『完全恋愛』    牧 薩次 | ミステリ好き村昌の本好き通信

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『完全恋愛』   牧 薩次(まき さつじ)

 

 乱歩、横溝等の本格探偵小説の正統を受け継ぎ、鮎川哲也の後継者ともいえる大ベテラン、現在の日本推理小説界の長老牧薩次が、唯一書いた本格推理小説が、「完全恋愛」である。

 

 主人公の日本画家、本庄究(ほんじょう きわむ)は、約八十年、ただ一人の女性を愛し続けた人生であった。

 その生き様を、人生の節目、節目で起こる、三つの殺人事件を通して描く、原稿用紙千枚の長編小説が本作である。

 

 昭和20年3月の東京大空襲で、両親と妹を失って孤児となったは、福島県刀掛温泉の地主である叔父に引き取られ、十五歳から青春前期をその地で過ごすことになる。

 彼は同じ頃、同所に疎開してきた小仏朋音(こぼとけ ともね)と知り合い、やがて彼女を思慕するようになる。そして、第一の事件(昭和二十年の進駐軍の米国軍人殺人事件)を契機に、朋音を生涯愛し続け、小仏画伯の弟子となり、画家として頭角を現してゆく。

 その後、朋音との別離(小仏家の事情で、彼女は大財閥真刈氏と結婚し、亡くなる)さらには、第二の事件(昭和四十三年朋音の娘、火菜(かな)殺人事件)に遭遇し、孤高の画家として大成する。

 その後、第三の事件(昭和六十ニ年、朋音の元夫である、真刈氏変死事件)を経て、平成十九年に、第三の事件の真実と、第一、ニの事件の真相を名探偵によって明かされ、真相に驚愕しつつも、納得して生涯を閉じる。

 

 三つの事件のうち、二つは凶器に関わるトリック、あとの一つはアリバイトリックに関わるものであった。

 事件は、論理的に解決されており、読者にとっては、たいへんフェアで、納得できる。が、実は、本作の一番重要な、そして決定的な大どんでん返しが、ラスト16ページにわたる真相究明編に書かれている!

 「騙されていたのは私かも‥‥な」(本文抜粋=死の床についている究の、生涯一女性を愛した自分についての感慨)

 

 戦後日本の歩みを絡めながら描かれた、ある男の一生は、風格も普遍性も備え、乱歩、横溝の代表作に匹敵する本格推理小説の傑作となった。

 アナグラム(言葉の並べ替え)がこれほど効果的かつ、真相解明の重要なカギを握っている作品を、私は読んだことがない。(ちなみに、作者名もアナグラムになっています)