退院の日。
夫と父と私と娘。家族総出で母を病院へ迎えに行きました。
キャリーケースを引いてロビーまで歩いていた母は、いつもより一段と小さく見えました。
母の5回目の入院。これからは抗がん剤ではなく、日帰り点滴。
これが最後の入院になるのかな?なってほしい。
そんな淡い期待を抱いた
新しい薬を使うので初回だけは約1週間の入院予定だったが、大きな副作用もなく4日間で退院することができた!
母の不在が短く済んだこともあり、その4日間は特に大きな事件は起きなかったのだが…
退院した後から次々に
まず1つ目。
母が退院した日の夕方、私が母の入院グッズの荷ほどきをしてると
移動で疲れて横になっていた母の携帯が鳴った。
キミエ「あ、病院からだ」
アキ「え?」
退院当日に病院から電話なんて、嫌な予感しかしない。
「え?あ…そうですか…はい。わかりました…」と言って電話を切った母。
アキ「なんだって??」
キミエ「やばい」
アキ「なに…(恐怖)」
キミエ「入院してた同じ病室の人でコロナが出たんだって」
アキ「え?!」
キミエ「一応濃厚接触者になるから、自宅でも家族と隔離して過ごしてって言われた」
アキ「いやいや、もう遅いっしょ(笑)」
そう、このときは第7波の真っ只中だった。
家族全員、狭い自家用車でマスクをしていなかったし、
退院してからもう何時間も自宅で一緒に過ごしている。
アキ「隣のベッドの人なの?」
キミエ「教えてもらえなかった」
アキ「そりゃそうか。病室ではマスクしてたんでしょ?」
キミエ「そうだねぇ。ご飯と寝るときは外したけど、カーテンも区切ってるし。あ、〇〇さんに連絡してみよ!」
アキ「濃厚接触者なら、病院でPCRしてくれないの?!重症化したらどうするの…」
キミエ「たしかに。でも何も言ってなかったなぁ」
アキ「もし病院からまた連絡来たら聞いてみて」
私は"コミュ力お化け"と呼ばれるが、その母だ。
入院を繰り返すうちに癌サバイバーのコミュニティができていたようだった
(決して小さな病院ではなく、癌でも3フロアあるような大病院なのだが…さすがの母。)
診察に付き添った際に私もお会いできた方もいたし、
入院するたびに「〇〇さんと一緒の部屋だった!もう話がおかしくって」と楽しそうだったし、
退院するたびに「△△さんは***で働いてたんだって。名刺くれたのよ。きれいな方なのよ~」と土産話のようにいろいろ話してくれた。
ステージⅣと言われて、何日も何度も入院して孤独だっただろうけど、
そんな中でも母に励まし合える仲間ができたことが、私はとても嬉しかった。
やはり、恐怖、孤独、痛み、不安…
実際に同じ症状や治療を受けている方々で励まし合うことが、母にとってどれだけ心強かっただろう。
「で。隔離しないと。モモにうつしたら大変!私、寝室に行くわ」
体調不良になってから、リビングに布団をひいて生活していたが、
それでは家庭内隔離はできない。
手すりを伝いながらもよろよろして階段をのぼって、母は自ら寝室に引きこもることを選んだ。
しかし、それからわずか数分後…
認知症の父が、行動に出る
(次回に続きます。)
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