佐がこんなお洒落な街で野菜を売る日が来るなんて、誰が想像したでしょう。

でも、街を舞台にすると建物や人がいっぱいで、背景を描くのが大変。

おかげで畑を描く時の3倍くらい時間がかかってしまい、「出稼ぎはもう止めた方がいいかも」と悩んでいます。

ところで、今回はマリー・アントワネットさんが時空を超えてゲスト出演してくれました。

マリー・アントワネットの発言として有名な「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」は、実は彼女の言葉ではないそうです。
元々はジャン・ジャック・ルソーが著書の中で「ある高貴な女性のセリフ」として書いた言葉が、浪費家のイメージのあったマリー・アントワネットの言葉として流通し、困窮するフランスの庶民の不興を買ってしまいました。
フランス革命には、庶民が自由や平等を獲得するための闘いという側面と、金貸しや資本家が私権を拡大するための謀略という側面とがあり、正しかったとも正しくなかったとも言うつもりはありませんが、根拠のない噂による印象操作が、彼女が処刑される一因になっていたとしたら悲しいですね。
ちなみに今回の漫画はマリー・アントワネットさんの台詞以外も、途中からフィクションです。
どこからフィクションかはご想像にお任せしますが、漫画の中で補佐は無いものばかり探すカルマを解消するため、再度生まれ変わることになりました。
現実の補佐は、来世からではなく、来年からもっと「あるもの」で出来ることを探していく所存です。

12月も下旬に近付く頃には寒波が到来。

アーナック係長は寒くても元気。ニンニクの上でお昼寝してます。そこで寝るのはやめてほしいです。


連日の寒さで大根やカブも凍みてしまいましたが、土の中のキクイモは、まだ無事です。
キクイモチップスは藤野のお店で販売してますが、webショップでも販売中なので遠方の方はチェックしてみて下さい。

そうこうしている内に今年も残すところ後わずか。
来年もよろしくお願いします!

11月末からイベントやら出店やらに追われ、気が付けばもう12月7日。
忙しい時には車やプリンターが故障したり、メールが届かなかったり、色んな災難が同時に襲ってきます。
これに加えて係長補佐の場合は、よく大事なものが五次元に移動してしまいます。
暫くペンタブレットのペンが五次元出張していて、4コマ漫画を描けなかったことも相まって、すっかり更新が遅くなってしまいました。

年を重ねると、こういう現象は誰にでも起きてきますが、補佐の場合は若い頃からです。
若い頃老けて見られた人が、年を取って「変わらないね」と言われるようなものでしょう。

前置きが長くなりましたが、収穫の秋の11月の報告です。
サツマイモ、サトイモ、キクイモ、ヤーコン等、根菜類を掘り出しました。

今年は借りていた畑の下で、地主さんが耕作出来なくなったため、少し畑を広げました。
永らく放置され、草むらになっていた土地に植えたサトイモはそこそこ豊作。その隣の地主さんが毎年耕耘と除草だけ徹底していた土地では大不作。
スコップの左が放棄地、右側が除草されてた所ですが、右側は早々に小さなサトイモが枯れてしまい、殆ど何も見えません。地力回復には耕作せずに放っておくのがよさそうです。

サツマイモとヤーコンはよく出来たところもありましたが全般的に不作。
なぜ出来なかったのかが謎な場所もあるのですが、要因のひとつがキクイモ。
去年植えたところから勝手に出てきてしまい、最初の内は引っこ抜いていたのですが、抜いても抜いても出来てきて気付くとキクイモ畑に。
他の作物を植えた場所では引っこ抜きましたが、隣で大きく育って日照を奪ったり、気付くとキクイモが隣まで進出してイモを太らせたり、しっかり他の作物の生育を阻害してくれました。
キクイモは凄まじい生命力で、すっかり雑草化しました。

晩秋の畑は夏野菜も夏草も、色んなものが枯れてきました。
雑草と共存している野生農園では、畑に入ると雑草の種まみれになります。

中でもひときわ蔓延っているのがアメリカセンダングサ。
鋭い棘で服や毛にしっかりくっついてきます。

アライグマにキクイモ、そしてアメリカセンダングサ。
野生農園ザ☆ばんも、すっかりアメリカナイズされています。
敗戦後から給食でパン食に慣らされ、ハリウッド映画できらびやかなアメリカに憧れを抱かされてた日本人。
係長補佐もそんな占領政策から逃れられないのでしょうか。
でも野生農園の畑にいるのは、ヨーロッパに侵略される前からアメリカにいた生き物たちです。
キクイモもインディアンが食べてきた野菜。
小学生の頃、新デビルマンの「リトルビッグホーンの闘い(インディアンと米国陸軍との闘い)」を題材にした物語を立ち読みして以来、ヨーロッパよりインディアンにシンパシーを抱いてきた係長補佐は、インディアンになった気分でキクイモを収穫しています。

