進学先は山手学院に決まりました
昨晩に明大明治がNG、今朝は法政二もあえなくNGとなり、山手学院への進学が決まりました。長女本人は昨晩の明大明治NGがショックだったようで、今朝の法政二の発表確認は見ませんでした。試験の感想の話から、どうも難しい気配を感じ、覚悟していたので、やはりそうなったかと、自分としては、割と冷静に受け止めることができました。
長女には、本当によく頑張ってもらったと思います。よくわからないまま、受験勉強に放り込まれながら、しっかり勉強してくれて、ここまで漕ぎ着けることができました。長女本人としての現時点での正味の実力を発揮した結果だと思うので、これでよいのだと思っています。
一方、塾に結果を報告した際、先生から「本人はやりきった感じはありましたか」と問われましたが、長女本人がどう思っているのかは何とも言えないところです。基本的な体調管理やあと一歩の勉強ができれば、結果が変わった可能性はあるとは思いますが、そこまで実行する力はなかったわけで、本人としては、もしかすると多少の後悔はあるのかもしれません。
山手学院に決まった最大のメリットは、何と言っても、多くの大学に進学するチャンスができたことです。高校受験の取り組みで、親の自分にも様々な気づきがありましたので、それを踏まえて、よりよい大学受験に取り組みたいと思っています。
明大明治 一般入試受験
先月の推薦入試を受験しているので、長女本人だけで行かせようかとも思いましたが、道中何かトラブルがあったときに備え、自分が学校最寄り駅のシャトルバス乗り場まで付き添いしました。多くが保護者同伴であった印象ですが、推薦入試のときとは違い、自分を含め半分以上の方は、そこまでの付き添いのようでした。
朝の長女は昨日よりもリラックスしているように見えました。そして、帰宅後の第一声は「無理だ」でした。最初の国語でこれはいけるかもと思ったら、英語と数学ができなかったとか。長女にとっても、自分にとっても崖っぷちのようです。うまくいかないと思って結果を待とうと思います。
全ての試験が終わりましたので、ささやかにお疲れ様会を開きました。明日は、進路決定パーティを催します。(と言ってもデリバリーで、今夜と少し料理が変わるだけですが)
この後、本日22時に明大明治の発表があり、明日10時には法政二、山手学院の発表があります。
法政二 一般入試受験
本日の試験、幸いなことに雪の影響は全くありませんでした。長女が学校を訪れるのは中1のときの学園祭以来になります。そこで、自分が行きのみ付き添いました。(帰りは本人だけで) おそらく8〜9割が保護者同伴で、友達2人組や1人での受験生はポツポツといる程度でした。目の前を歩いていた2人組の右側がごく普通の男子中学生でしたが、左側の小柄の女性に違和感を感じました。最初、女子中学生だと思ったのですが、それにしては、コートが大人過ぎることに気づき、さらにお母さんというには服装が若く華やか過ぎると思いました。帰ってから連れ合いに報告したところ、それは、都合が悪くて来れない両親に代わって付き添った大学生のお姉さんでしょう。なるほど合点がいきました。保護者控室の用意があるとのことで、一時は帰りまで待つことも考えましたが、前日に学校側よりコロナ対策のため、なるべく利用は控えてとの連絡があったこともあり、見送りだけにしました。
長女の帰宅後の第一声は「できなかった」でした。どのくらいできなかったのかは判然としませんが、ここを落ちるわけにはいかないといったプレッシャーがあったのかもしれません。いつもと態度が変わっているわけではありませんが、何となく雰囲気が重いような気もします。土俵際かもしれません。明日がラストになります。
山手学院 併願入試受験
併願確約済みでしたので、穏やかに見守ることができました。長女は一度も学校を訪れたことがなく、連れ合いが送り迎えしました。受験番号によると1,300人程度は受けたはずですが、保護者同伴は女子限定でせいぜい50人以下、大半が少人数のグループで、中にはカップル?もいたそうです。事前の案内に、7:30~50の時間帯は大変混み、8:10頃の校門到着だと混雑回避できるとあったのですが、雪のこともあってかその時間に到着する人は皆無だったそうです。
長女のコメントは「数学が割とできた」と(混雑緩和のため時間差の下校だったのですが、最終グループだった長女の教室では下校時間まで)「皆が勉強していて驚いた」でした。長女の余裕ぶりに、改めて驚きます。連れ合いは、30分以上寒空で待機して、カイロを持っていけばよかったとぼやいていました。
この試験によって「特別進学コース」と「進学コース」の振り分けが行われますが、「進学コース」でよいと思っているため気にしていません。一点、気になっていたのは、ネットの根も葉もない論評の中で設備面の指摘があったことで、長女によると「中学校よりも古い」でも「通いたくないレベ ルではない」でした。長女はその点にはあまりこだわりがないようで助かりました。
親の心境
あと少しで、長女の進学先が決まるとは。過ぎてしまえば3年間はあっという間でした。長女本人にとっても、どこに進学するかによって、大きく人生が変わることになりますが、親にとっても色々な意味で大きな岐路です。大学付属校に進むのか大学受験進学校に進むのかで、親の対応もお金も大きく変わりますので。