ところで、リトルビッグホーンの闘いで敗北した白人のカスター大佐、多くの虐殺を主導してきた極悪人だとずっと思っていましたが、こんな言葉を残しているそうです。
『・・・・私はしばしば、自分がインディアンだったら、「白人の作った保留地に閉じ込められ、やりたい放題で悪徳だらけの文明のお情けにあずかって生きながらえるより、自由で遮るもののない平原を仲間と守り、運命を共にすることを選ぶほうがずっとずっと楽しいだろう」と考えたものだ。
我々白人は、長らくインディアンを美しいロマンで包んでいた。しかし、一度それを剥ぎ取ってしまえば、彼らは「気高き赤い勇者たち」とは呼ばれなくなり、インディアンという人種は残虐にして野蛮そのものとみなされることとなる。けれども、同じような境遇に生まれ育てば、白人だって彼らと同じなのだ。人間というものは沙漠の野獣同様に、残酷かつ獰猛になれるものなのだから。
この土地は、インディアンたちが長い間自分たちのものだと思い、狩りをしてきたところだ。それを「文明」というこの貪欲な怪物から明け渡せと要求されたとしても、誰の助けも得られない。
彼らはただ降服するしかない。さもなくば彼らは、この「文明」という怪物に無慈悲にも踏みにじられ粉砕されてしまうだろう。運命は、それを望んでいるようだ。』
インディアンに同情的な心情も伺え、当時としては比較的まともな感覚の持ち主だったのかもしれません。カスターもお上に抗えずに運命を呪うただの役人だったのでしょうか。
なかなか興味深い記事だったので紹介しておきます。
第七騎兵隊全滅~歴史はほんとうに人間の真実なのか?
カスターは確かに酷いこともしたのでしょうけれど、インディアン撲滅を熱狂的に支持したのは大衆。古今東西、お上のやることは間違いだらけなのに、熱に浮かされた大衆がそれを支持してしまい、後から誰かに罪を被せるという構造は変わっていないのかもしれませんね。

秋も深まる10月。
野生農園では先月、オクラの初物が出ましたが、今月はようやくゴーヤが少しずつ大きくなってきました。
しかし上旬は夏の続きのような暑さだった10月も、中旬になると一気に気温が下がり、冬の様相を呈してきます。
せっかく実がなったゴーヤも、寒さで葉っぱが枯れてきてしまいました。
無肥料栽培では、野菜がゆっくり育つことが多いので、適期に種まきしないとこんなことになってしまいます。

可愛そうなゴーヤ!
それでもけなげに黄色く熟してきたので、種を採って来年撒いてみます。覚えてたら・・・。

今年の種ニンニク、自家採種のものは殆ど発芽して元気に生育中です。


硬い草を敷き詰めて土を被せた上に、草マルチをしたニンニクも、今の所ビニールマルチのニンニクと大きな差は出ていません。
しかし、今年購入した種ニンニクは質が悪くて非常に発芽率が低く、捕植をしました。
せっかく腱鞘炎も癒えてきたというのに、またしても腱鞘炎です。
結局植え終わったのは10月下旬になってしまい、後で植えつけたものはまだ出てきていません。
捕植分が足りなかったところには、自家採種のSSサイズまで植え付け、とにかく穴は全部埋めたのですが、適期からはちょっと遅れてしまいました。
ゴーヤは間に合いませんでしたが、果たしてニンニクは間に合ってくれるのでしょうか。
SSサイズでどこまで育つのか、10月下旬に植えて育つのか、全部実験です。
係長補佐の人生は全てが実験なので、想定外の出来事が起きるのも、やむを得ません。
ニンニクの発芽温度は18~20度と言われていますが、最高気温はまだ20度超えの日も多いので、きっと発芽はしてくれるでしょう。
ただ、冬までの生育時間が足りずに十分大きくなってくれないかもしれません。

補佐は、SSサイズでも遅植えでも、育つと信じて植えれば大きく育つという仮説を立てて植えてみました。
この仮説には根拠が希薄だし、仮説というよりただの願望かもしれませんね。
だけど、仮説にはみんなその人の願望が入ってて、その願望に合うようなデータを探して理屈をくっつけるものなんです。
最近は主流派の仮説に沿わない仮説を唱えたり、主流派の仮説の矛盾点を指摘したりすると、デマ扱いされる世の中になってしまいましたが、検証もせずに否定する人は、たとえ科学の一分野の専門家であっても科学的ではありません。
自分の仮説は単なる願望に過ぎず、本当は間違ってるんじゃないかなと常に問い続けるのが科学的な態度です。
仮説が大体外れるので、常に自分の仮説を疑い続けてる係長補佐を見習ってほしいものです。

9月も瞬く間に終了。夏野菜がようやく出来始めた頃に秋が到来しました。

おっさんになってからも、どこも痛くなかった係長補佐。
しかし最近はさすがに長年酷使してきたつけが回ってきたのでしょうか。このところ腰の痛みに悩まされるようになりました。
何事も経験しなければ分かりません。
これまでの補佐なら、目の前にぎっくり腰で倒れた人がいても、邪魔だこの野郎と蹴り飛ばしていたかもしれませんが、今ならいたわりの心を持って接することが出来るでしょう。
そう考えれば、腰痛も悪いことばかりではありません。
さて、この時期になると毎年野生農園ではニンニクを植えつけます。ニンニクを大量に植えたことで、腰痛に加えて最近患っていた腱鞘炎も悪化。