先月の明大明治の推薦入試では、合格の千載一遇のチャンスと、かなり前のめりの期待があり、不合格のショックが大きかったのですが、今回は注意深く、なるべく意識して、うまくいかないことが当たり前と思うようにしています。やはり、行けると思っていてダメですと、ダメージが大きいですので。そもそも、長女は結局朝型になっておらず、諸要素から期待するのが難しいと感じます。ただ、ダメな場合の先のことは考えていません。それはそのときに考えればよいので。(一方、時折、合格したらと想像して、一瞬浮かれてしまうことがあったりします)
なお、長女本人は、(どの程度の確信があるのかはよくわかっていませんが)
明大明治に進学するつもりで受験に臨むようです。あまり落ちることを考えていないように見えます。
まずは、明日の雪のトラブルを回避できますように。
部屋のドア
実は、長女は勉強しているときでも、部屋のドアを開け放っています。適度に生活音が入ってくる方が、落ち着くそうです。どう考えても、ドアを閉めたほうが勉強に集中できると思いますが、長女のやりたいようにやってもらっています。特にこちらは、音に関して気を遣うことはありません。塾のオンライン授業の時だけは、生活音が入らないよう閉め切っています。
このドア開放にも利点があり、中で勉強しているのか、寛いでいるのか、昼寝しているのか、よくわかります。もしも、いつも閉め切っていたなら、こんなにも頑張っているのかと、大いに誤解していたことでしょう。誤解なく長女の実力を推し量ることができ、過度な期待を寄せずにすむ点ではよかったです。
デジタルスキル
大学で学んだことは社会で役に立つのか。もちろん、医学、法曹、教員養成等はダイレクトにつながりますし、理系も分野や程度によって異なりますが、多少はつながりがありそうです。一方、文系の場合ですと、ほとんど企業等で直接役立つことはないと思います。以前であれば、企業側も、自社で教育するので、大学側で余計なことをして、変な色をつけてくれるな、が基本スタンスだったと思います。
しかし、昨今、(主にDXの観点から社員のリスキリングが語られていますが)デジタルテクノロジーの進展から、企業内で必要とされるデジタルスキルが急速に高度化しています。もちろん、全ての人がプログラミングできる必要などありません。それぞれの職場で求められるレベルは異なります。(典型的な文系職場である営業、管理部門であれば、エクセルでこれまでは主要な関数とピボットテーブルだったのが、パワークエリ/パワーピボットになるくらいでしょうか)
大学入学共通テストに2025年度入試から「情報」が増えるそうですが、大学教育でも、従来の理系の情報工学とは別に、情報学が広がると思います。今後、企業のDXが進むと企業の業務と情報学の親和性が高くなるので、レベルによっては大学文系で何気なく勉強しましたよりも、情報学を勉強しましたの方が、就職に有利になる時代が来るように思います。
学歴信仰
よいよい就職するためのような実利的な目的よりも、それ以上に学歴(学校歴)の看板自体が世間で評価されることが、ますます子供たちの受験競争を過熱させている原因のように思います。同じ大学を卒業した人が等しく就職がうまくいくようなことがないことは、当然のことながら多くの方がご存じの通りで、何十年も前の自分の身の回りに限った肌感覚では、就職がまあうまくいったが4〜5割、あまりうまくいかなかったが3〜4割、全くうまくいかないが1割、もとから就職する気がないが1割といったところでしょうか。まして、ひとたび会社に入ってしまえば、どこの学校出身かなどは年を追うごとに誰も気にしなくなります。一方、仕事を離れた場では、学校や会社の看板のメリットを感じたことは、まあまああり、精神衛生上、プラスになっているとは思います。世の中が、新たな評価基軸を立てられないと学歴信仰は続きそうです。
運がいい
いつだったか、昔の家族の会話の中で、「自分は運がいい」と話したときに、長女も「私も運がいい」と話していたことを思い出しました。自分で運がいいとの自覚がある方であれば、それは、何もせずに、待っていれば、お金が降ってくるような宝くじ的な意味ではなく、ある目標に向かって、ギリギリまで、あらゆる努力を重ねて、それでもどうしてもあと一歩及ばない、そんなときに、神風のようにどこからか幸運が舞い降りて、目標をつかめてしまう、そんなときもあるということを、実感として感じられていると思います。
願わくば、長女が、前者の、さぼっていても、なぜかうまくいった、ではなく、後者の、努力の先に幸運が見つかることもある、という意味で「運がいい」と話していたことを祈るばかりです。
内申点
公立高校への進学を考えていなかったため、長女の中学校の成績を気にしていませんでした。1〜2年でどうやら中々よい成績らしいとわかったときも、学校のレベルがさほど高いとは感じられなかったため重要視していませんでした。この地域では、肌感覚では私立中学への進学者が多いため、公立のレベルが高いとは言えず、今思うと長女は得をしているように感じます。この状況で、公立高校入試だけでなく、私立高校の併願確約でも内申点が重要であることを理解したのは3年生の夏になってからで、正しい現状把握ができておらず、長女に有利な展開に持ち込むことができませんでした。
それにしても、内申点の入試での取り扱いは微妙です。地域差、学校差があるのは避けられませんし、内申点のインフレが発生しているとも耳にします。ペーパーテストだけの方が平等かもしれませんが、どのような方式であっても、いい面、悪い面があり、絶対の正解はないので、受験する側としては環境に適応するしかないのでしょう。