心身の使い方を根本的に見直す時期に来ているのでしょうか・・・。

ところで、今年もニンニクにはビニールマルチを使ったのですが、例年ビニールマルチを使わない畝を一部作っています。
いつかビニールマルチに勝たせてやりたいのですが、連戦連敗です(サイズで勝ち負けを判断するのは人間の勝手な決めつけに過ぎず、ニンニクには大きなお世話だと思いますが)。ニンニクの上に思い切り分厚く草を重ねた今年も、例年より幾分善戦しましたが、大きくてもSサイズ止まり。
そこで今年は、炭素循環農法や有機農法のやり方を真似てみることにしました。

ちょっと酷い写真で何だか分からないですが、オオブタクサや支柱に使った竹など、畝の上に糸状菌が食べてくれそうなものを並べ、上から土を被せてみました。


数日後、そこにニンニクを植え付けました。
もう少し発酵が進んでから植え付ける方がよかったのでしょうけれど、直前に思いついたので仕方ありません。
今年はとりあえず実験です。
実験は滅多に成功しませんが、下手な鉄砲もなんとやらで数少ない成功を積み重ねていけば、いつかすごいことになるかもしれません。
そんなことを考えてると時々「そう言えば補佐の残り時間もそんなに長くはないだろうな」と我に返ります。
平均寿命まで生きたとしても後30余年ですから、これまでの人生の時間を考えれば一瞬です。

「…いつのまにか いつのまにか 命の終わり
あたしたちが 若くなくなったとき
あたしたちは また
いつか いつかと
声をかけあうことが あるかしら
命は 命はなんにもしないうちに 終わってしまうから
「若い時」なんて あたしたちにも もうないの…」

中島みゆきの幻のデビュー曲と言われる「あたし時々思うの」からの引用です。
若い頃この歌を聞いて、自分が若くなくなった時も「いつか いつか」言ってるんだろうなと思いましたが、やっぱりそうでした。
いつか いつかと思ってるから、今が生きられないんだと反省。
でも、いつかやろうと思ってやらないまま終わるのではなく、やり始めて失敗続きでも、いつかすごいことになるだろうと信じて終わるなら、それはそれで充実した命なのかもしれません。

8月は猛暑で始まり、台風からのまるで梅雨の末期のような謎の長雨、そして再び猛暑に見舞われました。

そんな激動の8月を振り返ります。

 

近年、外来種のアライグマが増え、スイカが食われるようになってしまいました。

電柵を導入したことにより、これまでは何とか防げていたのですが、遂に結界を破って電柵内に侵入。

アライグマはスイカに穴を開け、中身を掘り出して食べます。おかげでスズメバチもスイカにありつけました。

なぜアライグマは、電柵があるのに侵入できたのでしょう?

ネットと電柵を併用するとよいという話を聞いて、電柵の内側を更に不織布で囲ってスイカをガードをしていたのですが、この不織布が破れてきて、隙間が空いていたことも一因かもしれません。

いずれにせよ、電気は通っていたので、アライグマがビリっと来ていたことは確実。「この程度で俺を殺すことはできん!」と学習し、我慢して侵入するようになったのでしょう。なんという勇気と忍耐力!もはや天晴れというしかありません。

全部は食い尽くさずに、補佐にも収穫させてくれたことに感謝することにしましょう。

結界が破られたのを見た時は、もうスイカやめよう!と思いましたが、少しは収穫できたので、現在は、また完璧に対策をし直して来年もやる気になっています。

だけど、いくら対策を講じても、生き物の皆さんも生きるのに必死なので、それを超えてくるんですね。

ワクチンを大量に摂取したところで、変異して感染力を広げる、どこぞの感染症を連想します。

 

せっかく収穫したスイカですが、ちょうど実の成長する時期が長雨の期間と重なってしまったせいか、全般的に甘味が乗らず、味はいまいち。

乾燥して甘味を凝縮すればいけるかなと、収穫したものは全部ドライスイカに加工する予定でしたが、どこぞの感染症のおかげで加工を委託していた施設がお休みに!というわけで、残念ながら加工できたものも一部のみ。少量ですが、オンラインショップなどで販売する時はまたお知らせします。

 

さて、スイカ以外の夏野菜はと言うと、久々に栽培したナスやゴーヤはゆっくりゆっくり成長中で、結実はこれから。そして、ニジュウヤホシテントウに食われてボロボロになっていたミニトマトは、8月になって元気を取り戻し、実が付き始めました・・・と思いきや、長雨でことごとく実が割れてしまい、株全体も再び元気を失ってしまいました。彼らの夏はいつになったら来るのでしょう?

係長は、あまりの暑さで熱中症になりそうなので暫く夏休みを取っていましたが、暑さのやわらいだ先日から復帰。

元気に係長補佐に補佐されています。